百五十五 再起動

 族長の件も無事解決したので、四人で動力炉までの道をたどる事になった。


「本当は、防犯上好ましくないのですけれど」


「大丈夫よ。彼等がこの都市を出たら、二度と入れないように登録しておけばいいんだもの」

「そうね……」


 パスティカとティーサは、先頭を浮遊しながらそんな事を言い合っている。本人達の前だというのに、お構いなしだ。


「我々は、二度とここには入れないのか……少し、残念だな」


 カルテアンは、寂しそうに言った。三人の中では、彼が一番この都市に興味を示しているらしい。


「テアンは変わってるよね……」


 うんざりした様子を隠さないアルスハイの言葉に、カルテアンは「そうか?」と返すだけだ。


 魔法を扱う職に就いているアルスハイの方こそ興味を示すかと思ったのだが、彼は好奇心にあふれているタイプではないらしい。


 ティーサが凍結されていた場所から移動し、動力炉へと通じる道へと入った。大森林の地下にあった都市同様、この都市でも動力炉は隠されているらしい。


 メンテナンスフリーなので、人の立ち入りをなくす方向で設計されているのだろう。


「動力炉への道って、どこもこんな感じなの?」


 巨大なトンネルのような場所を歩く。丸っきりSFの映画かゲームの世界だ。半径が三メートルはありそうな筒状のここは、所々に四角い口が脇に開いていて、どこかへ通じているらしい。


 大森林の地下都市の動力炉への経路は、入り組んでいて迷路状態だったけれど、こちらの都市は今のところここ一本だ。


 どれだけ歩いた事か、とうとう脇に空いた四角い穴に入るらしい。こちらも高さが二メートル近くあり、普通に立って歩けそうだ。


 そのまま進むと、やがて通路の終わりが見えてきた。


「あそこ、もしかして……」

「ええ、この奥が動力炉です」


 とうとう、都市の心臓部に到着した訳だ。意外とあっさりした道のりだった気がする。


 扉のない入り口まで到着した時点で、足が一瞬止まる。動力炉のある部屋には、嫌な思い出あるのだ。


「……罠、ないよね?」


 思わず確認すると、背後の三人の空気も堅いものになる。ほんの少し前、彼等の族長がその罠にかかって命を落としたばかりだ。


 ティザーベルの問いに、ティーサが静かに答えた。


「罠はありましたが、既に解除済みですのでご安心ください」

「罠は術式なんだから、解いてしまえば問題ないって言ったでしょ? 姉様はそういったものが得意だとも」


 得意そうなパスティカに、そういえばそんな事を言っていたなと思い出す。


「安全なら、いいか」

「はい。そのまままっすぐお進みください」


 動力炉は、大森林の地下都市と同型だ。円形の部屋の中央に台座、その上に巨大な球形の水晶のようなものが乗っている。あれが、動力炉だ。


「結局、向こうの都市の動力炉は再起動出来なかったら、どうやるかまだわかっていないんだけど」

「問題ありません。動力炉の再起動そのものは、支援型の仕事ですから」

「向こうでも言ったでしょ? あなたのやる事は魔力の供給だけだって」


 そんな事を言われた気がする。あの飛ばされた日から、まだ十日も経っていないというのが不思議な感じだ。既に何ヶ月も経ったような気になっているのに。


 動力炉の上には、ティーサが浮遊している。


「こっちの動力炉は、ティーサが起動するんだね」

「支援型が起動出来るのは、自分の都市の動力炉だけだもの。だから姉様を先に起こしたんじゃない」

「そういえば、そうか」


 どうも、動力炉と支援型は魔法術式で繋がれているらしく、繋がれていない動力炉にはアクセス出来ないらしい。


 ティーサはしばらく目を閉じて静かに浮遊していたが、目を開けると天井付近まで上がった。


「では、動力炉の再起動を行います。主様には魔力の負担がございますが、枯渇する程ではありません。よろしいですか?」

「お願い」


 動力炉の再起動は、すなわち都市機能の再起動である。これがなれば、一旦大森林地下の都市へ戻る事が出来るし、あちらの都市を再起動させられれば、ヤード達の探索にも大いに役立つと聞いている。


 ――それに、一度ネーダロス卿に時間がかかるって連絡、入れておいた方がいいだろうし。


 その間、奥地には誰も入らないように忠告しておかなくては。メナシソラウオの鱗で作った腕輪を量産出来れば、魔法士を大量に奥地へ派遣しかねない。あのご老体は、未だに魔法士部隊への影響が強いと言っていた。


 地下都市に誰も入らないようにする事など、出来るかどうかは謎として、再起動がなった暁には、セキュリティレベルを最大に引き上げておいた方が良さそうだ。


 ティーサは準備が整ったのか、天井付近で歌い始める。パスティカの時も思ったけれど、支援型は術式を使う際に歌を用いるようだ。


 これはパスティカから受け取った知識だが、旋律と歌詞の複合型術式であり、一節だけでかなりの情報を術式に詰め込める、大変効率のいい代物だった。この辺りも、ネーダロス卿が欲しがりそうである。


 ティーサの歌声はパスティカとはまた違い、軽やかな中にも深みのある歌声だ。彼女の歌と共に、部屋の中にはきらきらと輝く魔力が散り乱れていく。


「美しい……」


 呟いたのは、フローネルだ。男性陣は言葉もなく見入っているようで、カルテアンなどは口を開けたままだ。


 輝く魔力はやがて歌の強弱に併せてまとまり、うねり、渦を描いて動力炉に取り込まれていく。再起動がこんなに綺麗なものだったとは。


 魔力を全て取り込んだ動力炉は、虹色に輝いている。そして、ゆっくりと台座から浮かび上がった。


 動力炉は歌うティーサのすぐ下までいくと、ぴたりと止まりひときわ輝く。同時に、部屋が一気に明るくなった。動力炉は光り輝きながら、ゆっくりと回転している。


「これで、動力炉の再起動は完了です。続いて、都市機能の再起動に入ります」


 そう宣言すると、ティーサは再び動力炉の上で歌い始めた。先程とは違う旋律だ。さすがに歌詞まで違うかどうかはわからない。


 何せ、歌詞は彼女達が生きていた時代に編まれた術式であり、今とはかなり形式が異なる。しかも、それを圧縮した状態で歌うのだ。内容は理解しようがない。


 動力炉は、歌の旋律に併せて光を明滅させた。虹色に輝く光の強弱で、部屋の中は光の波があふれているようだ。


 動力炉の回転速度も、歌によって速くなったり遅くなったりしている。その度に部屋に漏れる光に変化が出るので、見ていて飽きない。


 どれくらいそうしていたか、ようやくティーサの歌が終わりを迎えた。


「……無事、都市機能の再起動が完了しました」

「やったわね!」


 その場にいた者達の中で、一番喜びを表したのはパスティカだろう。これで彼女の都市も、再起動が出来るめどが立ったのだ。


「さあ! じゃあ早速都市間移動を――」

「その前に! 彼等を先に里に戻したいんだけど」


 勢い込むパスティカの言葉に、食い気味に返すとがっかりした顔を向けられる。


「えー? そんなの後でもいいじゃないのよう」

「自分達の族長が亡くなったのよ? はやいとこ、里のみんなにも知らせたいでしょうよ。ここまでこっちの都合に付き合ってもらったんだから、ここは譲ろうよ。都市は逃げないでしょ?」


 ティザーベルの言葉にぶうぶう文句を言っているけれど、支援型である以上勝手に動く訳にいかないパスティカは、渋々ながらも了承したらしい。


 話がまとまったので、皆で外へ戻ろうかとなった時、ティーサが声を上げた。


「場所さえわかれば、お送り出来ますよ?」

「え? 本当に? じゃあ、里の北東の辺りに送れる?」

「何でしたら、観察塔まで直接送れますけれど」

「いや、いきなり里の中に現れたら、周囲が驚くから」


 観察塔は現在宗教施設になっているという。そんな場所にいきなり族長の亡骸を抱えたカルテアン達が戻っては、あらぬ疑いをかけられかねない。


 もっとも、族長の死に方を考えると、疑われるのは免れまい。気になったので、カルテアンに確認してみた。


「……今更だけど、族長の亡骸と一緒に里に戻って、大丈夫?」

「大丈夫……とは言い切れないが、何とかするさ。これは、里の問題だから」


 苦い笑みを浮かべて答えるカルテアンに、ティザーベルは何も言えない。確かに、族長の事は里の問題だ。これ以上部外者である彼女が口を出すべきではない。


 ――パスティカがはめたようなものだから、責任感じるんだよなあ……


 実際、族長の「尊い犠牲」のおかげで、自分は助かったのだ。ちらりと支援型達の方を見ると、ティザーベルの悩みなどどこ吹く風とばかりに、お互いの都市の再起動を祝い合っていた。

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