百六十七 水運の街
ウーワバンはモグドントより少しだけ綺麗な街だ。建物も、二階建てだけでなく三階、四階建ての大きなものがある。
梁が表に見える、いわゆる木組みの家が中心で、素朴ながらもしゃれた町並みだ。
「モグドントより賑わっている感じ」
「だな」
隣を歩くフローネルにも、笑みが戻った。
二人が歩いているのは、ウーワバンの中央通りだ。門からまっすぐ伸びる道で、蛇行しつつも街の中心を通っている。
この街は大きめの川の側にあり、その水運で人や物が多く集まる場所らしい。なるほど、モグドントよりも賑わっている訳だ。
そしてこの街に、エルフがいる可能性がある。そちらについては、現在支援型二体が走査の真っ最中である。
魔力的な線を出し、街を隅から隅まで調べるのだ。無論、建物内や地下も調査可能である。
エルフの魔力は人のそれとは微妙に違うそうなので、探すのは難しくないそうだ。ティザーベル達はその結果を待って、次の行動に出る。
ふと気づくと、周囲からの視線を感じた。
「何か、見られてる?」
「そのようだが……」
注目は集めているようだが、敵意や害意は感じられない。一瞬、フローネルの事がバレたのかと思ったが、それなら視線にもっとマイナスな感情が乗るはずだ。
内心首を傾げていると、市場近くで女性に声をかけられた。
「ちょいと! あんた達! そこのあんた達だよ!」
「へ? 私達?」
「そうだよ。何だい、そんな暑苦しい格好して。他に着るものがないのかい?」
どうやら、周囲の視線を集めていたのは、二人が着ているフード付きの外套のせいらしい。確かに、モグドントもウーワバンも、こんなコートを着るような気温ではなかった。
ティザーベルは、声をかけてきた女性ににっこりと微笑んだ。
「これ、見た目より薄手で風を通すんですよ。私達の故郷は日差しが強い国でして、普段から日差しを遮る上着を着る習慣があるんです」
見てきたような嘘を並べる。実際、このコートを常用する地方はもっと気温も湿度も低いという。
だが、声をかけてきた女性は納得してくれたらしい。
「そうかい。それならいいんだよ。いや、変な事で声をかけちまったねえ」
「いいえ、心配してくださったんですよね? ありがとうございます」
「よしとくれよ。ただのお節介さ」
女性は豪快に笑い飛ばす。普段からこうして客商売をしているようで、周囲の人と何やら声を掛け合っていた。
隣のフローネルが、女性の後ろ姿を見送っている。
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
苦い笑みに、彼女の葛藤が見える。フローネルにとって、ほんの少し前まで人間は全て敵だった。
それは、あながち間違いではない。今も、彼女がエルフだとバレたら、先程の女性も態度が変わるかもしれないのだ。
「ネル、さっきの人は、あなたを同胞だと思ったから、お節介を焼こうとしたんだよ?」
「わかっている……そういう事じゃないんだ……」
理解してくれているならいい。ティザーベルはそこで話を打ち切り、再び街の中を歩き回った。
街の中程にある中程度の宿に部屋を取り、室内に入ってティーサを呼び出す。
「ティーサ、いる?」
「はい、ここに」
「都市に移動して」
「承りました」
一瞬で、一番都市へと戻る。こちらに戻ると、すぐにコートを脱いだ。
「体温調整が利いてるから暑くはないけど、やっぱりずっとフードをかぶったままってのは邪魔だわ」
「すまない……」
「ネル、今度すまないって言ったら、呼び名をフローネルに戻すよ」
「え!?」
こんな調子でいちいち謝罪される方が鬱陶しい。フローネルはあわあわしているが、放っておく。
「さて、落ち着いてから結果を聞きましょうか」
「はい」
ティーサの返答に、フローネルも真剣な表情になる。彼女の同胞があの街にいるかどうかがわかるのだ。真剣にもなるだろう。
そのまま二人と二体は、中央塔最上階へ向かった。
「では、聞きましょうか?」
「はい、結果として、あの街にエルフはいます」
「本当か!?」
ティーサの簡潔な結果報告に、フローネルが食いつく。それを片手で抑えながら、ティザーベルは指示を出した。
「ティーサ、続けて」
「はい。あの街にいるエルフは全部で十三名、全員同じ建物内にいます。走査だけではわからなかったので、盗聴、盗撮に切り替えて詳しく調査しましたところ、会員制の娼館のようです」
「娼館……」
ある意味、予想通りだ。救出する側としては、全員一カ所にまとまっていてくれるのはありがたい。
――下手に「個人所有」で場所がばらけているより、大分ましだね。
複数箇所に分かれている場合、こちらの手もそれだけ分けなくてはならない。現状物理的に動けるのはティザーベルとフローネルの二人だけなので、分散されると厄介なのだ。
もっとも、奥の手でもう一人どうにか出来るだろうけれど。今回も、奥の手のもう一人に活躍してもらうつもりでいる。
ティザーベルは、そっとフローネルの方を窺う。てっきり落ち込んでいるかと思いきや、闘志に火が付いたらしい。
「必ず、助ける。仲間を苦境に追いやった連中には、報いを」
右手を力強く握りしめ、そう口に出す。その様子を見つつ、ティザーベルはウーワバンの立体地図を表示させた。
「目的地は、ここね?」
「はい。エルフ達は、この建物の地下に押し込められています」
街中でも、ひときわ大きな建物、その地下にいるという。店自体は上階で、客がつくと地下から連れてこられるシステムらしい。
「店は夕刻から翌日の昼頃まで開いています。襲撃をするなら、昼過ぎが妥当でしょうか」
「そうだね……一番店側が手薄になる時間帯だろうし」
忍び込むのなら夜、となりそうだが、今回はその手を使うつもりはなかった。
「さて、ネル。ここからはあなたの手腕にかかってるよ」
「ああ、何でもする」
「じゃあ、ティーサと共に、この建物の地下に潜入してきてくれる?」
「……そこで、捕まっている同胞を説得すればいいんだな?」
「そう。全員が地下にいる昼過ぎに、全員いっぺんに助け出す」
計算通りなら、うまくいくはずだ。問題は、囚われているエルフ達が、うまくフローネルに説得されてくれるかどうかなのだが。
地図を見ながら唸っていると、フローネルから質問がきた。
「潜入するのは構わないのだが、見張りがいるのではないか?」
「いるだろうね。ティーサ?」
「地下の入り口に二人、常駐しています。地下から地上に出る口は一カ所だけですから、そこを押さえればいいと思っているのでしょう」
確かに、いくつも出入り口を作るより、一カ所に絞った方が管理しやすい。
「ティーサ、エルフ達はどうして逃げないの?」
「例のエルフの力を奪う装置が、店中に仕掛けられています。そのせいで、うまく力が使えないのでしょう」
「じゃあ、体に何か仕込まれているという事は、ないのね?」
「物理、魔法両方の観点から、ありません」
それを聞いて安心した。助け出した先で異変が起きたのではたまらない。後確認すべきは、一つだけだ。
「ありがとう。じゃあもう一つ、その魔力を奪う装置を無効化する能力と、ネルの気配遮断の効果を持った道具、作れる?」
ティザーベルの問いに、ティーサは唇の端を釣り上げて笑った。
「もちろん、作れますとも」
やはり。ティーサを目覚めさせてこの都市を再起動させた際、流し込まれた知識の中に、そうした道具のものがあったのだ。
ただ、今回作るのは六千年前にあったものの再現ではない。一から作らなくてはならないので、確認しておいたのだ。
ティーサが嬉しそうなのは、自分の都市の力を披露出来る機会だからだろうか。
何はともあれ、これで計画を進められそうだ。後は根回しの方法と、実際の救出の際の連携が問題だった。
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