百五十二 邪魔

 何の装飾もないだだっ広い部屋は、天井が高く足下の非常灯だけでは天井がよく見えなかった。


 大森林の地下でパスティカを見つけた部屋とは、大分違う。


『そりゃそうよ。ティーサが眠っている部屋は、別の場所だから』

『おい。そのティーサとやらを起こすんじゃなかったの?』

『ちょっと、予備機能に潜って調べたい事があるのよ。だから、ちょっとだけここで待っていて』


 何を調べるのかわからないけれど、彼女は嘘は吐かない。そのパスティカがこの都市の再起動より優先したい調査があるのなら、こちらは黙って従うだけだ。


『わかった。そろそろお昼時だから、昼食でも食べて待ってるよ』

『お願い』


 脳内会話を終えて、ティザーベルは現実世界のエルフ達に提案する。


「ちょっと、ここで休憩していいかな。もうじきお昼の時間だし、今のうちに食事をとっておきたくて」


 ティザーベルの申し出に、カルテアン達はぽかんとしているけれど、族長だけは満面の笑みで賛成した。


「いいね。そろそろお腹が空いてきたところだ」

「じゃあ、テーブルでも出そうか。あと、手持ちの料理出してもいい? 里のとは大分違うけど」


 言いつつも、愛用の移動倉庫からテーブルと人数分の椅子を次々取り出す。族長の了解が出たので、テーブルの上には帝国の料理を並べた。


 一瞬鍋ごと移動倉庫に入れてあるカレーを出そうかと思ったけれど、もったいないのでやめておく。メドーにあるパッツの店には定期的に通っていて、その度に鍋ごとカレーを買うので、すっかり馴染みの客になっている。


 そのカレーも、次に買えるのがいつになるかわからなくなったので、ここで出す気になれなかった。


 出したのはウィカーの店で仕入れたスープ、屋台で買い込んだ野菜たっぷりの蒸し料理、炊き込みご飯、それと川魚の香草焼きである。


 エルフ達にどれも好評で、特にスープが絶賛だった。


「これはうまい!」

「本当に。ユルダの料理も、おいしいものがあるんですね」

「ベル殿は、どこでこんな美味しい料理を手に入れたんだ?」


 どうやら、フローネルは相変わらずティザーベルの事を「ベル殿」と呼ぶ事にしたようだ。愛称なので間違いではないのだが、何だか妙な感じがする。


「これは私の故郷の料理よ」

「こんなに多彩な料理があるとは……」


 唸っているのは族長だ。確かに、帝国の食文化は幅が広い。出汁も植物系から動物系、あわせ出汁、中には数種類併せてスープを取る店もある。うま味を知っているからだ。


 この辺りの飽くなき探究心は、前世の故郷を思い出す。日本人もまた、食にかける情熱はすさまじかった。


 カトラリーは帝国でよく使われる使い捨ての簡易スプーンだ。といっても、薄い木のへらで、汁物はすくえない。


 族長の屋敷では金属製の二股フォークが出た。突き刺すには向いているけれど、すくう事はやはり難しい代物だ。


 カルテアン達は苦労しながら簡易スプーンで食事をしている。族長は器用に簡易スプーンを使いこなしていた。前世で箸を使っていた名残のようなものか。


 食事を終えてしばしの食休みにと、帝国でよく飲まれるお茶を出す。薬草茶に近く、お茶の木の葉から作られるものではない。消化を助ける作用があるので、庶民には広く親しまれているお茶だ。


 カルテアン達も美味しそうに飲んでいる。彼等と出会ってから、まだ数日しか経っていないのに、すっかり警戒心を解いているようだ。


 ――いいのかねえ、それで。


 彼等は族長の護衛でもあるだろうに。それだけ信用されていると思えばいいのか。確かに、彼女に族長をどうにかしようという思いはない。


 元日本人を見つけたら、もっと気分が高揚するかと思ったけれど、そこまでではなかった。族長の方もそうらしく、こちらが元日本人だとバレた時こそ興奮していたものの、その後は全く触れようとしない。


 ――族長の中では、この都市の探索の方が興味深いとか?


 それならいいが。いや、良くないか。これからの事を考えると、彼等四人をどうにか遠ざけなくてはならない。


『その必要はなくなったわ』

『パスティカ?』

『お待たせ。予備機能での情報収集が終わったから、いつでもいけるわよ』

『彼等は? 邪魔じゃなかったの?』

『言ったでしょ? 必要なくなったって』


 何故か、彼女の最後の言葉に背筋が寒くなる。本当に、この嫌な予感が当たらないといいのだけれど。


 ティザーベルは、カップに残っていたお茶を一気に飲み干した。


「さて、大丈夫そうなら、そろそろ次に行こうと思うんだけど、どう?」

「問題ない」

「大丈夫です」

「私もだ」


 カルテアン、アルスハイ、フローネルはすんなり受け入れたけれど、族長だけはそうはいかないらしい。


「行くのはいいけれど、どこへ行くんだい?」


 確かに、目的地を明かしてはいなかった。さて、彼等が邪魔ではなくなったとパスティカは言っていたけれど、行き先や目的まで言っていいものだろうか。


『いいわよ、言って。というか、積極的に説明しておいて』

『いいの?』

『いいのよ。その方が、全てうまくいくから』


 どうにも引っかかる言い方をする。でも、パスティカからのゴーサインが出たのなら、もういい。黙っているのも誤魔化すのも苦手なのだ。


「この都市の再起動をする為に、支援型魔法疑似生命体を眠りから起こしにいくの」

「都市の……再起動……?」


 首を傾げるカルテアン達とは違い、族長は真剣そのもので再び聞いてきた。


「どうして、この都市の再起動をするんだ?」


 これは言ってもいいのかと迷ったが、瞬時にパスティカから『言ってよし』のサインが来たので、正直に答える。


「……私が仲間を探すために、必要なの」

「そう……そういう事か……」


 族長は、一人で何やら考え込んだ後、勝手に納得したらしい。いきなりティザーベルに向き直り、これまで通りにこやかな笑顔を浮かべた。


「もちろん、私達がついていっても、いいんだよね?」


 何故か、今の族長の笑顔は作り物のように感じる。


「……ええ、問題はないみたい」

「そうか。では、早速行こう。君の仲間を、早く探したいだろう?」

「ええ」


 何だろう、何かがしっくりと来ない。いきなり方針を変えたパスティカ、都市の再起動に嫌に食いつく族長。嫌な予感はするけれど、何に対してなのかもわからない。


 ――……いつも通り、出たとこ勝負でいくか。


 ティザーベルは、自分の魔法の腕に自信を持っている。周囲から白い目で見られた子供時代も、魔法と前世の記憶があったから乗り越えられたのだ。


 この大陸に飛ばされてからも、脅威に感じる相手に出会っていない。カルテアンやフローネルの剣も、アルスハイの魔導も、軽くいなせる。


 魔法が禁忌とされている大陸ではあるけれど、この地下都市で使う分にはバレはしない。エルフは元々魔導という魔法の亜種のようなものを使っているので、ノーカウントだ。




 支援型が眠る都市の地下は、休憩を取った大部屋からは少し離れた場所にあった。長い廊下を延々と歩き、ようやく入り口にたどり着く。


『この扉の向こう、通路の先が支援型の眠る部屋よ』

『了解。結構、近かったね』

『そうね。あの大部屋まで行かないと、安全に予備機能と交信が出来なかったから』


 都市の予備機能も、他の都市の支援型には冷たいようだ。いざ、扉を開けようとした時、パスティカから告げられる。


『この先、何があっても驚かないで』

『え?』

『全ては、あなたと私の為なの』


 意味深な言葉に、扉にかけた手が止まる。それを不思議に思ったのか、族長から声がかかった。


「どうかした?」

「いえ……何も……」


 一体、この先に何があるというのか。脳内でパスティカに問いかけるも、彼女からの返答はなかった。


 扉は、普通にスライド式であり、鍵はかかっていない。少し触れるだけで、簡単に開いた。


 扉の向こうには、狭い通路が奥へと続いている。通路の先、四角く口を開けた先にあるのが、支援型が眠る部屋だ。


「この先が――」


 扉を開けて振り返ったティザーベルの目に、族長の笑顔が入る。次の瞬間、腕を強い力で掴まれた。そのまま、腕を振り回すようにして背後の壁へと放り投げられる。


 一瞬の事で、何が起こったのか、理解出来なかった。ティザーベルを後方に放り出した時、族長は笑っていたのだ。

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