百五十四 ティーサ

 目の前に浮遊して優雅に微笑むティーサを前に、ティザーベルは思わずパスティカと見比べてしまう。


 それを察知したのか、パスティカがむくれた。


「ちょっと、何比べているのよ?」

「別にー? 改めて、よろしくね、ティーサ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 優雅に微笑むティーサは、なるほど全支援型の統括と言うだけの貫禄はある。


「私が主って事は、この都市の再起動の権限は私にあるって事で、いい?」

「もちろんです。私を目覚めさせる事が出来る程の魔力の持ち主ならば、我が都市の動力炉の再起動にも問題ないでしょう」


 ティーサの言葉を聞いて、ふと思い出す。そういえば、パスティカを目覚めさせた時は、魔力の大半を持って行かれてふらふらになった。


 でも、ティーサの時はそれ程でもない。これは、どういう事なのか。


「答えは簡単、あなたの魔力量が増加したってだけよ」

「また勝手に人の考えを読んで……でも、そうなの?」

「ええ。私を目覚めさせて五番都市の予備機能の権限を持った時からね」


 知らなかった。どうやら、離れていても都市の機能の恩恵を受けているらしい。予備機能でこれなら、再起動させた後はどうなる事やら。


「……都市の所有者って、相当大きな力を持っていたのね」

「研究実験都市では、それだけ多くの魔力を必要としていたんです」


 ぽつりと漏らした言葉に答えたのは、ティーサだ。よく見ると、浮遊していても前に出ているのはティーサで、パスティカは少し下がっている。


 これも、支援型の序列が関係しているのだろうか。


「何やら、おかしな気配を感じますね」


 ティーサは、辺りを見回して眉をひそめる。


「姉様、罠の術式ならもう起動し終えて消えてるわ」

「ねえさま?」


 パスティカがティーサに向けた呼称に、ティザーベルだけでなく背後の三人も同時に声に出していた。


「支援型の名前の元になった十二女神は、姉妹神だったの。そこから、一番都市を長女として、順に姉妹として登録されたのよ。だから、ティーサは私にとっては姉様なの」


 どうにも、支援型には驚かされる事が多い。




 ティーサは起きたばかりだから、色々説明が必要かと思ったけれど、不要だという。何でも、パスティカを介してある程度の情報は共有済みなんだとか。


「罠の事も承知しました。私の都市に断りもなくそのような無粋なものを仕掛けるなど……犯人が生きていればこの手で締め上げますのに」


 優雅な外見からはほど遠い意見が出てきた。とはいえ、罠が仕掛けられたりバイオテロを仕掛けられたのは、今から六千年も前の話だ。犯人達はとっくにあの世に行っている。


「とにかく、都市間移動が出来るよう、この一番都市を再起動させようと思って」

「そうですね。あなたの都市の再起動にも、こちらの能力を使った方が楽でしょう。では主様。動力炉の元へ参りましょうか」

「そうだね……で、あなた達はどうする? 今なら、入り口まで送っていくけど」


 今の今まで蚊帳の外に放りっぱなしだったカルテアン達を振り返る。彼等は族長を亡くしたショックに加え、目の前で繰り広げられた光景についていけず、放心状態だった。


「おーい、大丈夫? 族長連れて、里へ帰る?」

「い、いや! 大丈夫……だ。ただ、判断は、もう少し待ってもらえないだろうか」

「それはいいけど……」


 カルテアンは、マントに包んだ族長の亡骸を見下ろしている。色々一辺にあったから、まだ頭の整理が追いつかないのだろう。


 無理もない。これまで長い間、里の中で絶対的な存在であった族長が、こんな事で簡単に命を落としてしまったのだ。


 それに、彼等はこれからの方が大変だ。族長の死は確実に里に激震をもたらすし、あの重鎮共が黙ってはいないだろう。


 ――先の事を考えるなら、まずは新しい族長選びが先だろうけど、あのおっさん連中じゃあ文句言う方を優先しそう。


 おそらく、この予想は当たるだろう。カルテアン達も、いくらかは予想しているのではなかろうか。何せ、ティザーベルなどよりも余程長くあの連中と関わってきたのだから。


 彼等の判断を待つ間に、動力炉の再起動を終わらせられないだろうか。


「カルテアン、判断は先に延ばしてもいいけど、その間にちょっとやる事があるから、ここから離れてもいい?」

「何をするんだ?」

「ちょっと、この都市の再起動をね」

「さいきどう? ……前も言っていたな。それは、ここでは出来ない事なのか?」

「うん、別の場所に行く必要があるんだ。ここで待ってるなら、再起動を終わらせてから戻ってくるけど」


 ここに来た一番の理由は、都市の再起動にある。この都市の機能をフルで使えるようになれば、大森林の地下まで都市間移動で戻る事が出来るのだ。


 戻ってあちらの都市も再起動させれば、使える手が増える。そうすれば、ヤード達を探すのが今より簡単になるはずだった。


 その辺りは伏せたまま話すと、カルテアンは何やら考え込んでいる。


「アル、ここで族長の側にいてくれるか?」

「え? テアンはどうするの?」

「ティザーベル殿と一緒に行こうと思う」


 カルテアンの申し出に、驚くアルスハイを置いて、フローネルが身を乗り出した。


「私も行く!」

「ええ!? ネルまで!? ぼ、僕一人でここに残るのは、ちょっと……」


 何やらもごもごと言いよどんでいる。おそらく、族長とはいえ亡骸と二人きりになるのが嫌なのだろう。


「なら、族長一人をここに残していくか?」

「それも、ちょっと……」


 煮え切らない。ティザーベルは、パスティカに問いかけた。


『彼等を連れて動力炉に行っても、平気?』

『問題ないんじゃない? いざとなったら、罠の解除に使うという手も――』

『それはなしで! 解除には、他に手はないの?』

『罠そのものは術式だから、解いてしまえば問題ないわね。その辺りは私より、ティーサ姉様が得意よ』

『良かった、彼女を起こす事が出来て』


 これ以上、犠牲者は出したくない。もっとも、族長の場合は半分自業自得だけれど。罠があるとわかっていて忠告しなかったパスティカの存在があるので、後ろめたい事は後ろめたい。


「ねえ、亡骸をここに放置したままなのが問題なんだよね?」

「え? まあ、そうだが……」


 カルテアンは困ったように族長の亡骸を見下ろす。傍らにしゃがみ込む、アルスハイもまた、カルテアンが困る原因だ。


 ならば、ティザーベルには彼等の問題を解決する手段がある。


「なら、持って行きましょう」

「は!?」


 三人の声がハモったのが聞こえたけれど、気にせず族長の亡骸を一旦拡張鞄にした袋にしまい、その袋を移動倉庫にしまった。


 普段、魔物の死骸を入れている袋だけれど、中に汚れがある訳ではないので言わないでおく。


 目の前から亡骸が消えた現象に、エルフ達は顎が外れる程驚いている。


「どうしたの? 今までも、馬車や家を出し入れしているの、見たでしょうに」

「いや、それはそうなんだが……」

「まさか、族長までなんて……」

「ベル殿、その袋には何でも入るのか?」


 カルテアンとアルスハイは困惑気味だが、フローネルは興味の方が先に立つらしい。今にも移動倉庫をティザーベルから取り上げて、あれこれ調べ始めそうだ。


「何でも入る訳じゃないよ。生き物は入れられないから」

「死体専門の袋という事か?」

「違う! 石とか木材とか、生きていないものなら大抵のものは入れられるって事!」


 ティザーベルの返答に、フローネルは不満そうだ。そんなに死体専門が良かったのか。


 とはいえ、ティザーベルが持つ拡張鞄に関しては、あながち間違いとも言えない。拡張鞄に入れるのは、もっぱら魔物の死体や素材部分ばかりだ。

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