百五十 実験

 地下都市はどこも似たような形になるのか。まっすぐ伸びる大通り、街灯、そびえるビル群。細かい部分は違うけれど、構造自体はそう変わらない。


 前世で見たような人工的な街が、目の前に広がっている。


「これは……」

「凄い……」


 カルテアンとアルスハイは、建造物を見上げて声を漏らしている。


 ティザーベルが同じ日本からの転生者だとわかってからずっとテンションが高かった族長は、無言のまま一点を見つめていた。大通りの奥にある一番高い建物。大森林の地下にもあった、中央塔だ。


 街のランドマークであると同時に、情報や動力など、文字通り街の中枢が集まる場所が、あの中央塔である。


 あの後、興奮する族長を何とかなだめて、この入り口まで転移した。パスティカの指示の元、二つ目の転移陣で転移したのだ。


 何故二段階もの転移をさせるのかといえば、警備上の事だという。その割には、大森林の都市には罠が仕掛けられていたけれど。


 もっとも、あれは内部に手引きした裏切り者がいたからだというのが、パスティカの読みである。確かに、あれだけ複雑な場所には、手引きでもなければ辿り着けまい。


 入り口から遠く中央塔を眺めていると、脇から声がかかった。


「ティザーベル殿、これが、遺跡なのか?」


 カルテアンは、結局「ベル殿」呼びから「ティザーベル殿」呼びに変わっただけだった。呼び捨てにされる方が慣れていると言ったのだが、彼は聞き入れてくれなかったのだ。


「ある意味、そうだね」


 近未来的なこの都市が、実は六千年前に滅んだ街だと言われて、そう簡単に信じられるものではない。


 カルテアン達を窺うと、感心したように辺りを見回している。意外と彼等は信じているようだ。


 ――遺跡と言ったら、石造りの巨大建造物や、建物の土台だけとかの世界だと思っていたよ……


 まさか異世界で元いた日本で見慣れた景色を見ようとは。しかも、それが遺跡だというのだから驚きだ。といっても、大森林の地下で既に見ているので、ここで驚く事はない。


 五人で大通りを行く。今回は目的が中央塔とわかっているので、寄り道はなしだ。

 カルテアン達は周囲の高い建物をきょろきょろと見回しながら歩いている。


「これだけ大きなものを作るとは……」

「これは、やはりユルダの作ったものなんですか?」

「それは少し違うかな」


 感心するカルテアンの隣、疑問を投げかけるアルスハイに答えたのは族長だ。


「ここを作ったのは、遙か昔に生きていた人々だ。彼等の一部の末裔が、今のユルダだよ」

「なんと……」

「だが、ユルダ達にこの技術は伝わっていない。ここも、六千年前に閉鎖されて以降、今まで人は入っていないはずだ」


 言い切った族長に対し、今度はティザーベルが尋ねる。


「あなたは、この都市を知っているの?」

「知っている。私は、ここで生まれ変わったのだ。この都市の主任研究員だった人物が、私を作り上げた」


 パスティカからの情報と合致するが、彼女はエルフそのものが実験結果のなれの果てだと言っていた。てっきりエルフの祖先がそうなのかと思っていたけれど、まさか族長が実験体そのもので、六千年生きているとは。


「君が何を考えているか、わかるよ。六千年も生きるなんて、あり得ない。違うかい?」


 族長は色のない笑みを浮かべて、こちらを見ている。傾げた首の角度すら、計算し尽くしているのではないかと思える程の、怪しい美しさだ。


「ちょっと違うけど、そんな感じ」

「ふふふ、正直だね。まあ、実際に起きている時間はその半分以下だからね。私は定期的に体を仮死状態にして時間調整を行うんだ。寝ている間の記録は、里に持ち込んだ機器がやってくれるから」


 意外な発言だ。というか、そんな事をここで話していいのだろうか。カルテアン達は、そろそろ驚き過ぎてどうしていいのかわからないといった風である。


「何故、そんな事を?」

「長く生きる為だよ。私に課せられた使命は、生き続ける事。この都市で研究されていた内容は知っているかい?」


 ティザーベルは首を横に振った。大まかな事ならパスティカに聞いたけれど、細かいところまでは聞いていない。


「主な研究内容は、魔力と生命の関係性だ。その中で、不老不死も研究されていた」


 どの文明でも、必ずといっていい程研究されるのがこの不老不死だ。特に時の権力者が求める事が多い。


 それを、研究していたというのか。


 呆然とするティザーベルに、族長は続けた。


「私は、その実験体の最後の一人だよ。おかげで、今の今まで生き延びられた」


 生き延びるという表現に、違和感を覚える。顔に出たらしく、族長が綺麗に笑った。


「私はね、生まれてすぐに一年も生きられないと言われていたんだ」

「え」

「病気だよ。治療法は、当時でも確立されていなかった。それで、この都市に送られたんだ。ここだけは、違法すれすれの新しい魔法治療が行われていたから。このまま静かに死ぬのを待つより、わずかな望みがあるのならそれに縋りたい、という両親の願いからね」


 それは、人体実験に当たるのではないだろうか。六千年前の倫理観や人権がどういったものかはわからないけれど。


 族長の言葉によれば、当時この都市で最先端の研究をしていたチームに、彼は預けられたらしい。さすがに一歳未満の記憶など、本人には残っていないので、周囲から教えられた事だったそうだ。


 物心ついた頃には、既にエルフの原型に近い状態になっていたという。


「どうしてだかは判明しなかったけど、その魔法治療を受けると耳がね、こんな風に変形するんだ。その後同様の手術を受けた者達も同じ耳になっていたから、手術の副作用なのかもしれないね」


 どうやら、魔法手術を受けた人間は族長を含めて複数人いたらしい。


 ――それもそうか。


 彼一人だけでは、ここまで人員を増やす事は出来まい。人工的にエルフを生み出す機械でもあれば、話は別だが。


 人同様に産み増やすのであれば、それなりの人数の男女が必要だ。そして、エルフとなる魔法手術は、遺伝子にも影響を及ぼすものだったのだろう。そうでなければ、耳の長さや寿命の長さが種族の特性として出るはずがない。


 族長を含めた患者達は、術後の経過観察もあってその後も都市に留められたそうだ。親からも引き離され、施設職員の手で育てられた彼等は、両親や実家、故郷に対する愛着は持っていなかったので、特に問題はなかったらしい。


 病気が治っても、研究チームによる実験的手術は続き、一番最初に手術を受けた族長が二十歳になるまで段階的に受けていたのだとか。


「あの頃はそれが当たり前だったけど、段々都市内でも周囲から異なる意見が出始めてね。思えば、あの頃から都市の内部は荒れ始めていた」


 おそらく、その意見を言い出したのはあの罠を仕掛けた連中に傾倒した者達だろう。だとするなら、やはりこの都市にもあちらと同じような罠が仕掛けられている危険性がある。


『パスティカ……』

『さすがにここからじゃ、罠を調べる事は出来ないわ。でも、仕掛けるなら重要施設かそこまでの経路に仕掛けるはずだから、これから先は気を引き締めて行きましょう』


 脳内でパスティカと確認しあっている間にも、族長の話は続いていた。


「ある時、研究チームの中で新たな実験が始まる事が決まった。それがあの里だよ。魔法技術で寿命を延ばした私達が、都市外で生活出来るか、また外の環境が我々に及ぼす影響、逆に我々が周囲に及ぼす影響を、小さく区切った箱庭で観察する事になったんだ」


 パスティカの読み通り、里が都市外実験施設というのは、本当だったようだ。研究の肝が不老長寿にあるのなら、確かに外の環境下での経過観察は必須だろう。


 いくら寿命が延びても、限定空間の中だけの話では味気ない。


 中央塔の前に出た。見上げる高さは、大森林の地下で見たものと似ている。それを見上げながら、族長が語った。


「里の塔の話を聞いただろう? あれは、元々研究者が里を観察する為に作られたんだ。だから、里の外れにあって、人工的な作りをしているんだ」


 それが今では神への祈りの場になっているとは。皮肉と言うべきかなんと言うべきか。


 塔というのなら、ここも同じだ。ただし、この中央塔の役割は里のそれとは大分違うようだけれど。


「さて、懐かしい場所へ行ってみよう」


 族長を先頭に、五人は中央塔へと足を踏み入れた。

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