百六十三 出立
外にいても、都市に集まる情報にはアクセス出来るというので、ティーサの都市、一番都市を後にした。
「移動がこんなに快適とは……」
二人が乗っているのは、ティザーベルがこちらの大陸に来て最初に作った間に合わせの馬車である。
本当は大型の方を出そうと思っていたのだが、それでは目立ちすぎるというので、こちらにした。
馬車にしたのは、歩くのが嫌だったからだ。レモがいる場所まで、直線距離でも一千キロを超える。そんな距離を、歩いて移動など正気の沙汰ではない。
「だから空を行きましょうって言ったのにー」
パスティカが不満そうだ。彼女は最初から、空路を提案している。
「そんな目立つ事、したくないって言ったでしょ?」
「この馬車だって、十分目立つわよ?」
「うぐ……」
確かに乗り心地重視で作ったこの馬車は、見た目も目立つらしい。派手に作ってはいないのに目立つとはこれ如何に。
と思ったら、形状その他、この辺りの技術では到底作れないものだそうだ。
「それ、早く言ってよ!」
だって、あの時はまだこの地域の事がよくわからなかったから。六千年前なら、逆に懐古的って事で喜ばれたと思うけど
ちなみに、六千年前の世界では、人の移動で主に使われていたのは自動運転型の浮遊車だそうだ。車輪がないタイプで、街中での輸送に使われる。
まるきりSFの世界だ。そう考えて、ふと思い出した。
「そういえば、その繁栄を極めたはずの古代都市は、一体どこに消えたの?」
ティザーベルの問いに、支援型はどちらも答えない。答えを持っていないのか、伝えるべき答えではないから黙っているのか。なんとなく、後者に思えた。
支援型が黙った時は、何をどう言っても答えてはもらえない。短い付き合いの中で、それだけは理解していた。
「さて、じゃあまずはこの近くの街、モグドントだっけ? そこに行くんだね」
「……」
フローネルは、緊張した面持ちだ。彼女の妹は、危うくそのモグドントに連れて行かれて売り飛ばされるところだったのだ。
それだけでなく、以前あの里からも複数人がエルフ狩りを生業とする連中、ヤランクスに攫われたという。うまくすれば、そのエルフ達の消息も調べられるかもしれない。
里の掟に、一度人間の街で暮らしたエルフは二度と里に入れないというものがあるらしい。それもあって、攫われたエルフを探したところで、何にもならないとフローネルは考えていたのだ。
だが、それもティーサの新しい里を作ればいいという提案で、考えが変わってきている。
なければ作ればいい。当たり前の事かもしれないが、長らく固まった考えに染まってきた身には、それこそ世界が開けたような感覚があった事だろう。
「そういえば、向こうの里は問題ないんだよね?」
フローネルの事を考えていたからか、ふと気になった。それというのも出立の少し前に、ティーサから気になる事を聞いたからだ。
里の結界が緩みかけている。どうも、一番都市が長らく予備機能のみで維持していた関係で、里に仕掛けられた人よけ、獣よけの結界が薄くなってきているそうだ。
このままでは、もって数年と言われては、動かない訳にもいかない。ティザーベルは、すぐさまティーサに結界の張り直しを頼んだ。
「結界の方は問題ありません。以前と同様、それ以上に強固なものにしておきましたから」
「ありがとう」
これであの里の安全も確保出来た。通りすがりで立ち寄った場所ではあるけれど、同行者となったフローネルの故郷だ。それに、あの場所には彼女の妹のハリザニールがいる。護って置くべき場所だった。
馬車を引くのは、一番都市で手に入れた魔法疑似生命体の馬だ。基はあったので、ティーサが都市にて創り出してくれた。
「生物ではありませんから、諸々の煩わしさがありません」
どうせ馬を別に用立てなくてはならなかったから、ティーサの提案には大賛成だ。二頭立てで引いてるせいか、馬車の速度はかなり出ている。もうじき、モグドントに到着するらしい。
「街まで馬車で行きますか?」
ティーサの問いに、ティザーベルはしばし考えて答えを出した。
「街から見えない場所で下りよう。馬車を所有して遠いところから旅をしてきたってなったら、悪目立ちしそうだから」
モグドントでは、なるべく目立った行動はしないようにする。それが前もって決めておいた事だ。
ここで調べるべきは、エルフ達の行方だ。それには、派手に騒ぎ回るのは得策ではない。
難しい事だというのはわかっている。もしかしたら、近隣の街を総当たりで探す事になるのかもしれない。
それでも、一人でも多くのエルフを助けたかった。偽善と言われてもいい。
ただ、ティザーベルが「そうしたい」と願っただけだ。
――どうせここの人間じゃないからね。
帝国で下手に暴れると、その後の生活に支障が出かねないのでやらないが、結構バレない裏であれこれやっていた自覚はある。たちの悪い冒険者とか、盗賊団とか、街の小悪党とか。
だが、今回やろうとしている事は、それらとは次元が違う問題だ。下手をすれば、この大陸、この地方の国の制度そのものをひっくり返す事になるかもしれない。
それも、余所者の自分がだ。少し引け目を感じるかと思えば、今の自分は全くそんなものを感じていない。
やはり「余所の場所」というのが一番大きいようだ。こちらの街に知り合いなどいない。クピ村のあの家族と、エルフ達だけだ。
なら、今一番大きな問題を抱えているであろうエルフ達に肩入れしたところで、誰に文句を言われる筋合いもない。
金を出して彼等彼女等を買った相手は損害を被るけれど、元々が他者の甚大なる被害の上に成り立ったものなので、損害程度で済んで良かったと思うべきだ。
――おじさん、ごめん、迎えが少し遅くなるかもしれない。
本当は平行してレモを探しに行きたいのだけれど、地域的にエルフの問題を先にするべきだ。この地方だけでも、結構な数のエルフが苦労を強いられているという。
レモの事だから、ここでも強く生きているだろう。そう思って、より緊急性の高い問題を優先しておく。二人には、後で謝っておこう。そう決めて、ティザーベルは目的地のモグドントを目指した。
馬車を降りたのは、以前ハリザニールと彼女の友達であり族長の親族でもあるユキアを見つけたヤランクスの小屋、そこの近くだった。
「結構街の近くにいたんだね、あいつら」
「反吐が出る」
言い捨てるフローネルの顔には、嫌悪の情が露わに出ていた。それもそうだろう。既にないとはいえ、ここにあった小屋で、彼女の妹は酷い目に遭いかけていたのだから。
それだけではない。あの小屋はおそらく中継地のようなものだったのだと思う。近隣から攫ってきたエルフをあの小屋に一時的に閉じ込めて、数が揃ったら馬車で街中に運んだのだ。
捕まえたヤランクス達の脳をスキャンしたパスティカからの情報である。あの時は何も考えずに小屋を壊したけれど、結果的に良かったのだ。
パスティカ、ティーサ両方からの情報と、フローネルの説明で、エルフの里がこの近隣に複数ある事がわかっている。
といっても、フローネルのいたクオテセラ氏族の里が一番大きく、他は村と呼ぶ程度のものばかりなのだとか。
だからこそ、攫われたエルフを戻す事は出来ないというのが、フローネルの意見だ。狭いコミュニティの中では、攫われて人間の元にいた仲間は、既に忌避すべき存在になっているという。
相容れないものの側にいた仲間は、もう仲間ではないという事らしい。理解は出来ないけれど、そう言われればなんとなく納得も出来る。
しばらく無言で歩くと、道の向こうにそれが見えてきた。
「あれが、モグドント……」
周囲を大きな丸太で作った壁で覆われた、街というより大きな村と言った感じの集落である。
そこが、近隣で一番大きな人間の街であり、エルフを売り飛ばす競りが開かれる場所。
そして、おそらくまだ残党が残っているだろう、ヤランクスの本拠地でもあった。
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