百六十五 罠にかかったのは……
翌朝、一番都市から宿屋の部屋へと戻り、モグドントの街を見て回る。
「……狭いな」
「だね」
エルフの里と比べても、狭い。クピ村よりは広いが、周囲を丸太の塀で囲まれているせいで実際よりは狭く感じるようだ。
街のメインストリートに沿って進む。人の数はそこそこ。店は露天が多いらしい。
店先の商品を見ると、野菜などは近隣の畑から取れたてを持ってきているのか、新鮮そうに見える。
肉はピンキリだ。保存状態が悪いせいか、中には半分腐っているものもある。店先にそのまま出しているので、ハエのような虫がたかっている状態だ。
「……さすがにあれは買いたくない」
小声で漏らしたとしても、仕方あるまい。
小物や金物も見て回ったが、目を引くようなものはなかった。
「あっという間に見終わったね」
「そうだな……だが、エルフは見当たらない」
「うん」
パスティカやティーサの助けも借りて、街中全てを魔法で見て回っている。エルフは人間よりも体内の魔力のあり方が違うので、特定しやすいそうだ。
その結果、この街にはフローネル以外のエルフはいない。この街は奴隷市の立つ場所というだけで、そこで買われたエルフ達は別の街に移されているのだろう。
「一度、都市に戻ろうか」
「ああ……」
フローネルの元気がない。同胞が見つからない事で、しょげているらしい。
街の物陰から、一番都市に移動する。ここなら一目を気にせず過ごせるし、何より臭くない。
モグドントの街は、悪臭が立ちこめていてきつかった。
「あー、生き返るー」
「あの街、ちょっと面白い造りだったわね」
一番都市の商業街区にあるティールームで、背伸びをしたティザーベルにパスティカが楽しそうに言ってくる。
「そう?」
「一見普通の建物だけど、隠し部屋があるものが多かったわよ」
「へえ……」
となると、エルフを売り出す市場は、そうした隠し部屋で行われる可能性がある。だったら、表を歩いている人間に聞き込みをしても、無駄だろう。
その辺りも含めて、当面の作戦を立てる為にも、都市に戻ってきたのだ。
「とりあえず、あの街ではあまり情報は取れないと思った方がいいかな?」
「そうですね。端末からの情報は随時届いていますけれど、モグドントに関しては、量はそう多くありません」
ティーサからの返答を聞いて、ティザーベルは次に駒を進めるべきか悩む。
「……正直、あの街にこだわる事はないと思うんだよね。効率は悪いけど、端末を使ってしらみつぶしに当たればいいんだし」
「だが、それではベル殿達の負担が増えないか?」
心配そうなフローネルの問いに、ティザーベルは改めてティーサに聞いてみる。
「私の方はそうでもないけど……ティーサに負担がかかる?」
「特には。どのみち、端末で情報収集はする必要があるでしょうし、ついでという感じですね」
「ついで……」
何やらフローネルがショックを受けているけれど、放っておく。
「じゃあ、モグドントの次に街に行ってみようか」
ここからの移動は、街の外の方がいいだろう。別に出入りの記録をつけている訳ではなさそうだし、入った時もティーサの爆発音によるどさくさ紛れだ。
だが、その提案にフローネルがおずおずと手を挙げた。
「もう一度だけ、街中を見てもいいだろうか?」
「構わないけど……いいの?」
「ああ。ユルダの事を、私はもっと学ばなくてはならないと思う」
これまで、里の教えに従って人間は敵だと信じ込んできたフローネル。ここ数日の事やティザーベルとの交流で、彼女の意識が変わってきているのだろう。
「わかった。じゃあ、もう一度街中に移動しようか」
「すまない」
「ネル、そういう時は『ありがとう』って言うんだよ」
「……ありがとう」
モグドントの街には、昼過ぎに戻ってきた。
「もう一回、中央の通りを行く?」
「今回は、少しはずれたところを行きたいのだが」
「いいよ」
移動先の建物の陰から、一本裏の通りに入る。道幅そのものが狭く、人通りも少ない。
「少し外れるだけで、大分変わるね」
「そうだな……建物も、寂れた様子だ」
確かに、手入れが行き届いていない様子が窺えた。通り自体、何だか薄汚れている。といっても、表通りも綺麗な訳ではないのだが。
裏通りを歩いていたら、目の前に三人の男が通りを塞ぐように立った。嫌がらせか何かかと思い、元来た道を戻ろうかと踵を返すと、背後も似たような連中がいる。
どうやら、罠にかかってしまったらしい。
「おいおいおい、随分と大胆だなあ? ええ?」
前方を塞ぐ三人の背後から、二人の手下らしき者達を従えた男が歩み出てきた。
ニタニタと笑う男を見て、フローネルの様子が変わる。
「お前は……」
「あの時逃げられたエルフに、こんなところで再会出来るたあ、思わなかったぜえ」
男の言葉から、彼がヤランクスの生き残りだとわかった。
「俺らに狩られるお前が、よくもまあこの街に入ってきたもんだ」
男の言葉と共に、彼等の仲間がじりじりと包囲網を狭めてくる。
「そんなけったいな代物で隠したところでよお、そのツラですぐにエルフってわかるぜえ?」
四方八方を男達に囲まれて、ティザーベル達は身動き出来ない。その様子を見て、男はまたもや笑った。
「逃した獲物が自分から罠に飛び込んできたんだ! こんな面白いこたあねえよなあ!?」
「罠? どこが?」
余裕の笑顔でそう言ったティザーベルに、男の顔が一瞬で醜く歪む。隣では、フローネルが息を呑む気配がした。
「てめえ! この俺様が誰だかわかってて言ってやがんのか!!」
「知らなーい」
「な!」
「こっちとしては、飛んで火に入る夏の虫って感じ?」
「はあ!?」
この男がヤランクスなら、エルフに関する情報を持っているのではないか。以前捕まえたヤランクス達は、エルフの里に引き渡してしまったので、情報を抜きようがなかったのだ。
「のこのこ出てきてくれて、探す手間が省けたってものよ。ありがとうね」
男が驚愕から怒りに表情を変えるのを眺めながら、脳内でティーサに指示を出す。
『ここにいる連中、全員意識刈り取っちゃって。ついでに、エルフに関する情報とか、街や周辺の情報も抜けるだけ抜いてくれない?』
『承りました』
『了解ー。姉様、眠らせるのは私が』
『では、情報は私が抜きましょう』
そんな短いやり取りの後、包囲網の外周部分にいる連中から順に昏倒していった。
異変に気づいた男は慌てているが、もう遅い。あっという間に彼以外の男達がその場に倒れ、包囲網は簡単に崩れ去った。
「あれあれー? この人達はどうしちゃったのかなー?」
「ま、まさか、そんな馬鹿な……」
男は懐に手を入れて、何かを取り出した。あれは、以前フローネル達を助けた時にヤランクス達が持っていた、エルフの魔法を無効化する道具だ。
あれがあるから、男は安心していたのだろう。もっとも、フローネルは魔法は得意ではないらしく、ティザーベルにあの道具は効果がない。
「さて」
「く、来るな! お、俺を誰だと――」
「知らないって言ってるでしょ? バカなの?」
ほんの少し前に言ったというのに。ティザーベルの声は、恐慌状態に陥っている男の耳には届かなかったらしい。
その場で踵を返して逃げだそうとした男だったが、一歩踏み出した途端、周囲の手下同様その場で倒れた。
「さて、いい情報は取れそう?」
「もうしばらくお待ちください……ああ、捕らえたエルフの売却先と、顧客の情報が取れました」
「ナイス!」
向こうから情報がやってくるなど、本当にバカな連中だ。本当はエルフのあらゆる権利を侵害してきたような連中はまとめてゴミの穴にでも放り込みたいところだが、街中では人目もある。
今回は情報を抜くついでに記憶を操作し、これまでの全てを消去するだけに留めることした。
――まあ、過去を全て忘れてゼロからやり直すのは、それなり大変だろうけどね。
ついでに、彼等を離れた街に飛ばせないものか。
「ねえ、ティーサ」
「出来ますよ。裏技のようなものを使いますが」
「……考えを読むのはやめてって、何回も言ってるよね?」
「申し訳ありません」
殊勝に謝罪しているけれど、そろそろ支援型の事を学んできたティザーベルには、形だけの謝罪に見える。
――……あれこれ頼んでる身だから、大きな事は言えないしなあ。
先程の事も、依頼内容を口にさせずに済むようにしただけなのだろう。疑似生命体に、デリカシーを説くのは無駄のようだ。
ティーサの言葉通り、裏技として一度都市に移動させ、そこからモグドントとは関わりのない街へと移動させた。
一応、街の近くに移動させたので、魔物に食い散らかされる心配はあるまい。もしそうなったとしても、それが彼等の運命だったのだと思っておく。
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