百七十二 王都アデート
王都アデートは、入り口からして物々しい造りだ。大きな石造りの壁は分厚く、門も二重になっている。
「落とし格子付きか……」
「何だ? それは」
「門の上。あそこから、重い鉄格子の扉を落とす事が出来るんだよ。敵の侵入を防ぐ為にね。落とすのは、閉める速度を上げる為と、扉が敵に当たればその分敵を倒せるから」
「そ、そうか……」
ここからでは見えないが、壁の上は歩哨が歩けるようになっているはずだ。壁の分厚さがそれを物語る。
――守りの堅い都だ事。まあ、周辺諸国と国境を接している以上、王の居城は死守しないとね。
長蛇の列になっていた入門審査を難なくくぐり抜け、王都へと入る。モグドントでは、この時点で面倒ごとがあったが、王都では何もないとは拍子抜けだ。
一応、あれこれと対策はしておいたのに。
中に入ると、人の多さはこれまでの街の比ではない。通りを行く人達の足も速く、ぼーっと立っていたら突き飛ばされそうな勢いだ。
「なんと言うか、活気がある街……でいいのかね?」
「騒がしくて、頭が痛くなりそうだ」
早速フローネルは人酔いを起こしているらしい。エルフの里は人口が少なくのんびりしたところだから、人が多くてせわしない都市部は苦手なのだろう。
とりあえず、門から続く通りを歩く。それなりの広さは確保されているようだが、馬車がすれ違うのがやっとというものだ。
しかも道がうねっているので、あちこちで渋滞を引き起こしているらしい。御者の怒号が飛び交っている。
見たところ、計画的に作った都市ではないようだ。よく見れば、都市を囲う壁も比較的新しい。所々建設中の建物もあるし、王都自体がまだ発展途上中の都市なのだろう。
この王都で、エルフが囚われている場所は全部で五カ所。今回はその全てでいっぺんに救出作戦を行わなくてはならない。
「問題は、どのくらい周辺の街からの情報が流れているか、かな」
「一番遠い街からでも、馬を飛ばせば三日くらいで着く。そう考えると、とっくにここには話が届いているんじゃないだろうか」
フローネルのの言葉は正しい。そうでなかったとしても、情報は行き渡っているものと考えて行動した方が良さそうだ。
「我々の事も、知れ渡っているだろうか?」
「どうだろうね? まあ、目立つ格好ではあるだろうから、事が起こった街にこんな風体の連中がいたって共通項に気づく人間がいれば、あるいは……」
地下からいきなりエルフが消えた事件と、関連付けて考える者も出てくるだろう。
もしかしたら、こうして街を歩いているだけでも向こうが引っかかってくれるかもしれない。
だが、こうも人が多いと、人目につかない場所というのが存外ないものだ。裏通りに入っても、どこかしらに人がいる。
あちこちの通りを行き来しながら、街の中央にさしかかった。建物がまるで壁のように立ち並ぶ広場に出る。
広場をぐるりと囲む建物群の中でも、ひときわ目立つ存在があった。
「あれは……」
「大聖堂だよ。綺麗だろう?」
フード越しに建物を見上げたティザーベルに、背後から声がかかった。振り返ると、腰の曲がった小さな老女である。
彼女はニコニコと教会の説明をしてくれた。何でも、ここに王都が移ってくる前から、この広場と教会はあるのだという。
「二十年前くらいは、ここは公爵様のお城がある街だったんだよ。で、その公爵様が王位に就かれたので、この町が王都になったんだ」
「へえ、そうなんですか」
「王様におなりになった公爵様のおかげで、この街も大きくなったんだよ」
「なるほど」
「教会もねえ、もっと小さかったのが、ここが王都になるのに併せて司教座聖堂に決まったそうでねえ。大きく建て替えたんだよ」
「という事は、大聖堂には司教様がいらっしゃる?」
「そうだよ。国内でも一番大きな教会なんだから」
教会組織といえば、魔法排除の中心的存在だ。ヒエズバス王国が魔法に対してどんなスタンスかは知らないが、あの西にある大国と同等だとすると、ここに長居するのは危険だ。
――こんだけ大きな大聖堂があるんだから、魔法排除が強いかもね。司教座聖堂って、確か周辺の中心的教会の事だったはずだし。
下手な行動をすれば、あっという間に捕まって火あぶり、という事も有り得る。
ここはやはり、以前から考えていた奥の手を使うべきか。ティザーベルが考え込んでいると、背後から悲鳴が聞こえた。
フローネルと同時に振り返ると、広場にいる人達が一斉にある方向を見ている。広場に繋がる道の一つだ。
「嫌ねえ、何かしら?」
老女も眉をひそめている。道の向こうから、騒動の中心らしき一団がやってきた。
近づいてくると、一団の様子がわかる。複数の男女に囲まれて、一人の女性が無理矢理連れてこられているようだ。
女性は足下がおぼつかないようで、ふらついている。衣服は粗末で汚れていて、端の方がほつれているようだ。
一体、彼女はどうしてあんな目にあっているのか。呆然としながら一団を見ていると、先程の老女が嫌そうに呟く。
「まあ、あれ、エルフだわ。この広場にあんなものを連れてくるなんて」
ティザーベルは、フローネルと顔を見合わせた。改めてよく見てみると、確かに女性の耳が長くとがっている。エルフの特徴の一つだ。
どうして、彼女はあんな風に引きずられているのだろう。冷静を装って、老女に尋ねてみた。
「どうして、あのエルフは引きずられているんですか?」
「おそらく、広場で公開処刑にするつもりなのよ。まったく、神様の御前にあんなものを引きずり出すなんて、最近の人達はわからないわ」
とんでもないワードが飛び出してきた。
『ティーサ!』
『彼女は確かにこの街に捕らえられているエルフの一人です』
『パスティカ! 以前話していた案、今使える?』
『もちろん』
『それを使って、彼女を救い出して!』
『任せて!』
『里への移動は、私にお任せください』
脳内で二体に指示を出した後、ティザーベルは何食わぬ顔で老女に聞く。
「広場で公開処刑とは、なんとも恐ろしい話ですけれど……この街の方々は、これが普通なんでしょうか?」
「まさか! 大聖堂の広場ですよ!! 本来なら、汚らわしい血で汚すなどあってはならない事です! なのに、最近の人達は……」
「私は遠いところから来たので、こちらの教会の事はわからないのですけど、何故、エルフは汚れた血なのですか?」
「まあ! あなたは神の教えを知らないの!? なんて嘆かわしい……いいでしょう、私が教えてあげます」
そう言って老女が語ったのは、エルフ迫害の根源となる考え方だった。
彼等の宗教はクリール教といい、神はこの世界でただ一人であり、神の子が人の罪を背負い天に昇ったという。
そして、その神は人を作ったけれど、エルフは神が作った存在ではないのだそうだ。
では、エルフはどのような存在が作ったのか。
「知りませんよ。大方、神を裏切った悪魔が作ったのでしょう」
「神を裏切った悪魔……」
「そうですよ。神に一番近かった天使が、その地位に驕り神に反逆したのです。結局、神の怒りに触れて地獄へと落とされましたけれどね」
何だか、どこかで聞いたような話ではなかろうか。唯一神、神の子が人の罪を背負う、神に反逆した天使の話。共通項が多すぎる。
――日本人が転生しているくらいだから、世界のどこかを探せば他の国の人間が転生していても、不思議はない?
キリスト教圏の人間が転生していたら、キリスト教を広めているかもしれない。
キリスト教に天使はいても、エルフはいない。獣人もだ。そして、前世の地球世界にも、物語の中だけの存在だった。
クリール教を広めたのは、もしかしたら、キリスト教圏に生きた転生者だったかもしれない。
考え込むティザーベルの耳に、先程とは違う悲鳴が響いた。悲鳴が上がった方を見ると、先程の一団の何人かが驚愕の表情で一方向を見ている。
視線をたどると、大聖堂の鐘楼の上を見ていた。そこに、懐かしい姿がある。
黒いフード付きのローブを纏い、顔には骨のような仮面をかぶった異形の存在。以前ティザーベルがかぶっていた幻影の魔法士、ベルだ。
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