百五十八 懐かしくない故郷
都市の変わりように驚いたティザーベルは、そのまま日が暮れるまで見入っていた。夜になれば空には満天の星。これが全て作り物だとは。
「前世より凄いわ……」
「ベル殿、何か言ったか?」
「何でもない。それよりフローネル? 呼び方が戻ってるわよ?」
「え? あ!」
無意識に呼んでいたらしい。そこまで言いづらいものなのだろうか。軽く落ち込むフローネルはそのまま、パスティカを見る。
「この都市って、宿泊施設はあるの?」
「あるわよー。ただ、生産部分が稼働していないから、食料がないかな」
「そっか。じゃあ、とりあえず宿に移動して、今日はもうこっちで休もう。明日になったら、上に行ってちょっと用事を済ませてくるよ」
ネーダロス卿に伝言を頼まなくてはならない。ギルド経由でセロアに頼めば何とかなるだろう。少なくとも、統括長官であるインテリ眼鏡様には届くはずだ。
都市内にはいくつかホテルがあり、その一室を使う事になった。夕食と翌日の朝食は移動倉庫に入っている料理でまかなう。
明けて翌朝、一人で大森林へと上がってきた。
「なるほど、こういう事か……」
正規の入り口が大森林の奥、山脈側にあるのだ。この情報が、ネーダロス卿の手元にあったらしい。それにしても、どうやって正規の出入り口を知ったのやら。さすがに六千年前の文書が残っていたとも思えない。
「ま、いっか」
パスティカから受け取った古代の魔法技術のおかげで、単独でも大森林踏破が可能になった。奥地の異常魔力も、今なら笑い話に出来る。
ついでなので、ラザトークスに戻るまでにどれだけの魔物を狩れるか、チャレンジする事にした。
「おお! まさかこんなところでシンリンオオヘビに出会えるとは!」
現在、ティザーベルの目の前には鎌首をもたげた大蛇が大口を開けている。獲物である彼女を飲み込もうというその姿勢を見ても、狙われている本人は嬉しさのあまり満面の笑顔だ。
シンリンオオヘビが動く前に、開けた大口を固定するべく結界を口中に張り、ついでに気道を塞ぐ。
苦しさのあまり暴れるシンリンオオヘビを、さらに結界を使って拘束し、動きを封じる。折角貴重な素材が取れるのだ、暴れ回られて傷を付けられては困るではないか。
「どうせなら、傷が少ない状態で持ち込みたいものね」
もちろん、持ち込む先は帝都のギルド本部なので、実際に出すのはまだまだ先になるだろう。これを出した時の引き取り所責任者ギメントの顔を思い浮かべるだけで顔がにやける。
きっと驚くだろう。おそらく、またオークション行きになるかと思われる。
「そうしたら、いくらの値がつくかなあ」
前回のオークションも、なかなかにいい値がついた。蛇系の素材は主なところで皮と牙、そして肝である。これだけ大きければ、皮も大量に採れるだろう。
皮算用をしている間に、シンリンオオヘビは息絶えたようだ。いつも通りまずは自作の拡張鞄に入れ、それを移動倉庫にしまう。
幸先がいい。これからラザトークスに戻るまで、どれだけのレア魔物に出会える事か。
そうして大森林中を進んだ結果、移動倉庫内には相当量の魔物が入る事になった。大森林の中ではよくわからなかったけれど、振り仰いだ空は綺麗に晴れ渡っている。
「いい天気……」
久しぶりに見る帝国の空……と言いたいところだが、あの地下都市から別大陸に飛ばされて、まだ十日かそこらだ。あまりにも濃い数日だった為、もう何年もあの大陸にいた気がする。
「そうだよねえ……そんなに長い間向こうにいたら、ヤード達が待ちくたびれるよ」
待っていてくれると信じたい。もしかしたら、向こうもこちらを探しているかもとも思ったが、多分その場で動かずにいてくれる。
探索にかけては、二人より自分の方が上手だ。それは二人もよく知っている。ならば、探すのはこちらに任せて、彼等は今いる場所で生き延びる事を選ぶだろう。
無事で、待っていてほしい。この大陸の常識が通用しない場所だし、何なら彼等にとっては思いも寄らない存在がいるけれど。
「生きていてくれさえすれば、絶対見つけるからね」
たとえ奴隷にされていたとしても。これは捕まえたヤランクス達の脳内をパスティカが探った結果わかったのだが、あの大陸の国々では人も奴隷にするらしい。安上がりな労働力として、重宝されているのだとか。
なんとも野蛮な大陸だ。労働力というのなら、それこそ魔法技術を導入すればいいのに。
「魔法禁止……かあ……」
その割には、中途半端に魔法道具が使われている辺りが気になる。しかも、ヤランクス達が使っていたのは、エルフに特化した道具だ。
まあいい。しばらくは魔法を使わないようにして、情報を集めよう。その為にも、まずはフローネルの見た目をどうにかしなくてはならないのだが、これは割と楽そうだ。
パスティカの幻影術を使ってもいいし、耳が特徴なのだからそれを隠す帽子なりなんなりをかぶらせればいい。
あれこれ考えながら歩き慣れた道を歩いていたら、あっという間にラザトークスに到着した。懐かしい……と言えなくもないが、いい思い出がほぼない街なので別に感慨はない。
街中を歩いてギルドのラザトークス支部へと向かう。この時間なら、空いているだろう。
「ちったあマシになったかな?」
この支部も、てこ入れがあったはずだ。いくつかの不正が洗い出され、副支部長以下何人かの職員がクビになっている。
ギルド内部は、予想通り人が少なかった。だが、やはり大森林側の街、ガラガラという程ではない。今も飲食スペースにいる何人かがこちらを見ている。見覚えのない顔だから、余所者だろう。
ギルドには郵便業務もある。割高だけれど、他の街まで安全に手紙や小包を届けてくれるので、利用する人は多いのだとか。
この場合の手紙は、魔法道具ではなく普通のものになる。こんな事になるなら、セロアを登録した魔法道具の手紙を用意しておくんだった。
カウンターで手紙の送達を依頼する。手紙は夕べ部屋で書いたものだ。セロア宛てに一通、クイト宛てに一通、ネーダロス卿宛てに一通の計三通である。
もっとも、セロア宛て以外は宛名を日本語で書き、セロア宛ての手紙に同封した。間違っても、ここからネーダロス卿宛てに直接送る事はしない。庶民の一冒険者が貴族に手紙を出すなど、普通はない事だ。
――目立つし、何より職員に根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だしね。
ネーダロス卿が依頼者だと言えればいいのだが、今受けているのはギルドを通していない。出来る限り、依頼に関しては知られたくなかった。
「帝都本部の職員、セロア宛てですね?」
「ええ、よろしく」
これでしばらくは帰らなくても問題はないはずだ。セロア宛てのものには、詳細を細かく書いてある。クイト、ネーダロス卿宛てのものには、遺跡関連でトラブルがあった為、解消の為に時間がかかると書いておいた。
セロアへの手紙には、他二通とは内容が違うとも書いてある。
――セロアにだけでも詳細を伝えておけば、もしもの時には彼女の口から説明してもらえる。
クイトやネーダロス卿とセロアとは、あの隠居所での一件くらいしか接点がない。
とはいえ、あのネーダロス卿の事だ。セロア宛ての手紙もあると知れば、内容を知りたがるかもしれない。ここはうまく彼女が躱してくれる事を祈ろう。
用は済んだとギルドを出ようと思ったら、目の前を塞ぐ連中がいる。先程飲食スペースからこちらを見ていた連中だ。
「おいおい、こんな支部にお嬢ちゃんみたいな子が来るなんてなあ」
「暇なら俺達と遊ぼうぜ」
二人の後ろにもう二人。後ろの二人はゲハゲハと下品な笑い声を上げている。
さて、どうしたものか。
「ねえ、あんた達。おとなしくそこをどいてくれたら、何もしないんだけど」
「はあ? お嬢ちゃんが俺達に、一体何をするって言うんですかねえ?」
「言っておくけど、俺ら六級の冒険者だぜえ?」
低い。というか、こんな連中ですら六級だというのに、本当に以前の副支部長はティザーベルの評価を不当に低くしていたのか。
それを見抜けなかったリサントにも軽く腹が立つ。それらは目の前で下卑た笑いを浮かべる冒険者達に、八つ当たりとして向けられた。
「私、ちゃんと忠告したからね」
「ひゃっひゃっひゃ、それはもうい――」
言葉の途中で、目の前の冒険者は体をくの字に曲げて苦しみ出した。驚く仲間達もすぐに、同じ様に苦しみ出す。
「六級風情が人に迷惑かけてんじゃないわよ。威張りたきゃ、せめて特級くらいは取ってからにすれば?」
冷静に言うと、魔力の糸で股間をひねり上げている冒険者達を、追加の魔力の糸で釣り上げて外へと放り出す。
ティザーベルはカウンターを振り返って、驚く職員に念を押した。
「さっきの手紙、ちゃんと届けてね?」
無言で頷く職員を確認してから、上から支部長が下りてこないうちにとギルドを後にする。
相変わらず、トラブルしかない街だ。ここで起こったいい事と言えば、セロアに出会えた事くらいではなかろうか。
前の道でまだ股間を押さえて痛みに転げ回っている冒険者達を尻目に、ティザーベルはとっとと街を後にした。
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