百五十七 都市の復活

 都市間移動は、本当に一瞬での移動だった。


「おお……って、ここだけじゃ戻ってきたかどうか、わかんないね」


 移動に使ったのは、中央塔の一階奥にある移動室という殺風景な部屋だ。そこから一瞬で移動したらしき先も、似たような部屋である。


 結局連れてきたフローネルは、辺りをキョロキョロと見回していた。


「よくわからないのだが、先程とは違う部屋なのか?」

「違う部屋というか、違う場所だね。外……に出ても、あんまり変わらないか」


 地下都市は共通の規格でもあるのか、ティーサの都市もパスティカの都市もよく似ている。厳密には違いはあるのだけれど、ぱっと見ではわかるまい。


 ティザーベルに、パスティカが機嫌良く声をかけてきた。


「地上に出れば、違いがわかるんじゃない?」

「却下。どんな影響が出るかわからないから、ネルは都市の外に出ちゃダメ」


 地下都市から出ないというのを条件に、一緒に連れてきたのだ。そうでなければ、再起動済みのあちらの都市でお留守番の予定だった。


 都市間移動に使った部屋は、こちらでも中央塔の一室だったらしく、廊下に出てしばらく歩くとロビーに出た。


 人のいない建造物は、どうしても恐怖心を煽られる。いないとわかっていても、物陰から何かが出てきそうに思ってしまうのだ。


 ロビーを経由して、エレベーターホールへ。ここから下へ下り、またあの面倒な経路をたどって動力炉へと向かうのだ。


「ショートカットがほしい……」

「何か言った?」

「何でもない」


 妄想が口から出たらしい。都市の最重要施設なのだから、そんなものがあっては困る。わかってはいても、面倒なものは面倒なのだ。


 ティーサの都市より、こちらの都市の方が動力炉までの経路が長い気がする。それはフローネルも同じく感じていたらしい。


「ま、まだ着かないのか?」

「そろそろ半分くらい進んだかしら」

「半分!?」


 アップダウンが少ないからまだ何とかなるけれど、これで高低差のあるルートだったりしたら、多分途中でバテている。


 そんなルートも、やがて終わりが見えた。


「さあ、到着したわよ」

「嫌な記憶が……」

「もう大丈夫だってば!」


 パスティカはぷんぷん怒っているけれど、あれはなかなか忘れられるものではない。何せ、ここからいきなり別大陸へと飛ばされたのだ。しかも、仲間とは別々に。


 今もヤード達とは連絡すら取れない。もっとも、前世のように便利な機器がある訳ではないので、少し離れただけでも連絡が取れない事などざらだが。


 足を踏み入れた動力炉室は、以前見た時と何も変わらない。いや、よく見ると、変わっている部分もある。


「床が焦げてる?」

「あの罠の影響ね。動力炉を再起動させれば、綺麗に消せるから」


 そういうものなのだろうか。どのみち、再起動はするのだけれど。


「さあ! じゃあ始めるわよ」


 パスティカは気合いを入れて動力炉の上へと飛ぶ。ティーサの時同様、動力炉の上方に待機して、一拍おいてから歌い始めた。


「歌が、違う?」

「ええ。動力炉ごとに、起動用の術式が違います」


 側にいるティーサが、小声で教えてくれる。それもまた、セキュリティシステムの一環なのだろう。


 あちらの都市同様、部屋中にキラキラと光る魔力があふれ始めた。それらはパスティカと動力炉の中間地点くらいの高さで一面に集まり、そこから漏斗状になって動力炉に注がれていく。こんなところにも、違いがあった。


「……あちらで見た時も思ったが、美しい光景だな」

「そうだね」


 ぽつりと呟かれたフローネルの言葉に頷きつつ、動力炉から視線を逸らさない。いや、逸らせないのか。


 静かに動力炉に注がれる魔力はやがて加速し、何やら不思議なオブジェのように見える。それに合わせるように、動力炉も輝き始めた。


 虹色に輝く動力炉は、ゆっくりと台座から浮き上がり、変化する光を放ちつつ回転している。炉から放たれた光で、室内はあふれかえる程だ。


 動力炉の光が三度明滅した後、一度強く光ってからは安定した回転を見せる。その動力炉の前に、パスティカがゆっくりと下りてきた。


「再起動、終了です」


 普段の彼女とは違う口調に少しどきりとするけれど、その顔はやりきった充足感にあふれている。


 彼女の言葉通り、再起動した動力炉は問題なく稼働しているようだ。今も光を室内に放ちつつ、ゆっくりと回転している。


「さあ、本来のこの都市の姿を見に行きましょう!」

「あ! ちょっと!!」


 パスティカは言うが早いか、とっとと動力炉室を出て行ってしまう。後を追いかけるこちらの身にもなってほしい。向こうは飛んでいけるけれど、ティザーベルとフローネルは走らなくてはならないのだ。


 ――いや、待てよ?


 そういえば、以前クイトと一緒に実験していた魔力車は、浮遊の術式を使って本体を浮かせてから任意の方向へ移動させるというものだった。


 その術式を応用すれば、自分達を浮かせて移動する事は出来ないか。幸い、魔法技術はパスティカ、ティーサ両支援型のおかげで大分上がっている。


 即興ではあるけれど、フローネルと自分をまとめて結界で包み、その結界ごと浮遊させて動かしてみる。


「うわああああ! う、浮いてるううう!」


 フローネルがうるさいが、放っておく。なかなかいい感じで浮かせて移動させられそうだ。これならパスティカの後を追うのも楽である。


「なかなか面白い使い方をなさいますね、主様」


 浮遊状態で高速移動するティザーベルの肩で、ティーサが笑った。彼女達が活躍した六千年前は、こんな使い方をする人間はいなかったらしい。


「ティーサ、その主様ってのやめてくれない? 出来れば名前で呼んでほしいんだけど」

「では、ティザーベル様と」

「様もいらないって」

「そこは譲れません」


 きっぱり言い切られてしまい、それ以上言えなかった。


 パスティカは本当に浮かれているらしく、ティザーベル達の存在を忘れたかのように飛んでいく。いくら高速移動が出来るようになったとはいえ、見失わないか気が気ではない。


「問題ありませんよ、ティザーベル様。パスティカがいなくとも、この都市内の案内は私が出来ます」

「それ本当?」

「ええ。支援型は、各都市の予備機能から都市の各建造物の情報を得る事が出来ますから」


 パスティカも、そんな事を言っていた。あの時は、別の都市でも予備機能にだけはアクセス出来るとかなんとか。


「じゃあティーサ、悪いけど外まで案内してくれる?」

「承りました」


 肩から目の前へと移動し、綺麗な一礼を見せたティーサは、ティザーベル達の速度に合わせて前を飛ぶ。


 ティーサの的確なナビのおかげで、無事中央塔のロビーまで戻った。そこには、勝手に飛んでいったパスティカが腰に手を当てている。


「おっそーい! いつまで待たせるのよ!!」

「『遅い』じゃないよ! 勝手にどんどん進んで。ティーサがいなかったら、私達下で迷子になっていたかもしれないんだからね!」

「本当に、この妹は落ち着きがなくて。姉として、恥ずかしい限りですわ」

「な、何よう、二人して……だって、やっと再起動出来たんだもの、ちょっとくらい浮かれても仕方ないでしょ?」


 言い訳をするパスティカを、ティーサと一緒になって横目で見る。無言だからこそ、圧力がかかったらしい。やっと小さく「ごめんなさい」と口にした。


「いくら浮かれても、もう二度とすっ飛んでいかないようにね」

「はあい」


 ちゃんとわかっているのかいないのか。本当に疑似生命体とは思えない程人間臭い存在だ。


 これで一段落ついたと思ったら、ガラス張りの入り口から外を見るフローネルがぽつりと漏らした。


「ここは、一体どこなんだ?」

「え? 言ったじゃない、私の故郷にある地下都市……だって……」


 ティザーベルは途中で言葉が出なくなる。目の前に広がる光景に、息を呑んだ。


 遠くに暮れなずむ空、通りにはいくつもの自動で動く機械……前世の映画で見たロボットのようなものが、街中を動き回っている。


「あれ……何……?」

「ああ、都市の機能が復活したから、まずは清掃が始まったのよ。予備機能だと、埃の除去がせいぜいだから」


 丸い胴体に細長い手足が複数本ついているそれは、どうかすると蟹のようにも見えた。それらが、都市の掃除をしているという。


「あの空は?」

「向こうの都市で、族長が話していたでしょ? 外の空を反映しているのよ。地下空間の閉塞感をなくす為に」


 本当に、この都市には驚かされる。ティザーベルはフローネルと並んで、その場でしばらく外を眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る