百五十三 目覚め

「ベル殿!!」


 フローネルがかばってくれたおかげで、壁や床に激突する事なく無事だった。その前に、普段無意識のうちに張っている結界が解除されている。これはどういう事なのか。


「族長! 何を!!」


 考える暇もなく、カルテアンの声が耳に入った。視線をやれば、族長が通路の向こうへ走り去って行く。


「都市は私のものだ!!」


 族長の言葉が通路に響いた。彼は、このチャンスを狙っていたのか。だから、ここまでの同行を願い出たのか。


 何はともあれ、彼を止めなくては。族長を捕まえる為に伸ばそうとした魔力の糸は、ティザーベルの意思に反して動こうとしない。


 どうなっているのか。混乱しそうになったその時、パスティカの言葉を思い出す。


 何があっても驚かないで。彼女はそう言っていた。では、この一連の事を、パスティカは予測していて、かつ族長の有利になるよう仕掛けたという事か。


 何故、支援型がそんな事をするのか。いや、それよりも族長の後を追わなくては。彼は既に、支援型の眠る部屋に到着している。


 無駄と思いつつも、ティザーベルは通路を駆けた。背後からカルテアン達も追ってきている。

 彼女達が部屋に到着したちょうどその時、族長は部屋の中央に置かれた台座に手を伸ばしていた。その顔には、普段のそれとは違う歪んだ笑顔が浮かんでいる。


「これで――」


 族長の伸ばした手が台座に触れた途端、部屋の床全体に光る文字で描かれた陣が浮かんだ。ティザーベルの足下まで、陣は及んでいる。ギリギリで足先が触れていないのは幸いだった。


 これには、見覚えがある。大森林の地下の都市、動力炉のある部屋に仕掛けられていたあの罠とよく似ていた。


 という事は、ここにもあそこと同じ罠が仕掛けられていたという事か。では、この罠にかかったのは――


「族長!!」


 カルテアンの悲鳴が轟く。彼等の視線の先、先程まで台座に手を伸ばしていた族長は、その姿勢のまま悲鳴を上げる間もなく、あっという間に干からびていった。


 まるで、たちの悪い動画を見ているようだ。あまりの事に、声すら出せない。喉の奥で音が引っかかったような感じだ。


 四人の目の前で、命を失った族長の体がゆっくりと傾いで倒れる。あれ程美しかった姿はもうどこにもなく、まさしく骨と皮だけの姿だ。


 ティザーベルは、族長の亡骸にふらふらと寄ろうとしたカルテアン達を引き留めた。


「止めるな!!」

「まだ安全かどうかわからないでしょ!? あんた達もああなりたいの!?」


 怒鳴るカルテアンに、こちらもつい大声が出た。再びあの罠が発動したら、駆け寄った者も同じ目に遭うだろう。


 カルテアン達は、何も言い返せない。ティザーベルの言葉で、血が上っていた頭が冷えたようだ。


 しんと静まりかえった室内に、聞き覚えのある声が響いた。


「もう大丈夫よ。この罠は、一回限りのものだから」


 パスティカだ。実体を伴っているからか、カルテアン達にも見えるようで、彼等は皆驚いて彼女を見ている。


「パスティカ……」

「……彼の事、このまま放っておいていいの?」


 彼女の言葉に、真っ先に反応したのはカルテアンだ。ティザーベルを押しのけるようにして族長の元へと走り寄ると、そっとその体を抱き上げる。


 アルスハイもフローネルも、彼の後を追った。


「……やってくれたわね」

「だから、驚かないでって言ったでしょ?」


 結界が解除されていたのも、魔力の糸が使えなかったのも、同化していたパスティカが何かやったようだ。事前に聞いていなければ、パニックを起こしていたかもしれない。


 そういう意味では事前連絡があったのは助かるけれど、犠牲が出たのが引っかかる。


「……族長の目的、いつから知っていたの?」

「あの大部屋を出る辺りからかな。私達は、人の魔力や感情の動きに敏感よ。彼は隠すのが上手だったけど、それだけ。隠す程には慣れていなかったわね」


 支援型、恐るべし。パスティカの言い分では、良くない感情を持った者達の魔力は濁るのだそうだ。その濁りを検知したので、排除の方向へ向かったらしい。


「予備機能に、本来ここに入る資格を持たない者が入った記録があったから、罠があると踏んだの。解除も出来るけど、罠を使えば両方消せて面倒がないかなって思って」


 何気にさらっと怖い事を言われた。こういう時に、人間のように見えても、やはり疑似生命体なのだなと思い知らされる。


 もっとも、人の中にも己の優先する事柄の前には、他人の命など紙くずよりも軽い者もいるけれど。


「あそこで族長が動かなかったら、どうしたの?」

「あなたの口を借りて、彼に先に部屋に入るよう促す予定だったのよ」


 どのみち、彼女の手によって族長はここで命を落とすように仕組まれたらしい。都市を乗っ取るつもりでいたようだから、同情はすべきではないかもしれないが、納得は出来なかった。


 パスティカのおかげで罠にはまらずに済んだけれど、他にやりようはなかったのか。


「一番効率的な方法を選んだまでよ」


 またしても、考えを読まれたらしい。いや、同化して以降、思考は筒抜けだと言っていたから、今のもそうなのだろう。


 それにしても、こんなところで疑似生命体らしさを見せるとは。情は一切なく、効率だけで他者を罠に嵌める支援型とは。


 それにしても、元日本人が亡くなったというのに、あまり響くものがないのもどうなのか。


 ――……あんまり、深く関わらなかったからかな。


 族長にしても、元日本人同士の繋がりより、この都市への執着の方が強かったようだ。価値観は人それぞれ。元々転生者同士でも、困っていなければ手を貸す気はなかった。


 彼は恵まれた立場にいたのだから、ティザーベルの助け手など必要とはしていなかったと思う。この結果は、不満だろうけれど。




 カルテアンは、身につけていたマントで族長の亡骸を包んだ。


「……これから、どうするの?」

「里で弔う。このまま連れて帰りたいんだが……」


 いくら干からびたとはいえ、決して小柄ではない成人男性の体だ。カルテアン一人で背負っていくにしても、負担が大きいだろう。


 それに、おそらく彼等だけではこの都市から出る事は出来ない。


「里までは手伝うから、こっちの用事が終わるまで待ってもらえないかな?」


 ティザーベルの言葉に、食ってかかったのはアルスハイだ。


「族長がこんな目に遭ったのに!! それでもまだ自分の用を優先するのか!!」

「当たり前でしょう? その為にここまで来たんだから、それに、あの時族長が何をしようとしたか、見ていなかったの?」

「それは……」


 ティザーベルの反論にひるむアルスハイを、フローネルが止める。


「やめろ、アル。どう考えても、族長の行動はおかしい。ベル殿に乱暴を働いてまで、自分が先にこの部屋に入ろうとするなど」

「……族長は、どうしてあんな事をしたんだ!」


 アルスハイは、その場にくずおれて顔を覆って泣き出した。その姿を、カルテアンとフローネルが残念そうに見下ろす。


「……あの時、族長が叫んでいただろう?」


 都市は私のものだ。カルテアンの言葉に、アルスハイはのろのろと顔を上げた。


「この都市のさいきどう? というのが、どういう事なのかはわからん。だが、族長がそれを先にやろうとしたのではないか、というのはわかる」

「でも!」

「その結果が、これだ。だとしたら、これは族長の行動の結果ではないか?」


 カルテアンの言葉に、今度こそアルスハイは何も言えない。彼も、わかってはいるのだ。族長が誰よりも先にこの部屋に入ったが為に、罠にかかって命を落としたのだと。


 もっとも、それがパスティカによって誘導された結果だと知るのは、パスティカ本人と、彼女から直接聞いたティザーベル以外にいない。


 アルスハイはまだ納得出来ていないようだが、もうこちらに八つ当たりをする気はないらしい。


 カルテアン達も、思うところはあるのかもしれないが、ここでこれ以上何か言うつもりはないようだ。


「ティザーベル殿、すまなかった。族長の事も、アルの事も。我々に構わず、あなたのなすべき事をなしてくれ」


 カルテアンの真摯な言葉に、ティザーベルは頷いて返す。とはいえ、ここから先はここの予備機能主導だ。ティザーベルは、ただ従っていればいい。


 そう思っていたのに、パスティカが目の前に来た。


「ここの支援型との契約の手伝いは、私がするから」

「そうなの?」

「ええ。支援型には、そういう機能も搭載されているのよ」

「本当、便利ねえ」

「その為の私達よ。さあ、台座の前に立って」


 促されるまま、台座の前に立つ。もう危険はないと言われたけれど、つい先程までの光景を思い浮かべて、少しだけ足下が気になる。


 ティザーベルの立ち位置を確認して、パスティカが台座の上へと飛んだ。そこで、軽やかな音色と共に、何語かわからない言語で歌い始めた。


 まるでオペラのアリアを聴いているような気分だ。つい聞き入っていたら、体から魔力が抜かれていく感覚があった。


 はて、都市の所有権云々の確認はないだろうか。つい歌い終えていたパスティカを見ると、彼女はさも当然と言わんばかりの様子で答える。


「その辺りの手続きは代行しておいたわよ」


 本人の意思も確認せずにやるとは。抗議すべきかとも思ったが、都市の再起動には賛成しているので、その時点で所有権云々にも同意したと見なされても文句は言えない。


 ここで言い合ってもいい事はないので、今は目の前の台座に集中する。パスティカの時同様、台座の上には丸い物体が乗っていた。


 魔力が抜かれる感覚が治まったと思ったら、丸い物体がまるで花が開くように開いていく。その中央には、パスティカと同じ大きさの人形のような支援型が包まれていた。


「さあ、起きてちょうだい。あなたの都市を目覚めさせましょう」


 パスティカの言葉に、眠っていた支援型魔法疑似生命体が目を開けた。けぶるような金髪に、抜けるような白い肌。瞳の色は深い湖を思わせる青。


 背には薄く透ける羽根。着ているのは瞳の色に合わせた深い青で、パスティカとは型が違っていてマーメイドラインのドレスだ。


 この都市の支援型は、ティザーベルに視線を合わせると優雅に一礼した。


「あなたが新しい都市の主ですね? 私はティーサ。この一番研究実験都市ティーサの支援型魔法疑似生命体にして、全支援型の統括を務めます」


 都市だけでなく、支援型には上下関係はあったらしい。

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