百七十一 周辺の解放
フローネルが帰ってきたのは、その日の夕飯を過ぎた頃だった。前もってティーサから食事はいらないと連絡が来ていたので、今日は一人での夕飯だったのだ。
「大成功だ!!」
興奮したフローネルの話をまとめると、無事地下のエルフは全員新しい里へ移動出来たらしい。しかも隠し街道で少し離れた里とも繋がれるようになっていたという。
その辺りは、ティーサが配慮してくれたのだろう。人数の少ない里だから、他との交流は必要だ。
移動したエルフ達は、感涙にむせび泣いたという。
「今まで長く苦労していたから、これからは心穏やかに過ごしてほしい」
「そう。良かったね」
「ああ」
そういえば、確認しなかったけれど、フローネルの里のエルフは、あの地下にいたのだろうか。
こちらの様子から察したのか、彼女の方から報告してくれた。
「クオテセラのエルフはいなかった。でも、クオテセラからも攫われた者がいるから、おそらく別の街に売られたんだと思う」
フローネルの言葉に、パスティカが見せてくれた地図を思い出す。かなり広範囲にわたってエルフが点在してた。あの点の中のどれかに、フローネルと同郷の者がいるのだろう。
新しい里の方は、暫定的に長が決まったそうだ。
「ヴェスジナという名だ」
「あれ? その人、地下から出るのに反対してなかったっけ?」
「それなんだが……」
どうやら、ヴェスジナはフローネルを疑っていただけらしい。確かに、いきなり目の前に同種族の者が現れて、ここから皆を助け出す、行き先も用意したと言われても、すぐには信じられない。
ヴェスジナは、さらにフローネルをユルダ――人間の策略に加担するエルフだと思い込んでいたそうだ。
何せ、自分達の里を苦境に追い込んだクオテセラの里の者だから。まず、クオテセラに対する認識が間違っているのだけれど。
その辺りは、移動のあれこれの際に誤解を解いてきたという。
「小さい里はどこも大変だから」
「ふうん。私はてっきり、ピッパキアって人が長になるんだと思ってた」
「私もそう思ったんだが、本人がヴェスジナに任せた方がいいと言ってきかないんだ」
「へえ……まあ、私達にはわからない何かがあるのかもね」
「そうだな」
何はともあれ、新しい里が動き出した事は喜ばしい。これで里の運営がうまくいけば、この後救出するエルフ達も安心して送れる。
「救出第一弾はこれで完了、成功ってところかな?」
「ああ。ベル殿、本当にありがとう」
フローネルが、ティザーベルに向き直って感謝の言葉を述べた。
「いや、今回も私、ほとんど何もしていないから。感謝はティーサに伝えて」
「あら、私は主様の命令だからこそ動いたに過ぎませんのよ? ですから、やはり感謝は主様に捧げてくださいませ」
にこやかに言うティーサが、少しだけ憎らしく見えたのは、内緒だ。
開けて翌日、これからの予定を決める為、朝食後に中央塔の最上階に集まった。
「パスティカ、地図を出して」
「はーい」
以前の地球儀もどきではなく、広範囲な平面地図をモニタに映し出してもらう。地図上の情報は、以前みたままだ。
「ここがウーワバン、そしてこの赤い点線で囲ってあるのが、ウーワバンが所属している国。国名はあるんだっけ?」
「ヒエズバス王国よ。首都はここ、アデート」
パスティカが指し示した場所は、赤い点線の西よりにある街だった。しかもその場所には、捕らえられたエルフがいる印もついている。
「一国の王都にも、エルフが捕らえられている訳か……」
存外、エルフ狩りの闇は深いのかも知れない。
「ここから一番近いエルフの居場所だから、行くなら次はここかしら?」
「ネル、どうする?」
パスティカからの提案を、フローネルに確認する。エルフ関連は、なるべく彼女に主導させたい。
地図をにらみつけていたフローネルは、少し置いてから答えた。
「出来れば、王都は後回しにして、周辺の街から回りたい」
「根拠は?」
「人の多い場所では、エルフの移動も難しいと思う。街よりは、王都の方が人も多かろう。それに、王都のエルフの数が多い上に、点在している。他の街は一カ所のみ」
「楽に救出出来る方を優先か……それも有りだね」
「……すまない」
「謝るところじゃないでしょ?」
「……ありがとう」
なかなか癖は抜けないようだ。
――まあ、ことあるごとに指摘していけばいいか。
この先、いつまで一緒に行動出来るかはわからない。別れが来る頃には、笑ってありがとうと言えるようになっていてほしかった。
「じゃあ、とっとと次の予定地、候補の中から決めましょうか」
再び、二人と二体で地図とにらめっこをする。あれこれ意見が出た後で、次の予定地が決定した。
ウーワバンから北に向かったところにある、ベロッツ。街の規模的には、ウーワバンと同等らしい。
「んじゃ、一度そのベロッツって街に行ってみましょうか」
「ああ」
「今度はどんな街かしらね?」
「どのような街でも、問題ありません」
都市から一度ウーワバンへ移動し、そこから陸路をベロッツへ向かう。ウーワバンからベロッツへは、水路も使えるらしい。
「でも、水路は逃げ道ないし、人目もあるからあんまり……ねえ?」
パスティカが語尾を濁したが、確かにこちらにエルフがいる以上、他者と近くなる交通手段は避けた方が無難だ。
現在、ベロッツへ向かう街道を馬車に揺られている。御者席には幻影の御者を置いておき、ティザーベル達は全員車内にいた。
「そういえば、都市からそのままベロッツへ移動する事は出来ないの?」
「出来ますよ」
「え? 出来るの?」
「ええ、主様から言われませんでしたので、使いませんが。使った方が良かったですか?」
こういうところが支援型と言うべきか。だが、あっという間に移動するより、こうして周囲を楽しみながら移動するのもまたおつなものだ。
「いや、これはこれでいいや」
出来れば、ヤードやレモのいる場所には簡単に移動したいところだが、彼等がいるのは一番都市の影響下から外れているらしい。
「うまくはいかないもんだ」
「何か言ったか?」
「いや、こっちの話。で、ベロッツにはどれくらいに着きそう?」
フローネルからの問いを誤魔化し、ついでに到着時間を確認しておく。どこかを見ながら、パスティカが答えた。
「このまま行けば、夕刻くらいには着くんじゃないかしら」
「じゃあ、街の手前で都市に戻って、中の探索は明日以降って事でいい?」
「わかった」
「りょうかーい」
「了解しました、主様」
さて、ベロッツには何が待っているのか。
結果として、ベロッツでの救出作戦はウーワバンのものと大差なかった。ただ、ウーワバンの時より説得に時間がかからなかったのは助かる。
その後の新しい里への移住もスムーズで、里の人口は最初の数倍に膨れ上がった。
「食料の方は足りてる?」
「すぐに食べられる分は渡していますし、畑や果樹園の方も順調です」
ダンジョン産の作物は出来がいいとはいえ、収穫するにはまだ数ヶ月かかる。その間食べるものがなくては困る為、都市の食料プラントで生産された肉、野菜、穀物、魚などをそのまま渡しているらしい。
都市内では、それらは調理されて保存される。一度保存したものを、各店舗で提供しているそうだ。
「まあ、おいしいから文句はないかな」
「私もだ。あれが保存食だなどと、誰が思うものか」
こちらの世界の保存食といえば、塩漬けした肉や魚、燻製肉や干し肉、堅く焼き締めたビスケットなどだ。
決して温めた状態で出てくるシチューやステーキ、炒め物や揚げ物などではない。
「ま、それはいいとして、周辺の街は全て回ったから、この国で残すは王都のみ」
「やっと……だな」
確かにやっとなのだが、各街にかける時間が段々と短縮されていったので、最後の方は移動も都市から直接街の近くに行く程だった。
しかも、一日で四つの街のエルフを解放するという、スピードアップがなされていたのだ。
「流れ作業的と思っても、間違っていないよね……」
「何だ? そのながれさぎょう、とは」
「いいの、こっちの話」
「ベル殿は時折不思議な事を口にする」
フローネルがすねているが、放っておく。それよりも今目の前にしているものの方が重要だ。
「じゃあ、気合い入れていこうか」
「ああ」
ヒエズバス内、最後のエルフを捕らえる街である王都アデート。これまでにない石造りの高い壁が、二人の行く手を阻むようにそびえていた。
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