百五十一 昔話

 中央塔のロビーは閑散としている。おそらく、この都市に住んでいた人達の亡骸も、予備機能がどうにかしたのだろう。機械がやるのだから、まともな弔いはされていまい。


 周囲を見回すカルテアン達を眺めていると、いつの間にか隣に来ていた族長に聞かれた。


「君は、いつ頃から自分が転生者だと気づいた?」

「……物心ついた頃にはもう、前世の記憶があったわ」


 淡々と答えたティザーベルに、族長はからからと笑った。


「それだと、周囲から浮かなかったかい?」

「しっかり浮きましたとも。おかげで孤児院で成人を迎えたわよ」

「孤児院? ふうん……」


 しまった。つい、口が滑ってしまった。こちらの大陸の街には、孤児院のような施設はないのかもしれない。


 帝国では、孤児院は宗教団体が運営するものと、領主や街の名士らの慈善事業として運営するものとがある。前者の場合は神の恩寵を分け与える聖職者の義務から、後者は高貴なる義務というやつからだ。


 聞いた話だが、帝国の東側にある小国群には、孤児院というものは存在しないらしい。同じ大陸でもそうなのだから、違う大陸、違う文化の地方には孤児院そのものが存在しない可能性がある。


 もちろん、前世の記憶がある族長は孤児院が何なのかは理解出来るだろう。だが、里や周囲の街に孤児の為の施設があるかどうかは、謎だ。


 ――これだけで別大陸の出身だとバレるか……?


 身構えたティザーベルだが、族長はこれ以上突っ込んで聞いてくるつもりはないようだ。


「君も大変だったんだね。そういえば、魔法士だって言っていたっけ。迫害されたんじゃないのかい?」


 注意して聞けば、族長の言葉には何やら含むところがある。今の内容も、違うと答えれば少なくとも魔法士が迫害されない土地から来たとわかるだろう。


 彼との会話は、気をつけた方がいいかもしれない。


「……さあ、どうかしら」

「残念。まあいい。少し、昔話に付き合ってくれないかな?」


 族長のいう「昔話」とは、エルフとしての過去か、それとも前世の話か。どちらにしても、聞いておいた方が良さそうだ。


「……移動しながらでいいなら」

「もちろん、構わないさ」


 族長は破顔した。こういう笑い方をしても、顔の良さが変わらないのだからエルフというのは凄い。これも作られたものなのかは、興味がある。


 五人で薄暗いホールを移動し、エレベーターホールへ進む。


「私がここからあの里に移されたのは、私が二十歳を超えて少ししてからだ。里の最初の長に選ばれてね」


 どうやら、エルフとしての昔話らしい。


「何故長に選ばれたか、聞いてもいい?」

「私が、一番実験的な治療を受けていたからだよ。里で暮らしていた私以外の者達は、私程深い手術は受けていないんだ」


 何やら、話が怪しくなってきた。ティザーベルの内心などお構いなく、族長は話し続ける。


「手術深度を言ってもわからないだろうけれど、そうだね……エルフになる為の術を、他の者達は五割程度受けたのに対し、私はほぼ十割受けたと言えばわかるかな? その分、私は他のエルフ達よりも長命なんだよ。眠る時間が必要とは言えど、ね」


 さすがにこの話は、カルテアン達にとってもショックのようだ。自分達エルフはこの街を作った古の人達が、人為的に作り上げた存在だったなんて。


 これ以上、族長の話をここで聞いて大丈夫なのか心配になったが、当の本人は気にもせずに話し続ける。


「ある日、いきなりこの都市との通信が途絶えた。塔にいた研究者達も、あっという間に死んでしまって。都市に入るには許可がいる。私達は誰も、その許可を持っていなかった。だから、ここに帰りたくても、帰れなかったんだ。今の、今まで」


 そう言った族長は、天を仰ぐ。都市内は予備機能が作動しているのか、非常灯が点いているけれど、それだけだ。天井は薄暗い。


「あの天井には、本物の空が映し出されていたんだ。晴れの日も、曇りの日も、雨の日は本当に街中にも雨が降っていた。あれらも全て、魔法技術で再現していたんだな……今思うと、この都市での生活はまるでSF映画の中にいるようだった。エルフなんて、ファンタジーの代表選手のような存在になったというのにね」


 この場で、この内容が理解出来るのはティザーベルだけだ。確かに、魔法を扱える自分はファンタジーの住人に思えるのに、大森林の地下やこの都市を見ると、まるで出演する作品を間違えたような違和感を覚える。


 もしかしたら、族長もそうなのかもしれない。




 エレベーターで地下に下りる。カルテアン達は狭い場所に入っただけと思っているらしく、そのまま動かないティザーベル達に首を傾げている。


「一体何をしているんだ? ティザーベル殿」

「今、この建物の下に移動しているの。もうじき、わかるわよ」


 このエレベーターは振動が殆どないので、移動していると言っても実感出来ないようだ。族長以外の三人のエルフは、お互いに顔を見合わせて困惑している。


 やがて、エレベーターは静かに目的の階に到着した。乗り込む時に自動で開くドアにも驚いていたが、ドアの向こうに広がる先程とは違う光景に、またしてもカルテアン達三人は驚いている。


『パスティカ、このまま進めばいいの?』

『いいえ、一度どこかで四人を振り切りたいわ』

『……邪魔?』

『そうね。ヤード達と、彼等は違うから』


 パスティカの言葉に、少しだけ胸が温かくなる。仲間を認めてもらえたような、彼等の大事さを改めて知ったような。


 それはともかく、四人をどうしたものか。振り切ると言っても、ここまで連れてきてしまった以上、置いて行くのも不審がられそうだ。


「族長は、どこか見たい場所はないの?」


 この都市に住んでいたという彼なら、見て回りたいところもあるのではないか。そちらに気を向けさせておけば、まくのも楽になる。


 そう思ったのだけれど。


「別にないかな……もう里での生活の方が長いし、ここではあまりいい思い出もないから」

「そう……」

「別に、悪い思い出もないよ? 基本、この都市にいた時には治療目的の手術を受けているか、経過観察中かのどちらかだったから」


 確かにそれでは、思い出の場所もあるまい。だとすると、どうしたものか。


『……いいわ、このまま進みましょう』

『いいの?』

『ええ。手がない訳じゃないから』


 どんな手かは、聞かない方が身の為だ。まさか 物理的に排除する事はないと思いたいが、パスティカはあくまで人間を模倣する疑似生命体だ。人並みの倫理観を求められない。


 ――いざとなったら、力尽くでも止めないとな……


 楽観視していたのは否定出来ない。でも、これまでの経験からも、出来ると思ったのだ。




 エレベーターホールを過ぎると、非常灯が灯る薄暗い廊下を進む。


『まずは、この都市の支援型を起こしましょう』


 パスティカのお仲間を起こさないと、都市の再起動が出来ない。基本的に、魔力炉の起動にはその都市の支援型が必要らしい。


『この都市の名前はティーサ。支援型も同じ名前で十二女神の中でも最高位の女神の名前なの。だから、この都市は一番都市とも呼ばれているわ』


 支援型に付けられた十二女神には位階があって、都市も女神同様付けられた名前により順位が決められているのだとか。


『支援型が眠る場所は、どこも同じよ。中央塔の地下。ただし、都市によって階層も場所も異なるから、自力で探すのは大変よ』


 ティザーベルには既にパスティカという支援型がいるので、彼女に力を借りてこの都市の予備機能にアクセス、支援型が眠る場所を特定出来るという訳だ。


『先に私を目覚めさせておいて、良かったでしょ?』

『そーね。凄い偶然だったけど』


 パスティカの縄張りである五番都市に入ったのはネーダロス卿からの依頼だからだが、彼女を見つけてうっかり目覚めさせてしまったのは、本当に偶然だ。


 その結果、魔力炉まで行く羽目になり、ついでに帝国のある大陸から飛ばされる羽目になったのだが。それを考えると、素直に良かったとは思えない。


 とはいえ、六千年前に高度な文明が栄えていた事や、帝国のあるモリニアド大陸以外にも大陸があり、当然のように国家がある事も知る事が出来た。


 無事帝国に帰る事が出来れば、大型船を仕立てて別大陸へ向かう事も出来るようになるのではないか。


 ――その場合、平和に貿易が出来る事を祈りたい……


 別大陸に進出して別国家と出会うと、侵略戦争に発展する可能性がある。帝国皇帝がそこまで愚かでないといいのだけれど。

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