百五十六 帰る者、去る者
全員で、一度渓谷の里側に出た。
「……本当に一瞬で戻ってこられるとは」
「便利この上ないね」
呆然と呟くカルテアンに、ティザーベルが返す。ここから里へ戻るのは、族長の亡骸を抱えた彼とアルスハイだけだ。
フローネルは里からの追放を受けているので、一度出た以上戻る事は叶わない。ティザーベルも、「ベル」の幻影を解いてしまっているので入る訳にはいかなかった。
「見送りは、ここまでにしておくね」
「何から何まで、本当に世話になった。ありがとう」
「あー、いや……こっちこそ、なんと言うか……」
濁したが、カルテアンは族長の件だと理解してくれたらしい。無言で首を横に振る。
「ティザーベル殿のせいではない。気に病まないでくれ」
「……」
確かに自分のせいではないと思うけれど、パスティカのせいではあると思う。彼女は族長の考えを読んで、より積極的に彼を罠にかけようとしていたのだから。
結果、族長の方がより積極的に動いた為、彼の行動の結果として罠にはまったと見られた訳だが。
『全ていい方向にいったんだから、いいじゃない。こういうの、あなたの国の言葉で終わり良ければ全てよし、って言うんでしょ?』
『それはちょっと違う』
帝国の言葉ではなく、前世で暮らした日本の言葉だ。どうやらパスティカは、同化した時点でティザーベルの全ての知識を共有したらしい。
無論、パスティカ側からの知識の流入のあったのだけれど、支援型は自分の意思で相手に渡す情報を選別する。
里へと向かうカルテアン達を見送り、次はフローネルの番だ。
「で? あなたはどうするの?」
「どう……とは?」
ティザーベルの問いに、首を傾げるフローネル。彼女もエルフの通説通り、整った顔立ちをしているので、仕草がとても様になっていた。
「これからどうするのかって事。この奥って、未開の土地らしいし、生きていくならどこか他の街の近くでも送って行くよ?」
さすがに都市の機能で一挙に移動は出来ないだろうが、馬さえ手に入れれば馬車を走らせるくらいは出来る。以前作ったものは、里に置きっぱなしだが、素材はまだ移動倉庫にあるので、いつでも作成可能だ。
ティザーベルの言葉にしばらく考え込んでいたフローネルは、意を決した顔でこちらに向き直った。
「ベル殿についていっては、迷惑だろうか?」
「え?」
「もう里には帰れないし、行く当てもない。ベル殿はこの後、仲間を探す旅に出るのだろう? それに、同行させてもらいたい」
正直、即答しかねる。これからの旅路は、きついものになるだろう。そこに、彼女の存在があっても大丈夫なものか。
――剣の腕があるから、お荷物って事にはならないんだろうけど……
この近辺では、魔法が禁忌とされているそうだし、物理攻撃手段を持つ存在が側にいてくれるのは心強い。
だが、彼女はエルフだ。差別され、人に奴隷として狙われる。その彼女を連れて、この先やっていけるのか。
悩むティザーベルに、フローネルは売り込みに必死だ。
「狩りも出来る! 剣も、テアン程ではないにしろ、里では上位の腕前だ。これまでにも、ヤランクスを狩った経験もあるし」
「待て。狩りって、ヤランクス狩りとか言わないよね?」
「あ? ああ、普通に食肉に出来る動物だが……」
「良かった……」
盗賊など容赦の必要ない相手ならどうとも思わないが、やはり人が殺される現場はなるべく見たくない。やはり自分は人外専門なのだ。
そこまで考えて、自然にフローネルと行動する場面を想定している事に気づく。これは、そういう流れだろうか。
その時、脳内でパスティカの声が聞こえた。
『いいじゃない、連れて行きましょうよ。きっと、この子なら役に立つわよ』
『そういう言い方はやめて。役に立つから一緒に行動する訳じゃないから』
『そうですよ、パスティカ。あなたは昔から効率を重視しすぎるきらいがあります。気をつけなさい』
『はあい』
いきなり割って入ったのは、ティーサだ。彼女も脳内で話している。どうやら、知らないうちに彼女も同化していたらしい。
「いつの間に……」
「どうかしたのか?」
「いや、こっちの話」
口から声が漏れていたようだ。
『一度に二つ以上の支援型との魔法契約をするっていうのは前例がないけれど、仕様としてあるから、問題ないから大丈夫よ』
今、何かさらっと怖い話をしなかったか。背筋に冷たいものを感じていると、ティーサが補足する。
『主様に負担はかけさせません。それと、魔法契約とは、魔力を使った契約全般を指します。今更ですが、支援型の凍結解除はすなわち魔法契約を交わした事になるのです』
確かに今更だ。つまり、パスティカの凍結を解除した時点で、契約とやらは勝手に交わされていた訳だ。
――どんな悪徳商法だよ、もう……
今更返品は出来ないだろう。こちらの考えを読んだのか、パスティカが頬を膨らませて不満を露わにしている。
「ま、いっか」
メリットがまったくない訳ではない。ティザーベルの言葉に、フローネルが大喜びしている。先程の一言を、同行する事への了承と捉えたらしい。
違うのだけれど、訂正するのも気が引ける。それに、なんだかんだいって拒絶はしない自分を感じていた。
正式にフローネルと一緒に行動する事になり、まず決めたのはお互いの呼び名だった。
「改めて、よろしくお願いする……ベルど……ベル」
彼女はまだ、ティザーベルの事を「ベル殿」と呼びそうになる。引きつった顔が何だかおかしくて、ティザーベルは笑いながら答えた。
「こっちこそ、よろしくネル」
二人は一度都市に戻り、今は都市間移動を使って大森林の地下都市へ向かう準備中だ。
ちなみに、準備をしているのはパスティカとティーサだけで、ティザーベル達は近くで移動倉庫から出したテーブルと椅子でティータイム中だった。
フローネルの愛称である「ネル」。これを使うのは、今では妹のハリザニールだけだったのだとか。
「そのハリも、塔から出られない生活になる。里に戻れない私を、ネルと呼んでくれる人は、もういないから……」
寂しそうに呟くフローネルに、かける言葉が見つからない。里の彼女の家には、親らしき姿はなかった。彼女の家族は、妹だけなのだ。いつからそうなのかは知らないけれど。
そして今、その妹とも離れて慣れ親しんだ故郷を旅立つ。何だか、少し前の自分を見るようだ。
――もっとも、私の時は始まりが酷かったけど。
結婚するつもりだった幼馴染みが別の女と結婚するというので、故郷共々捨て去る事にしたのも、今ではいい思い出である。
その後の幼馴染みであるユッヒの姿を考えるに、本当にあの時帝都に誘ってくれたセロアには感謝しかない。
人間何が契機になるかはわからないものだ。この旅立ちも、フローネルの幸いになるといい。
さて、まずは都市間移動にて大森林地下にあるパスティカの都市へ向かわなくてはならない。あちらも再起動させる必要があるのだ。
「都市は支援型を通じて連携をする事が可能です。確かに、五番都市を再起動出来れば、主様の力となりましょう」
ティーサもこの通りである。ここで問題になったのが、フローネルの存在だ。
「一緒に連れて行けば? 都市の外に出なければ問題ないでしょ?」
「うーん……」
パスティカの言葉に唸るティザーベル。何せフローネルの耳は、エルフ特有の長くとがった耳だ。これでは一目で人ではないとわかってしまう。
騒動はラザトークスだけでなく、帝都にも届くだろう。そうなると、厄介な事になりかねない。
確かに大森林の奥地の地下にある都市から出なければ、彼女の存在は隠蔽出来るだろう。向こうの都市を再起動させて、すぐに戻るつもりではいるけれど、その前に一度ラザトークスから帝都に連絡を入れておきたい。
その間、フローネルを一人都市に放置していていいものか。悩むティザーベルに、フローネルが恐る恐る聞いてきた。
「ベルど……ベルの故郷も、やはりエルフは迫害対象なのか?」
「え? いやあ……というか、エルフが存在している事自体、誰も知らないんだよね、多分」
「え?」
さすがに想定外の返答だったのか、フローネルが目を丸くして固まった。
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