百六十一 注文
結局、ティザーベルは無難な白とベージュ、黒を選択し、フローネルは選択を放棄した。
「どれを選べばいいのか、わからない……」
フローネルはコンテナに入る事すら拒否している。確かに、ここは狭いので二人入るのはきついかもしれない。
「ティーサ、彼女に似合いそうな色を選んでくれる?」
「お任せください」
ティーサが選んだのは、ベージュにモスグリーン、白、インディゴの四色だ。それらはティーサが呼んだ運搬用ロボがコンテナの中から器用に取り出し、縫製工場とやらに運んでいく。
「では、縫製工場の方へ移りましょう。仕立てるお召し物の型を選ばなくては」
「へ?」
珍しく、ティザーベルとフローネルの声が重なった瞬間だった。
案内された縫製工場は、名前にそぐわない場所だった。
「ここが、工場?」
まるでどこかのオフィスビルの一室だ。広さは先程の倉庫に比べれば狭く、それでも一室としては広い。そこにいくつかのデスクとモニターと思しきものが置かれている。
「こちらで衣服の注文が出来ます。画面の指示に従って入力してください。画面に触れる方法と、音声でそのまま入力する方法があります」
「へえ、いくつかのパターンから選べるって事か……ネル? 大丈夫?」
「あ? ああ……何だか、色々ありすぎて何をどうすればいいのやら……」
フローネルがキャパオーバーしている。そこらの街に住んでいたってパニックを起こしそうな状況なのだ、エルフの里で引きこもって生活していた彼女ならさらに混乱しても不思議はない。
ティザーベル自身、前世の記憶がなければギブアップしていたと思う。今更ながら、前世の記憶に感謝だ。
とりあえず、フローネルの分もこちらで入力してしまえばいいだろう。
「そういえば、サイズ……採寸はどうするの?」
「それに関しましては、こちらで」
ティーサが指し示した先には、二つの扉が開いていた。どうやら、試着室のような広さの個室だ。
「これは? 試着室?」
「採寸室です。そのまま中に入ってください。終了音が鳴りましたら、採寸終了です」
全てオートらしい。服を着たままでいいというので、一人ずつ入った。中には何もない。白い壁が四方を囲んだ状態で、そのまま立っていればいいという。
ほんの数秒で軽やかなチャイムの音がした。これが終了音らしい。
「これで終わり?」
「ええ、お疲れ様でした」
ティーサの笑顔に出迎えられる。隣の採寸室からは、フローネルが首を傾げながら出てきた。
全身スキャンか何かでサイズを測ったのだろうけれど、それで正確な数値が出るというのも怖い気がする。
とはいえ、これで服作りに必要な素材とサイズの用意は出来た。次はいよいよデザイン選択である。
「とはいっても、ここの残っているデータで作っていいものか……」
「何か、不都合がありましたか?」
「いや、六千年前の服と、今とでは差がありすぎるんじゃないかと思ってね」
「ああ、それでしたら、情報が少し集まっていますので、そちらも選択出来るようにしておきますよ」
「え? 本当?」
「はい」
ティーサが出した情報収集用の端末は、既に近隣の村や街に到着していて、あれこれ取得した情報を送ってきているらしい。
その中でも、見た目でわかる服飾や風俗関連は、簡単に分析できるそうだ。
「じゃあ、近隣の街で浮かない感じの服がいいのかな」
「それよりは、近隣の街の人間が行かない場所の服装をした方がいいと思います」
「そう?」
「ええ、そうすれば、遠い場所からきた旅人だと言い張れるでしょう。実際、そうした装いをする地方があるのですから、全くの嘘でもありません」
なるほど、嘘を吐く場合は、真実の中に紛れ込ませるといいという。バレにくくなるのだそうだ。
フローネルはともかく、ティザーベルは確かにここから遠い場所から来たし、これから作る服のような装いが普通の地方があるなら、それもまた本当の事だ。ただ、それらが一致していないというだけで。
「後はフローネルの耳か……帽子で隠すのが一番簡単だよね」
幻影魔法を使うのは、最終手段だ。それまでは、物理的に隠す方向でいる。
「その事ですが、ここから北に行った地方に上着と一体化して頭を覆う外套を使う場所があります。それを参考に上着をあつらえてはいかがでしょう」
ティーサによると、エルフの里よりもっと北、ユーラシア大陸のモンゴル辺りの地域では、気温のせいか頭まですっぽり覆うタイプの厚手の上着を着るのだとか。
フード付きのコートと思えばいいが、この辺りは大分南なので気温が高い。フードをかぶったら蒸れて暑いのではないだろうか。
しばらく考えた結果、コートの生地を薄くする事でいけると判断した。
「手持ちの生地で行くと……この辺りかな?」
選んだ布地の中に、麻のような手触りのものがあった。夏場のジャケットにも使われる生地だから、コートにしてもいけると思う。
「そうですね。それに裏地を付ければ問題ないのではないでしょうか。ついでに体温調整の術式を付与しておけば」
今、ティーサがさらっと何か言った気がする。無言のまま彼女を見ると、しれっと続けた。
「倉庫で保管していた布地は、全て術式付与に耐えうるものばかりです。大丈夫、一見してそれをわかるような付与はいたしません」
魔物素材を使わずとも、術式付与が出来るとは。クイトの習った魔法道具でさえ、素材には魔物素材をあれこれ使っていた。
だが、この都市ではそれらは全て合成素材で賄えるという。
「超古代文明、半端ないな……」
体温調整を付与出来るのなら、生地の素材にこだわる必要はない。見た目暑苦しくとも、着ている本人達が快適ならばそれでいいのだ。
とはいえ、こうも簡単に問題解決の手段があると、便利でありがたいと思う前にどうにも精神的疲労を感じてしまう。
その様子を見て取ったのか、ティーサが心配そうに尋ねてきた。
「何か、不都合がございますでしょうか?」
「いや、大丈夫。……ネル、そっちは大丈夫?」
「……ダメかもしれない」
ティザーベルでさえこれなのだから、フローネルがくじけそうになるのは当然か。話についていけなくて、涙目になっている。とりあえず、今までの話は流し聞きする程度でいいと言っておく。
これ以上無理をさせると、知恵熱どころの騒ぎではなくなりそうだ。
「下着とシャツ、スカートかパンツ、あとコートか……ベストも作っておこうか。防寒着は……しばらく必要ないかな?」
「必要に迫られましたら、またここに戻って制作すれば問題ないかと思います」
「だね。じゃあ……」
ティーサに促されて、モニタ上で色々なデザインを探す。結局、シャツを洗い替えの分を含めて三着、ベストが色違いで二着、膝丈キュロットを三着、コートを二着、下着や靴下は六組選んだ。
追加でフローネルには耳当て付きの帽子を選んでいる。フードの下になってもいいように、薄手の布地で仕立てるようにした。防寒用というよりは、完全に耳を隠す為のものである。
途中、布地が足りなくなったので、追加で持ち出す事になったけれど、無事オーダーは終了だ。ちなみに、ティザーベルとフローネルの服はどちらも同じデザインを採用している。違いは布の色や材質くらいだ。
「後は出来上がりを待つだけか。どのくらいで完成するの?」
「明日の朝には出来上がるかと」
「早いね」
その辺りは、本当に「工場」らしい。情報がある程度集まるまでは出立しないので、時間はまだある。
「それまでは、何してよう?」
「いくつか娯楽施設もあります。よろしかったら、見てみますか?」
至れり尽くせりとはこの事か。せっかくなので、魂が抜けかけているフローネルを連れて、ティーサの案内する娯楽施設を見て回った。
運動系からゲーム系、果ては映画館のような施設もある。中でもティザーベルの興味を引いたのは、六千年前の日常を体験できるものだ。
当時、どのような意図でこの施設が作られたのかは謎だが、今となっては当時を知るいい材料になっている。
大きなドーム状の部屋の中に、様々な景色が映写される。中には本当に触れられそうなものまであり、驚かされるばかりだ。
――眼鏡かければそういったものを楽しめる施設もあったけど、裸眼でこれとは……
この都市が繁栄した頃の、地上の都市の様子はなかなか興味深い。天をつく巨大建築群、整備された機能的な都市、環境に配慮した乗り物や、街ゆく人々の表情。
前世の記憶とは違うけれど、エネルギーにあふれた先端都市がそこにはあった。
何故、これらが今ではかけらも残っていないのか。遺跡として、残骸だけでも残っていそうなものなのに。
そういえば、地下都市の滅亡の原因は聞いたけれど、地上の都市の滅亡原因はまだ聞いていなかった。
今は映像を素直に楽しんでいるフローネルの邪魔をしたくない。後で、パスティカにでも聞いてみよう。
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