百六十 倉庫
都市の機能とは、ティザーベルが思っていた以上に凄いもののようだ。
「おお……」
中央塔の最上階、都市の所有者が使用するべき部屋にて、ティザーベルは目の前の光景に感嘆の声を上げる。
彼女とフローネルの目の前には、立体ホログラムとしてこの星の映像が映し出されていた。
その前に浮遊しているのは、この一番都市の支援型魔法疑似生命体、ティーサだ。彼女が指し示す立体ホログラムには、所々に色違いの点がある。
「この赤い点が我々のいる場所です。そして、こちらの青い点が――」
「帝国、大森林ね」
正確には、最初に見つけた地下都市、パスティカの五番都市である。
今いる場所が、巨大大陸の東側、地球でいうとユーラシア大陸の東端、南側でラオス北部辺りといったところだ。帝国のあるモリニアド大陸は、太平洋に浮かぶオーストラリア大陸といえばわかりやすいだろう。
「もっと北にいるのかと思ったけど、案外南だったんだね」
どうりで暑い訳だ。クピ村はここからさらに南東にいった場所で、直線距離では百キロあるかないかといったところである。
「で、おじさんがいるのがここか……」
いまいるティーサの地下都市から大分南南西にいったところに、レモを示す黄色い点がぽつりと見えた。ヤードはレモの場所から北西にずっといった場所で、地下都市からはかなり離れた山岳地帯に緑の点がある。
この映像こそ、ティザーベルが見たかったものだった。平面的な地図ではないが、自分と相手の位置関係がわかれば、探索もしやすいというもの。
「やっぱり、おじさんから先に探した方がいいね」
「そうねえ。北のこっちは山岳地帯だから、馬車で行くとなると大変だろうし。いっそ空から行く?」
「そういう訳にも……え!?」
パスティカの何気ない言葉を聞き流しそうになり、はたと気づく。今、彼女はなんと言ったのか。
「空から行く? って言ったのよ。当然、飛行用の乗り物だって、あったわよ?」
あまりの内容に、言葉も出ない。さすがは六千年前に栄えた超古代文明。ここや大森林の地下都市を見て、そこに思い至らなかったのは何故なのか。
「……都市間とはいえ、瞬間移動が出来るんだから、そりゃ空飛ぶくらいどうって事ないよね」
「まあね。で? どうする? 使う?」
大変魅力的な申し出だが、今回は見送った方がいい。まだこの大陸の事をろくに知らないのだから。
「やめておく。魔法禁止なんて地方があるくらいだから、空飛んだりしたら、どんな目にあうかわかんないし」
「残念。楽なのに」
確かに空路を行った方が楽だし早いだろう。むくれるパスティカは置いておいて、ティザーベルはティーサに向き直る。
「この周辺の情報って、集められないかな?」
「情報ですか? どのようなものを調べますか?」
ティーサの問いに、ティザーベルは頭の中を整理するように列挙していった。
「うーん。地図は基本として、街や国がどういう関係にあるかとか、かな。ああ、あと、どこまでの地域で魔法禁止なのかも知りたいかも。それから、地方ごとに言葉が異なるなら、それらの情報も欲しいかな。出来れば自在に使えるようになりたい」
言うだけならタダだとばかりに挙げていく。半分も取れればいい方かと思ったが、ティーサの返答は思ってもいないものだった。
「それでしたら、情報収集用の端末を使うのはどうでしょう?」
「端末?」
端末と聞いて思い出すのは、パスティカの五番都市の上に茂る大森林だ。まさか、ここでも樹木形態の端末があるのだろうか。
ここでもまた、ティーサの返答はティザーベルの期待を裏切る。
「ええ。鳥や小動物などを模したもので、人の会話などを拾って情報を集めます。映像も集められますよ」
「え? 本当?」
それは助かる。喜ぶティザーベルに、ティーサが申し訳なさそうに言った。
「ただ……」
「ただ?」
「お時間をいただきますが、よろしいでしょうか?」
確かに、情報収集には時間がかかるだろう。急ぐ旅路ではない……と言いたいところだが、今は急いでいる。
とはいえ、ここで焦ってもいい事はないだろう。
「急いては事をし損じる」
「はい?」
「何でもない」
ティーサに聞き返されたが、誤魔化しておく。
「いいよ、時間がかかるのはしょうがない。でも、なるべく早くでお願いしていいかな?」
「それでしたら、とりあえずの情報が集まり次第、出立するという事にしませんか? 詳細は旅先でも受け取れますし」
「なるほど……じゃあ、それでお願い」
「かしこまりました」
物事がサクサク進むのはいい事だ。それにしても、本当に支援型というのは出来がいい。
「情報集まるまでは、ここで待機かな?」
「よろしければ、情報が集まるまでお召し物を新調されてはいかがですか?」
「え?」
「調べましたら、長期保存用倉庫にて、いくつかの布地が保管されていました。お二方とも、これからの事を考えると、今のお召し物では目立ちすぎるかと」
確かに、フローネルが着ているのはエルフの里のものだし、ティザーベルに至っては帝国製の衣服だ。
しかも、故郷であるラザトークス風なので、少し和服に近い外観である。クピ村で借りた服がここらのスタンダードだとすると、ティーサの意見はもっともだ。
――そういや、クピ村で借りた服、返さなかったな……
いつかあの村に立ち寄ったら、何か別のもので返そう。
ティーサはすぐに情報収集用の端末を出してくれた。
「端末からの応答が来るには時間がかかりますから、その間にお召し物の方を揃えましょう」
そう言われて案内されたのは、中央塔を背にして右側奥にある大きな建物だ。
「ここは?」
「倉庫の一つですが、この倉庫も研究対象だったものです」
中に入れたものがどれだけの時間経過に耐えられるか、という実験だったという。
ちなみに、中には布地の他に金属類や保存食料もいくつか入れられているそうだ。
「食料もあったんだ?」
「ええ。確認はしていませんが、布地が無事ならあるいは、食料の方も問題ないかもしれません」
こんなところも都市ごとの特色か。五番都市では普通の保存方法だったから全滅していたけれど、こちらでは保存食も無事かもしれない。
とはいえ、やはり口にいれる度胸はなかった。
「とりあえず、布地が残っていればいいや」
ティーサが倉庫の鍵を開けると、分厚い扉が重々しく開く。中はいくつかのエリアに区切られていて、それぞれコンテナのようなものが積み上げられていた。
「これ全部、保存物資?」
建物そのものと、このコンテナそれぞれに別々の保存術式が使われているという。保存されているものの中には、過去の魔法道具も含まれるのだとか。興味があるけれど、それを見るのはまた今度だ。
「布地はこちらですね」
案内されるまま奥へと入り、一つのコンテナの前で止まる。上に三つ重ねられたもののうち、真ん中が布地だそうだ。
ティーサが軽く右手を挙げると、奥から音もなくロボットのようなものが近づいてくる。
「足場にどうぞ」
どうやら、自動で移動する踏み台のようだ。ロボットはコンテナの前まで来るとかすかな音を立てながら変形し、階段状の踏み台になった。
ティーサがコンテナの扉部分に触れて解錠する。内部の気圧が低かったのか、空気の音を立てながら扉が開いた。
用意された階段を上って、コンテナの中をのぞき見る。両側に取り付けられた棚に、ぎっしりと布地が詰まれていた。
中に入って触れてみても、違和感はない。
「これ、本当に六千年経ってるの? とてもそうは見えない……」
「実験は成功という事ですね。過去の研究者達が知れば、喜んだでしょう。ちなみにこれらは合成素材です。工場部分が稼働すれば、現在でも生産が可能です」
超古代の繊維なのに、未来的な代物のようだ。布地は柄物はなく、色がいくつかある程度だ。
「お好みの布地を選んでいただければ、縫製工場まで運搬します」
「運搬? ティーサが?」
「いいえ? 運搬用の機械がありますから」
どうやら、先程の足場ロボットのように、運搬を専門とするロボットがいるらしい。ますます、近未来的だ。
いや、今の文明程度から言うなら、超未来と言うべきか。何だかまたもや別の世界に足を踏み入れたようで、軽いめまいがするティザーベルだった。
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