百五十九 疲労
帰りの道筋でも、ギルド支部での怒りを発散させるべく、魔物狩りに精を出した。
「まったく! あの程度の雑魚に軽く見られるなんてえええええ!!」
ティザーベルの怒りは、下卑た誘いをされた事よりも、こいつなら簡単にいなせると格下相手に思われた事だ。
「ムカつくうううううう!」
怒りのパワーか、いつもより魔法の威力が上がっている気がする。素材をなるべく綺麗な状態で保てるよう、また一応森の中という事で、炎系の術式は使わない。
行きよりも早いペースで大森林内を進み、多くの魔物を狩ったおかげか、山脈麓の出入り口に到着する頃にはティザーベルの機嫌も大分良くなっていた。
「いやー、大猟大猟」
移動倉庫内には三匹のシンリンオオヘビに二頭のシンリンオオウシ、コノハザルや名前も知らない魔物も多く入っている。引き取り所に出すのが今から楽しみだ。
浮かれながら地下都市の戻ると、そこにはどんよりとした表情のフローネルが待っていた。
「……どうしたの? その顔」
「ベル殿か……いや、どうしたもこうしたも……」
フローネルが言うには、ティザーベルが都市を出た後、パスティカに都市中を引きずり回されたらしい。どんよりしていたのは疲労からだという。
「失礼ね! 折角私の都市を案内してあげたのに!」
いつの間にか姿を現したパスティカは、腰に手を当てて不機嫌さをアピールしている。
「だからって、引きずり回す事はないでしょうよ。ネル、ゆっくり休んで」
「ありがとう……」
彼女は昨日使った宿泊施設に向かっていく。まだ昼を少し回ったくらいの時間帯だから、このままティーサの都市まで戻ろうかと思っていたけれど、明日にした方が良さそうだ。
「それで、主様。用事の方は済んだのですか?」
「ええ、まあね」
ギルドに言って手紙を出しただけだ。余計なものまでついてきたけれど、その後の狩りで発散したので問題はない。
多分、問題があるとすれば、この後だろう。ネーダロス卿がいつまでおとなしくしていてくれるか。
メナシソラウオの素材がまだ残っていれば、それで新たなアイテムを作って魔法士を送り込むくらいやりかねない。その辺り、手紙には待っていてくれと書きはしたけれど、正直どこまで待ってくれるかはわからない。
ヤード達の捜索にしても、いつ見つかるかは謎だ。一応ある程度の地域までは、パスティカが絞り込んでくれたので助かっている。あとは無事に二人を見つけ出せればいいのだが。
ここに来て、マイナスな思考が頭をよぎる。もし二人と合流出来なかったら。パスティカは二人も無事で生きていると言っていたけれど、何かの理由でパーティー解散もあり得るかもしれない。
冒険者になってから、これまで殆どソロだった。ユッヒはいたけれど、彼とは正式にパーティーを組んでいた訳ではないし、どちらかというと足手まといになる事が多かったのも事実だ。
ヤードもレモも、ソロでも十分やっていける腕前だと思う。等級も、出会った時点でティザーベルよりも上だった。これにはラザトークス支部での不正が関わっているけれど、それでも彼等の実力は本物だ。
それに、本当に二人を探していいのかも迷う。もしかしたら、その土地になじんで、もう元の生活に戻りたくないと言うかもしれない。
「……疲れてるのかな」
大森林を、ソロで往復踏破したのだ。気づかない疲労があったとしても不思議ではないし、人間疲れるとろくな事を考えないものだ。
「では、主様もお休みください。後の事は、我々にお任せくだされば」
都市に関しては、確かにティザーベルより支援型達の方が色々と知っているだろうし、任せておけば安心だろう。
「そうだね……じゃあ、お願い」
そう言い残すと、ティザーベルはフローネルの後を追うようにして、宿泊施設へと向かった。
この都市にある宿泊施設は、何故かリゾートホテルのような造りをしている。天井に空を映す技術を応用したものを景色に使っているらしく、ロビーの大きな窓や客室の窓からは、好みの景色を選んで映し出す事が出来た。
現在、ロビーからは昼間の海の景色が見える。これが全て映像とは。
「CGもびっくりだね」
呟きながら、自分が使っている部屋へと向かう。ホテルは二十階建てで、ワンフロア六室のみという贅沢さだ。もちろん部屋は広く、全てスイートとなっている。
そんな贅沢なホテルも、現在の宿泊客は二人のみ。フローネルは三階の部屋を、ティザーベルは一階の部屋を選んでいた。
部屋に戻り、着替えもせずに大きなベッドに倒れ込む。多分、ここから飛ばされた後のあれこれが、今になって出てきているのだ。
これまでは目の前の事を何とかしなくてはと気を張っていたけれど、二つの都市を再起動して少し心に余裕が生まれたのだろう。張っていた気が緩んだせいで、今まで気づかなかった精神的疲労が一挙に来た気がする。
今は寝よう。寝てリセットして、また明日から頑張ればいい。目を閉じたティザーベルは、そのまま引き込まれるように眠りについた。
翌朝、まだ夜明け前に目が覚める。
「……お腹空いた」
そういえば、昨日は昼もろくに食べずにそのまま寝て、二食分抜かした。空腹になるはずだ。
身だしなみを整えて部屋を出て、がらんとしたメインダイニングに向かう。窓からは登り始めた朝日が差し込んでいた。
そのメインダイニングの端の席に、フローネルが座っている。
「おはよう。もしかして、空腹で目が覚めた?」
「おはよう……」
身を縮こまらせるようにして座る彼女の腹部辺りから、くうと小さな音が響いた。
「ごめんね、食事、出してから寝れば良かった」
今のところ、食事は全てティザーベルの移動倉庫に頼っている。都市は再起動したばかりで、食料生産までは追いついていない。
野菜や果物、食肉や魚も全て都市内で生産が可能ではあっても、さすがに時間が必要だという。
「備蓄食料も、さすがに六千年には耐えられなかったみたい」
パスティカの言葉に、それはそうだろうと頷く。残っていて大丈夫だと言われても、それだけ古いものだと口をつけるのは躊躇しそうだ。
ティザーベルは、テーブルの上に料理を出していく。
「二食抜いているから、胃に優しそうなものを中心に出していくからね」
パンより粥を、肉より魚を、油物よりあっさりとした煮込み料理を。食後にはリンゴのような果実のコンポートを出した。
それらを二人で平らげ、やっと人心地つく。
「ネル、今日はこれから向こうの都市に戻って、出立する。本当に、ついてくるんだね?」
ティザーベルからの最終確認に、フローネルは頷いた。
「私は里から追放を受けた身だ。ベル殿には迷惑をかけないようにする。だから、改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
これで、しばらくの旅の同行者が出来た訳だ。問題は、フローネルの外見、特にその耳だ。
「特徴的だから、隠した方がいいんだけど……それって、大丈夫?」
エルフの耳へのこだわりは、各創作物に出てくる事がある。では、目の前のフローネルはというと、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「大丈夫……とは?」
「いや、耳を隠したりする事に対するこだわりとかはないのかなーと」
ティザーベルに言われて、ようやく合点がいったようだ。フローネルは長い髪をかき上げて自分の耳を露わにする。
「特にはないな。だが、そうか……これは目立つな。いっそ切るとか」
「ダメダメダメ!」
なんと言う事をいうのか。ティザーベルはきつくフローネルに言いつけた。
「いい? これから先、自分の体に傷をつけるような真似は、絶対に許さないからね!」
「あ、ああ、わかった。でも、何故ベル殿がそんなに怒るのだ? ユルダなどは、好んでエルフの耳を切ると聞くぞ?」
「私はそんな事好みません! とにかく、隠すか何かで誤魔化せばいいんだから、痛い話はしない事! いい!?」
「了解した」
勢いに負けた形で了承したように見えるが、本当にわかっているのだろうか。
魔法で結界が張れるティザーベルは、自覚できるくらい痛みに弱い。逆に、弱いからこそ魔法で怪我などをしないように工夫したとも言える。そんな彼女は、自分の身近の人の怪我も嫌いだった。
「とにかく、向こうに戻りましょうか。色々調べたい事もあるし」
ヤード達を探す為に、二つの都市を再起動させたのだ。その実力を示してもらおうではないか。
二人は支援型二体と共に、再び移動室からティーサの都市へと移動していった。
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