百六十四 モグドント

 モグドントの街に入るには、門を通らなくてはならない。


「待て! 怪しい風体の二人組だな。何をしにここに来た!?」


 当然のように、門番に止められてしまった。むっとするフローネルを押さえて、ティザーベルが前に出る。


「私達はここから北にずっといったところから来ました。この街が、この辺りでは一番大きいと聞いて、仕事を探しにきたんです」

「仕事だとお? 帰れ帰れ! お前達が就けるような仕事なぞない! 怪しいヤツはこの街に入るな!!」


 これは正直想定外だった。まさか中に入る事も出来ないとは。周囲にも、中には入れず困っている人達がいる。


「またあいつか」

「門番があいつの時は、誰も中に入れたがらないんだよなあ」

「困るよ、取引があるのに」


 どうやら、この門番に問題があるようだ。二人いるうち、ギャンギャンと騒いでいるのは一人だけで、もう一人はうんざりした顔をしている。


 さて、どうしたものか。


『お任せください、主様。すぐにこの愚か者を排除いたします』

『待て! 排除って、何する気?』


 ティーサの危ない発言に、思わず問いただす。


『大丈夫です。危険な事はしませんので』


 だから、具体的に何をする気なのかを聞いたのだが。支援型は、こちらに伝えなくてもいいと自分で判断した内容は、何があっても話さない。


 諦めたところに、街の内部から大きな爆発音が響いた。


「な、何だ!?」

「いかん、何かあったようだ。我々も行かなくては!!」

「お、おう」


 先程まで背後でうんざりしていた門番が、別人のようにキビキビと問題ありの門番の背中を押してその場を立ち去る。一瞬こちらを振り返った背後の門番は、こちらを見てにやりと笑った。


 なるほど、門番二人がいなくなるこの隙に、中に入れという事か。


『もしかして、あの音はティーサ?』

『はい。音だけで、実害はありません』


 人によっては大きな音も害になるのだけれど、それをここで言ったところで始まらない。折角ティーサと門番が作ってくれた「隙」だ。周囲の人達同様、有効活用させてもらおう。


「こんな形で入っていいのだろうか?」

「いいんじゃない? 少なくとも、処罰されるのは私達じゃないから」


 まだ納得いっていないフローネルを連れて、何とかモグドントの街へと入った。




 街中も、木材を多用した建物が多い。殆どは平屋で、たまに二階建てがあるくらいか。高い建物はないようだ。


 ――確かに、建築技術も低いっぽいなあ……何より街の壁が丸太だし……


 ティザーベルの故郷であるラザトークスも木造建築が中心だったが、ここよりは高い建物があったし、何より街の壁は石造りだった。おそらく、建築技術もあちらの方が上だろう。


 こちらの街壁は丸太を隙間なく立てて作られている。人には通用するだろうけれど、所詮木材だ。大型の魔物の襲撃を受ければひとたまりもない。


 強力な魔法士でもいれば話は別だが、ここも魔法を否定している区域の可能性がある。


「全く、何だって魔法を禁止するかなあ……」


 思わず呟いた言葉に、反応する存在があった。


「お嬢ちゃん、あんた、滅多な事を口にするもんじゃないよ!」

「へ?」


 背後からの声に振り向くと、そこには小柄な老女が険しい顔で立っていた。


「魔法はね、神様が禁じなさったんだ。それに文句を言うなんて――」

「ああ、いや、文句ではなくてですね、便利なのに、使わないのは何でだろうって思って」


 慌ててティザーベルが言い訳をすると、老女は険しさを消した顔で、こちらをじろじろと見てくる。


「……あんた、この辺りの子じゃないね?」

「ええ、ここからずっと遠くにある国から来たんですよ」


 嘘ではない。海を越えた別大陸の国から来たのだから。ティザーベルの言葉に、老女は大きな溜息を吐いた。


「そう。なら神様の教えを知らなくても無理はないわね。神様はね、魔法なんて歪んだ存在は私達に必要ないとおっしゃったの。だから教会のある街やその周辺では、魔法なんて口にするのもいけない事なのよ」


 どうやら、魔法禁止は宗教絡みだったようだ。


 ――キリスト教徒の魔女狩りかい。でも、宗教絡みだと厄介だなあ……


 理論的な理由で禁じられているのならともかく、宗教上の理由ではひっくり返すのは難しそうだ。これは当分、魔法を人前で使わないようにしなくては。


 だが、それはとても面倒臭い事だ。何とか人に見つからずに使う方法はないものだろうか。


『はいはーい! 提案があるよー』

『はい、パスティカ』

『幻影で、ベルを出せばいいんじゃない?』


 ベルとは、ティザーベルがついこの間まで使っていた、仮面にフードの怪しい風体をした人物だ。


 それを幻影として一人の人間のように見せかけてはどうかという事らしい。


『そうすれば、あなたがいる場所でもベルが魔法を使えるんじゃない?』

『なるほど、アリバイも立証出来て一石二鳥という訳か』


 ティザーベルと「ベル」が同じ場所にいれば、当然「二人の人間」と見なされる。その後ティザーベルがベルの格好をして魔法を使っても、二人が同一人物とは気づかれない。


 ミステリ辺りではあっという間にバレるアイデアだが、ここは異世界でありミステリのあれこれを知る人間はいない。


 ――いや、もしいたら、前世の記憶持ちって事で接触してもいいんじゃね?


 それなら、一石三鳥になる。別大陸だから前世日本人を探す必要はそこまで感じていないけれど、もしこちらの国で苦労しているのなら、帝国へ送る事も検討していいのではないか。


 もちろん、手を差し伸べる前にどんな人物かは見定める必要があるけれど。




 モグドントでは宿屋に泊まる。と言っても、この街には宿屋は一軒しかなかった。


「さすが、ショボい……」


 部屋に入って開口一番、そう漏らしたのは仕方あるまい。この街の宿屋は、大広間で雑魚寝が基本だそうだ。金を積めば個室もあると言われ、ヤランクス共から巻き上げた金で個室を取った。


 その個室に入って、あまりのショボさについ出た言葉だ。


「ベッドは枠はまあまあ……やっぱり藁かあ……虫がいそうだからパス」


 室内にはベッド以外に何もない。部屋の片隅に衝立があり、その向こう側におまるがある程度だ。


 さてどうしたものか。移動倉庫の中にはいくつか家具が入っているので、泊まっている間は入れ替えてもいい。だが朝入れ替えるのを忘れた場合、宿屋に不審がられはしないだろうか。


「いっその事、寝る時は姉様の都市へ戻ったら?」

「へ?」


 いつの間にか出現していたパスティカからの提案に、間抜けた声が出る。ここからあの都市まで、どのくらいの距離があると思っているのか。


 だが、続く彼女の言葉に、今度こそ固まった。


「このくらいの距離だったら、都市が再起動している今、移動術式で帰れるわよ。ねえ? 姉様」

「ええ、可能ですね」


 都市とは、一体……。その定義をここで言っても始まらないので、今は置いておく。


 今重要なのは、簡単にここと一番都市とを行き来出来るという点だ。何より、この宿のベッドを使わずに済む。


「よし、じゃあ扉を勝手に開けられないように結界を張って、それから都市に戻ろう! あ、もちろん、またこの部屋に戻れるのよね?」

「無論です」


 ティーサの説明によれば、座標を登録出来るので、都市から登録した座標まで移動出来るのだそうだ。


「ただ、あまり都市から離れてしまうと不具合が生じますので、ある程度の距離までしか使えないという制限があります」

「もちろん、私の都市からここまでは移動出来ないわよ」


 ここから大森林地下の五番都市まで移動出来るのなら、面倒がないのだが。それに関しては、一番都市に移動してそこから都市間移動を使えばいいのであまり大きな問題ではない。


 今注目すべき点は、これから先は野営する必要が極端に減るという事だ。もっとも、移動倉庫に家が入っているので、どのみち通常の野営はしないのだが。


 結界を張った後、一番都市に戻り、翌朝この部屋に戻る事になった。宿は素泊まりにしておいたので、食事の心配もない。


「じゃ、戻りましょうか」


 なんとも緊張感のない旅だが、そういえばこれまでもそうだった。きっと、ヤード達も元気でやっている。


 明日は少し街の中を回ってみよう。何か情報が拾えるかもしれない。

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