百六十六 雨の道行き

 夕刻、都市の中央塔最上部で、再び地球儀もどきを前にする。


「えーと、このオレンジの点で示されたところが、あの連中の顧客がいる街なんだよね?」


 ティザーベルの確認に、ティーサが答えた。


「はい。そこに、エルフがいる可能性が高いかと」

「これが……」


 フローネルは、地球儀もどきに触れる直前で手を止める。オレンジの点は全部で十五。これはヤランクスの顧客がいる街の情報であって、エルフの所在を示すものではない。


 だが、オレンジの点には確実に次に繋がる手がかりがあるのだ。


「絶対に、見つけ出す!」


 フローネルは決意も新たに、拳を握りしめた。




「とはいえ、今のところベル殿に全て任せてしまっている状態なのだが……」


 夕飯時、利用している宿泊施設のメインダイニングにて、フローネルぽつりと漏らす。


「別にいいんじゃない?」

「そうなのか? だが、これは我々エルフの問題なのに……」

「実際あれこれやってるのは支援型の二人が主だし、私は手助け程度だよ。ネルは、これから実際にエルフを見つけた時に、力を発揮すればいいと思う」

「そう……だろうか?」

「適材適所よ。人間に攫われたエルフは、人間には警戒心を持つだろうけど、同胞のネルには心を開くんじゃない? こればっかりは私達には出来ない事だよ?」


 フローネルはまだ納得いっていないようだが、ティザーベルは嘘は言っていなかった。


 実際、捕らえられたエルフを前に一番難儀しそうなのは、逃げ出す説得をするところだ。強引に連れ出したところで、意味がない。


 新しく開く里に連れて行き、時間をかければいいのかもしれないけれど、出来れば納得して新しい里に入ってもらいたい。


 その時、フローネルの存在が利いてくるはずだ。


「後で、次に行く街を決めよう。モグドントの近くから移動しないとならないけど、夜にはここに帰ってこられるから、問題ないし」


 一度都市の宿泊施設を知ってしまうと、とても街の宿屋に泊まろうとは思えない。居心地の良さが段違いだ。


「次に行く街……モグドントの近場の方がいいと思う」

「だね。とすると……」


 夕飯を食べながら、行儀悪く側にモグドントの周辺地図を表示させる。この程度なら、ティーサを介さなくても使えるようになった。


 先程のオレンジの点は、モグドントの西側に集中している。


「地図に街の名前も表記」


 音声入力で指示を出すと、この辺りまでは端末での情報収集が終わっているのか、街の名前と人口、面積などの情報が加えられた。


「一番近いところだと、このウーワバンかな?」

「では、明日はそこへ向かおう」

「わかった」




 翌日、モグドントの周辺はあいにくの雨だ。


「まさかの雨とか……」

「こういう時、移動に馬車が使えるのは助かる」


 濡れなくてすむし、足下のぬかるみに悩まされる事もない。もっとも、徒歩移動だったとしても、結界を使って濡れない、汚れないようにしただろうけれど。


 今も馬車ごと大きな結界で覆って、濡れないようにしてあった。


「道順は入力済みだから、とっとと乗って移動しよう」


 馬車を引く馬は、自立行動型の魔法疑似生命体だ。実質無人で動かす事が可能だが、端から見たら異様なので、人の幻影を御者席に置いてある。


 今日の雨は雨脚が強く、道行く人影は殆どない。こんな天気に街道を移動しようと思うのは、訳ありか盗賊くらいのものだ。


 そして、馬車の前方にはその後者が立ちはだかった。


「馬車と有り金全部置いて行けええ!!」


 言い終わった途端、盗賊全員がその場に倒れる。


「主様の道行きを邪魔するなど、不届き者め。相応の罰を受けるがいい」

「いや、盗賊なら街まで持って行けばお金になるかも?」


 言ってる最中で、ここは帝国ではなかったと思い出した。つい、盗賊は捕まえて街の巡回衛兵隊に突き出すのが癖になっている。


「……こっちでの盗賊の扱いって、どうなってるの?」

「さあ、私はユルダの法には詳しくないから……」

「さすがに、私共もそこまで情報を集めておりません」


 という事は、意識のない扱いに困る連中が、街道のど真ん中で複数倒れているという訳か。


 しばらく考えた後、ティザーベルは判断を下した。


「よし、道の脇に放置!」

「いいのか?」

「この雨だからね。運が悪ければ風邪からの肺炎とかで死ぬだろうけど、運が良ければ生き残れるんじゃないかな?」


 盗賊の行く末を運任せにするのもどうかとは思うが、現状扱いがわからないのでこちらとしてはどうしようもない。


 下手に街に連れて行って、逆にこちらが窮地に立たされでもしたら困る。最悪力ずくで逃げるという手もあるけれど、エルフを救出するというミッションが台無しだ。


 冷たくない雨とはいえ、長く当たっていれば体に悪いだろう。空を見上げても、分厚い雲は一向に晴れる様子を見せない。


「ティーサ、雲の様子を見る事は出来る?」

「お待ちを」


 すぐに目の前にモニタが出現、空から見たこの地域の様子を映し出した。どうやら西から雨雲が押し寄せていて、当分晴れる事はなさそうだ。


「よし、やっぱり放置で」


 このままでは街道の邪魔になるので、道の脇にどけてから馬車を進める。ついでに、近場の蔓状の植物を使って、縛り上げておく事も忘れなかった。




 ウーワバンの街に到着したのは、既に夕刻も回った時間帯である。


「これ、街中に入るのは明日にした方がいいかな?」

「そうだな……ああ、門が閉まっている」


 窓から顔を出して、フローネルが先にある街の門を確認してくれた。


「どのみち入れないか。じゃあ、そこの木の陰に入って、都市に戻ろう」


 雨の一日で助かった。人目の多い場所では、移動を使いたくない。見つかったら、騒ぎになるのが目に見えている。


 戻った一番都市の天井は、雲が多めであったが雨は降っていない。こちらの地方まで雨雲は到達していないようだ。


 ずっと使っている宿泊施設の一室に戻ると、ティーサが姿を現した。


「主様、少しご報告が」

「何?」

「成長促進を使用しまして、食料の生産がわずかですが可能となりました」

「本当?」


 都市の再起動がなってから、真っ先に稼働させたのが食料生産の部署だ。


「思っていたより早かったね」

「稼働させた機械も全て順調、動力炉の力をより多く回せたので、早めの収穫となりました。また、畜産の方も進めています。先日、最初の個体が産声を上げました」

「おお」


 都市の外郭にある建物で水耕栽培を、その脇に畑、牧場も再整備していつでも使えるようにし、受精卵状態で凍結されていた過去の家畜を誕生させている。


 画像で見せてもらった姿は、山羊のような牛のような不思議な動物だ。


「こちらは育成促進が出来ませんので、ミルクを取るには時間がかかるかと。食肉だけでしたら、最低でも十日はお待ちください」


 生後十日で屠殺される動物とは。しばし考え込みそうになったけれど、食肉に関しては現状急いでいない。


「えーと、まずはミルクを優先してくれるかな? 現在、どのくらいの個体がいるの?」

「雄雌併せて三十体です。この先も増やす予定でおります」

「うん、まずはミルク主体ね。肉は外で狩ってくればいいから」


 重ねて指示しておく。何故か、ティーサの笑顔が怖い。


 その日の夕食には、魚を主体に出しておいた。




 翌日、改めてウーワバンの近くに移動する。昨日の雨が嘘のように、今日は晴天が広がっていた。


 街の門はそれなりに人が行き交っている。馬車は馬ごと移動倉庫にしまい、徒歩で門を目指す。


 またモグドントのように拒絶されるのかと思ったが、あっさりと通る事が出来た。


「……モグドントでの事は、何だったんだろう?」


 フローネルも首を傾げている。おそらく、門番の一人がおかしな人間だったのだろう。とはいえ、そんな人物を門番に置くあの街も、十分おかしいのかもしれない。


 モグドント同様、ウーワバンも丸太で出来た高い塀で街の周囲を囲んでいる。大きさも、モグドントとどっこいか。


「さて、じゃあ早速探してもらおうかな?」

「お任せを」

「はいはーい」


 声だけで返事をし、姿を隠したまま二体の支援型は街の走査を開始する。あとは結果を聞けばいいだけだ。


「じゃあ、私達は少し街を見て回ろうか?」

「ああ」


 緊張したフローネルの声。ここに、彼女の同胞がいるかもしれないのだ。緊張もするだろう。


 うまく見つけられるといい。そうすれば、どうにかして助け出せる。無論、今の状況がいいと言うのであれば、そのままにしておくが。


 多分、それはないだろうとティザーベルは確信していた。

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