百六十二 修正
翌日、ティーサの一番都市で宿泊している部屋まで、出来上がった服が届けられた。届けにきたのも、あの運搬用のロボットである。
「おお、いい感じ」
手に取った一枚を広げてみたが、手触りもいいし縫製もしっかりしている。これなら、着心地も良さそうだ。
早速着替えてみると、着た途端肌の上にわずかな魔力が走るのを感じる。本当に術式付与をしたようだ。
「魔力源はどうしてるんだろう……着用者の魔力、って訳でもなさそうだし」
軽く探ってみるも、わからない。こんな事は初めてだ。これもまた、六千年前の技術という事か。
前世風のデザインだからか、帝国風のものより着やすい。最後に薄手のコートを羽織って部屋を後にした。
大森林地下で使った宿泊施設同様、こちらも大きな窓は全て映像を映せるらしく、廊下の窓には明るい自然の光景が映し出されている。
それらを横目に、メインダイニングへ向かうと、入り口でフローネルと会った。
「おはよう、ベル殿」
フローネルは、すっかり「ベル殿」呼びが定着してしまったらしい。いちいち修正するのも面倒なので、ティザーベルの方が折れた。
「おはよう、ネルも新しい服に着替えたんだね」
「ああ、何だか落ち着かないのだが……」
そう言って自分を見下ろす彼女を見る。二人とも似たようなデザインにしたが、フローネルの方がキュロットの丈が膝上と短い。
それ以外にも、スタイルの違いからデザインまで別物に見えるから不思議だ。フローネルはエルフらしい整った容姿だけでなく、抜群のスタイルも持っている。
――うらやましい……いや、それは今は置いておいて……
「……ご飯、食べよっか」
「ああ」
二人連れだって、メインダイニングへと入っていった。
ティーサの都市で過ごす事十日あまり。そろそろ近隣の情報が集まり出していた。話を聞くのは、決まって中央塔の最上階である。
「ここから一番近い大型の街は、ここですね」
今回の情報端末が調べた結果を反映した地図に、青い点がいくつか記されている。点は大きさで街の規模がある程度分類されていて、ここから近く、少し大きめの青い点が指し示されていた。
「ここは……」
フローネルが、眉間に皺を寄せる。
「知ってるとこ?」
「ヤランクス共のよくいる街だ。……多分、昔攫われた里の者も、ここに連れて行かれたと思う」
「それって……」
里のエルフがいる街という事か。聞くと、返答はティーサからあった。
「この街に、エルフの反応はありません」
「昔、聞いた事がある。この街で競りにかけられて、余所の街に連れて行かれるそうだ」
「そうなんだ」
それ以上、何も言えない。帝国には奴隷制度はなかった。重罪人を鉱山などの過酷な労働条件で働かせる罰はあっても、奴隷という形ではない。
――もっとも、人権侵害という意味では同じかな。犯罪者達は、死刑宣告されるような連中ばかりだからなんとも思わなかったけど。
基本、重罪人は何かしらの形で人を殺している。それも複数人だ。そんな相手に同情はしない。
だが、攫われて売られたとなれば、話は別だ。
「そのエルフ達、探せないかな?」
「ベル殿?」
「自分のせいで奴隷に身を堕としたってならまだしも、攫われて売られたんでしょ? 何とか出来ないかと思って」
だが、ティザーベルの言葉に対するフローネルの返答は、意外なものだった。
「多分……無駄だ」
「何で!?」
「攫われたエルフ達を、受け入れる先がない。ユルダ《人》のいる場所にいれば、また別のヤランクスに捕まるだけだ」
助け出しても、その後のフォローがなければ意味がない。確かにそうだ。だが、だからといってこのまま見過ごすのも、どうにも気分が悪い。
――これも前世の記憶のせいかな……
攫われて監禁されていた事件は、前世でもニュースなどで見た事がある。海外だけでなく、日本でもいくつかあった事だ。
親兄弟の悲しみや苦しみを思うと、戻せるものなら戻してやりたい。今なら、それなりの力を持っている。
「表沙汰には出来ない力だけど、今なら出来る」
「え?」
「ティーサ、攫われたエルフを受け入れてくれそうな里を探す事って、出来る?」
呆然とするフローネルを放っておいて、ティーサに聞いてみる。情報を統括している彼女なら、あるいは知っているのではないかと一縷の望みをかけてみた。
「探せなくはないと思いますが……いっその事、攫われていた者達を集めた里を作ってはいかがでしょう?」
「え?」
ティーサの申し出に、ティザーベルとフローネルの言葉が重なる。
「受け入れる里がないのなら、作ればいいのです。元々、この近くの里も一番都市の都市外施設の一つですから。要は地上の他の生き物に邪魔されず、自給自足出来る環境があればいいのですよね?」
そう言うと、ティーサは再び地球儀もどきをこの場に出した。
「今の人間の生息域は、意外に狭いものです。彼等の知らない秘境や奥地など、いくらでもありますよ」
「それ、技術が進んで開発されたら見つかるって事も、あるんじゃないの?」
「そうならないよう、手を打っておきましょう。もっとも、人間達が我々を超える技術を開発した場合は、無駄になりますけれど」
その場合、この世界の人間が超えなくてはならないのは、六千年前の技術という事か。
「ちなみに、今の人間の技術力って、どのくらい?」
「そうですね……六千年前に届かせるには、おそらく千年近くかかるかと」
「そんなに?」
今の技術は、大分遅れているようだ。産業革命でも起きない限り、心配する必要はないのかもしれない。
それにしても、何故そんなに遅れているのやら。帝国の技術力は、そんなに低い訳ではないのだが。
「おそらく、魔法を否定している事が原因と思われます」
口に出した覚えはないけれど、ティーサが答えた。これはパスティカ同様、こちらの考えを読んだのだろう。
「ティーサ、パスティカにも言ったけど、私の考えを読むのはやめて」
「申し訳ございません」
謝罪の言葉は口にしたが、「二度とやらない」とは言わなかった。パスティカといいティーサといい、支援型は役に立つけれど厄介な性格をしているものだ。
だが、先に出されたアイデアはありがたい。これだから支援型は厄介なのだ。
「それで、話を戻すけれど、新しい里を作る事は可能なの?」
「はい。場所の候補はいくつか探せますし、人手が足りない部分は、人数が増えるまで機械を使えば問題ないかと」
小さな場所で自分達の食べる分だけを作るならそこまで問題ではないだろうけれど、里の形で維持するのなら、それなりの人数がほしい。
ただ、すぐに集まるとも思えないので、足りない分は機械でカバーという訳だ。
悪くない。
「じゃあ、当面の目標として、私の仲間を探す、フローネルの同胞を探して保護、新しいエルフの里を作る。これでいい?」
ヤードとレモが見つかれば、ティザーベルは帝国に戻る。最悪、ティーサの都市まで戻れれば、都市間移動で帝国へ帰る事は可能なのだ。
ただ、自分がいなくなった後、フローネルがどうするかが心配だった。里を追放された彼女の、落ち着く先が見つからないと、心配でおちおち帰る事も出来ない。
「ベル殿……」
フローネルは感動しているのか、目を潤ませている。
「私は構わないわよ」
「主様の御心のままに」
支援型が、主であるティザーベルに逆らう事はない。余計な事をしたり、教えない事も多いけれど。
ともかく、直近でのやる事に修正が入った。レモを迎えに行く前に、近場の街でエルフ達の行方を捜さなくては。
それと、魔法の使い方に一工夫する必要がある。これに関してはアイデアがあるので、本番までは控えておこう。
何はともあれ、明日にはこの都市を出立する事になった。
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