百四十九 懐かしき場所

 谷間の道は、蛇行をしながら伸びている。


『パスティカ、都市への入り口は見つかりそう?』

『んー、それらしい反応はあるから、もう少し進んでくれる?』

『了解』


 脳内でパスティカに確認しつつ、道を行く。といっても、先頭はカルテアンでその次が族長とアルスハイが並び、その後ろがティザーベル、最後がフローネルだ。


「ところで、遺跡がどこにあるか、わかっているのかい?」


 いきなり振り向いた族長に聞かれた。遺跡話は丸ごと嘘とも言えないが、文献そのものは嘘だ。


 ティザーベルは、ネーダロス卿から受けた依頼をアレンジして話す事にした。


『……山の裾に、入り口があるという話だ。ただ、どの辺りかは定かではないらしい』

「ほう。山裾というと、もっと先かな?」


 どうやら、族長は誤魔化せたらしい。ティザーベルは、崖の上を見上げる。斜面はかなり急で、草木も生えていない。むき出しの岩肌が見える。状況はまるで違うが、少しあの畑のダンジョンを思い出した。


 どれだけ谷間の道を進んだ頃か、急に脳内でパスティカの声が響く。


『見つけた!!』

『どこ!?』

『この先、二股に分かれた左の先。突き当たりだけど、行けば私が開けられるから、それっぽく手をかざすか何かして』

『任せて』


 とうとう、二つ目の地下都市へ入るのだ。興奮とも、恐怖ともつかない感情が湧いてくる。


 何せ、今ここにいる元凶はパスティカがいた都市に仕掛けられた罠なのだ。


『こっちの都市にも、罠はあると思う?』

『あると思って警戒しておいた方がいいわ。二度と、あんな無様はさらさない』


 静かな口調に、パスティカの覚悟を感じる。本当に、作り物とは思えない存在だ。普段など、彼女が疑似生命体だという事はすっかり忘れている。


 蛇行した道の先が、二股に分かれていた。


「さて、ここを右に行けば我々の聖地へ。左は……何だっけかな?」


 首を傾げる族長には構わず、ティザーベルは指示を出す。


『左だ』

「そうなの? カルテアン、左には何があるか、知ってる?」

「いえ……私も、ここに来るのは数十年ぶりですので」


 カルテアンの言葉で、ここに通じる門を開ける権限を持っているのは族長だけではないとわかった。おそらく、重鎮かもしくは「聖地」へ続く道という事で、「塔」の関係者が権限を持っているのではなかろうか。


 二股の道を左に進むと、ぐるりと回った先は行き止まりだった。


「見たところ、何もないようだけど……」


 族長同様、カルテアン達も周囲を見回している。


『突き当たりで手をかざして』

『オッケー』


 脳内のパスティカからの指示に従い、ティザーベルは突き当たりまで進み出て手をかざした。


 すると、岩壁に光る紋様が現れた。


『転移陣よ。これで都市まで直行だから』

『なるほど……』


 大森林での苦労は、トラップ故だったのか。移動陣に触れると、一瞬で周囲の景色が変わった。丁度、大森林の地下で一晩明かした場所のような感じだ。


 四方を人工的な壁に囲まれ、同素材の床と天井。何もなく、素材そのものが淡く発光しているおかげで、周囲は見える。


「な、何だここは!?」


 その声に、驚いて振り返ると、族長以下全員がその場にいた。


『……パスティカ、私だけを移動するんじゃなかったの?』

『あの移動陣、発動すると消えるまで時間がかかるから、その間に全員触れたんじゃないかしら……』


 接触する事で対象を移動させる陣だそうだ。


「ベル殿、動くなら動くと言ってくれなくては、困るぞ」


 不機嫌そうに言うのはフローネルだ。カルテアンとアルスハイは周囲を見回し、族長は何だか異様な様子でこちらを見ている。


 一体何かと思ったら、急にこちらに迫ってきて肩を掴まれた。


「ベル殿! どうやってこの入り口を知ったんだい!? ……おや?」


 しまった。幻影は、触れられると見た目との差異に気づかれてしまう。肩を掴んだ族長もまた、見た目との差に気づいた。


「これは……幻影かな? 面白い使い方をするねえ。では、実際の君はどんな姿なのかな?」

「族長?」


 族長の言葉に、カルテアン達は困惑気味だ。それはそうだろう。こんな怪しい格好の人間が、まさか幻影を纏っていたなどと思うまい。


 ――その前に、幻影で見た目を変えるとは思いつかないか。


 エルフの使う「魔導」は詠唱を必要とするようだから、長時間幻影をかぶり続ける術式など、最初からないのだろう。


 ティザーベルにしても、幻影自体は自分で操っている訳ではなく、パスティカにお任せだ。


 どうせここには他に誰もいないし、彼等とはこの都市を出たらさよならだ。ティザーベルは、パスティカに頼んで幻影を消してもらった。


「な!?」


 四人が四人とも、驚いて目を見開いている。そんなに驚くような中身だったのだろうか。


 四人の中で、いち早く立ち直ったフローネルが叫んだ。


「ベル殿、女性だったのか!?」


 驚くところはそこだったのか。なんとなく、肩をがっくり落とすティザーベルだった。




 その場で、簡単な質問大会になってしまった。


「では、ベル殿は本当はティザーベルという名の魔法士で、こことは違う土地から来たというのだな。それで、はぐれた仲間を探して国に帰る手立てを探している、と」

「まあ、そんな感じ。なので、これからは本名のティザーベルで呼んでもらえると助かるわ」


 こちらの話した情報をまとめたのは、カルテアンだ。しつこく最後まで食い下がったのはフローネルで、族長は所々で口を挟んでいる。アルスハイに至っては、呆然としたままだ。


 どうやってこの大陸に来たのかやら、そもそも別の大陸の国の出身だという辺りは何とか誤魔化せたけれど、さすがにここの情報をどこから手に入れたかに関して、族長からの質問がしつこい。


「どうして答えてくれないのかねえ?」

「だから、それは依頼主に関わる事だから、私には言えません」


 全てをネーダロス卿に背負わせる事になるが、そもそも族長が彼と会う機会はまずないのだから、問題はあるまい。


「とにかく、説明したように仲間を探すにはここを探るのが一番手っ取り早いのよ。だからここに来なきゃならなかったの」

「我々に手を貸したのは、その為か?」


 聞いてくるカルテアンの声が、いささか固い。それに対し、ティザーベルの方はあっけらかんと答えた。


「あんた達を助けたのは、ただの偶然。ハリザニール達は……まあついでって感じかな?」

「ついで……」


 嘘はない。だが、カルテアンの脇で何やらフローネルがショックを受けている。


「ついで……か」


 カルテアンも、顎に手を当てて考え込んでいた。本当に、彼等を助けた裏には何もないのだけれど、それを証明する手段がない。


「信じてくれなくてもいいけど、本当だよ?」

「いや、信じるさ。あの時『乗りかかった船だ』と言っていたしな」

「まあね」


 あの時の言葉を、カルテアンは覚えていたらしい。そういえば、あの場でその言葉を言った時、彼は酷く驚いていなかったか。


 改めてカルテアンを見ると、彼は族長に視線をやった。


「今の、お聞きになりましたね?」

「ああ、しっかりと。ベル殿……いや、ティザーベル殿か。君、一体何者なんだい?」

「はい?」


 族長の笑顔が、やたらと迫力に感じる。何者とは、どういう事か。それを聞こうとして、はたと気づく。


 彼も、こちらが日本からの転生者だと気づいたのかもしれない。


「何者なのかは、ただの冒険者とだけ。私のパーティーは『オダイカンサマ』といいます」


 言い終わるが早いか、族長がこちらの手を両手で握ってきた。


「まさか! こんなところで同郷の者に出会えるとは!!」


 ああ、やはり。それにしても、こんな場所でこんな立場の相手でなくともいいのではないか。


 ティザーベルは、こっそり運命の神を呪いたくなった。

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