百四十七 特産品
色々とあった夜から明けて翌朝。昨晩と同じ食堂にて朝食をいただく。今朝のメニューはハードタイプのパンに卵、ベーコン、グリーンサラダとカップスープ、デザートに果物。
――……何だろう、大陸が違っても、割と食べるものは一緒って事?
パスティカ達が作られた六千年前には、全ての地域を繋ぐネットワークのようなものが発達していたようだから、その名残か。
昨晩の族長の爆弾発言のせいか、今朝の食卓は少々空気が重い。そんな中、族長だけは朝からやたらと機嫌が良かった。
「いやあ、今から楽しみだよ!」
結局、昨晩の交渉で里の奥へと行く許可は得られたけれど、条件として族長の同行が決まっている。ついでに、族長の護衛という名目で、カルテアン、フローネル、その場にはいなかったがアルスハイも参加が決まった。
――アルスハイに関しては、完全に事後報告なんだけど、大丈夫なのかな……
その辺りは、カルテアン達に任せるしかない。言い出したのも、彼等だ。
朝食の後は、族長の許可を得て里の中を見て回る事になった。案内は、カルテアンが申し出てくれている。
「フローネルは、仕度もあるだろう。ベル殿の事は、私がしっかり案内する」
「……わかった、頼む」
フローネルはそう言うと、自宅へと歩いて行った。彼女は里の奥へ行った後、そのまま追放処分になる事が決定している。少々気の重い道のりになりそうだが、余所のあれこれにこれ以上首を突っ込む訳にもいかない。
――既にかなーり突っ込んでる気もするけどね……
都合の悪い現実は、見なかった事にしておく。族長の屋敷を出た後、途中でフローネルと別れ、カルテアンと共に里の中を歩く。
「それにしても、夕べの族長には驚いた」
歩きつつあちこちの説明をしていたカルテアンが、ぽつりと呟く。ティザーベルが黙って聞いていると、彼は苦笑しつつ続けた。
「我々にとって、族長は常に変わらずそこにいる存在だったんだ。夕べのように、感情を露わにするあの方を見て、本当に驚いたと同時に、族長を今までより身近に感じたよ。ありがとう」
『……礼を言われるような事を、した覚えはないが?』
「それでも。昨日の族長は、確実にベル殿が引き出してくれたから」
そうだろうか。確かに、やたらと食いついてきていた気はするが。
二人が歩く道は、里の下のメインストリートといったところだ。この里は木の上にも道があるので、上の道、下の道と呼び分けているらしい。
「下には鍛冶屋や武器屋など、店や品物の重量が重い店が集中している。逆に、布など軽い品を扱う店は上にあるんだ」
里の中には、それなりに店もあるという。
――それもそうか。全体で見れば、それなりの人数はいるようだし。
里の中だけなら、貨幣制度を用いなくてもやって行けそうなものだけれど、意外にもこの里は外との交流がわずかながらあるのだとか。
「ここからさらに北へ行ったところにある、別の氏族の里との交流があるんだ。そこを通じて、獣人達とも取引している」
この大陸には、エルフだけでなく獣人もいるらしい。聞けば、獣人には二通りのタイプがあり、お互いに種族が違うそうだ。
普通に獣が二足歩行になった姿の獣人をウェソン、人間に獣の特徴が出るタイプをガソカトというらしい。同じ獣人でも、別種族なのだそうだ。
この里は、どちらの獣人とも取引をしているという。
「大まかに、ウェソンは力が強い者が多く狩りで得た大型の獣の素材を、ガソカトは細かい細工が得意で小物や装飾品を取引している」
『では、この里は何を出しているんだ?』
「それは、これから見せるよ」
そう言って、カルテアンに連れてこられたのは里の北東の端、山脈の裾に当たる場所だ。
この里がある森は、東北東から西南西まで三日月型の山脈に囲まれている。北北西にある渓谷を通ると、山脈のさらに奥まで行けるのだ。その渓谷の地下に、研究実験都市がある。
――大森林の地下にあったのと、同じような都市なのかな……
どこか前世の街を思い出させる人工の都市。ここの都市を再起動させられれば、一度大森林の地下の都市に戻れるという。
こちらとあちら、両方の都市を再起動させれば、使える力が増えるというのが、パスティカからの言葉だ。
里は思っていたより狭くはないが、そこまで広い訳でもない。歩きながら途中途中あれこれと教えてくれたカルテアンの話を聞きつつ進んで、とうとう目的の場所に着いた。
『……洞窟?』
「この奥に、この里の主要な輸出品があるんだ」
洞窟としては、あまり大きくはない。三メートル四方程度の口が開いていて、奥は暗い。ただ、足下はきちんと整えられていて歩きやすかった。
『ここは?』
「奥へ行けばわかる」
先を行くカルテアンは、少しだけ振り返ってそう笑う。その背に小さく溜息を吐きつつ、周囲を見回した。
足下と違い、壁や天井は天然のままのようで、粗い岩肌が見えている。何かの理由で出来た洞窟を利用する為に、行き来しやすいように足下だけ整えたという事か。
入り口からどれくらい入った辺りか、一歩踏み出した途端、周囲に漂う魔力の違いに気づく。
――これ、大森林の奥地と同じ……
一瞬身構えたが、魔物が出てくる気配はない。
『パスティカ! この近くに地下都市があるの!?』
『ちょっと待って……位置が大分ずれてるわ。この近くじゃないわよ。何で?』
『洞窟内の魔力、大森林の奥地と同じなの』
『ふうん……ちょっと待ってね……ああ、なるほど』
『何か、わかった?』
『都市が近い訳じゃないけど、この空間は都市の技術を用いて作られているわ。六千年前から稼働し続けてる、都市外の施設ね』
そんなものがあったとは。パスティカの説明では、都市の研究の一環として、外部に設けた施設だろうとの事。
確か、この近くの都市の研究結果が、エルフ達ではなかったか。この先に待っているものが何なのか、怖い想像が浮かぶ。
『大丈夫よ。里の重要輸出品なんでしょ? 危ない代物じゃないと思うわ』
そういえば、そうだった。では、この異質な魔力は何なのか。
その答えは、すぐにわかった。
洞窟は、入って十分程で奥に到達してしまった。どういう事かと思っていると、カルテアンが足下に向かって手を向ける。
すると、二人の足下に光る紋様が浮かび上がった。一瞬、あの罠を思い出して身構えたが、次の瞬間、ティザーベルは驚きで目を見開く事になる。
二人の前に広がっているのは、遠くまで続く麦畑だった。
『これは……』
「ここは、里の麦畑だ。我々の一番の輸出品は、この小麦と別の畑で栽培している野菜や果物なんだよ」
あの洞窟のどこに、これ程の広大な畑を作り出せるのか。
――もしかして、あの足下の紋様って、移動用の術式?
『正解。ちなみに、この空間は魔力で作り出した亜空間を利用したものよ』
空間を操作する技術は、帝国にもある。というか、おそらく六千年前の技術がかろうじて残っていたのだろう。
それを考えれば、わずかな空間を広げて広大な場所に変える事は不可能ではないが、これ程大がかりなものはさすがに見た事がない。
『洞窟自体は自然に出来たものみたいだけど、そこに術式で手を入れて階層を作り、移動術式でのみ出入り出来るようにしたんだわ。術式の方は、起動用の術式を用いないと発動しないようになってる。簡易の防犯装置でもあるようね』
要するに、「鍵」となる術式をしらなければ、洞窟の奥に広がる畑にはたどり着けないという訳だ。余所者や侵入者よけにはもってこいの仕掛けといえる。
にしても、洞窟を階層化し空間拡張を行い、かつここまで自然環境を変えるとなると、一つの単語が脳裏に浮かぶ。
『ダンジョン……』
「やはり、ベル殿はご存じだったか」
思わず呟いた言葉に、カルテアンが反応した。それにしても、この言葉を彼も知っているとなると、出所は族長か。
『やはりというのは、どういう事かな?』
「なんとなく、ベル殿なら知っていそうな気がしたんだ。それだけだよ。この畑や別の階をひっくるめて、族長がダンジョン畑と名付けたんだ。ここが出来たのはかなり昔で、その頃を知っているのはもう族長だけらしい」
という事は、あの族長は大分長生きをしているという事になる。
『興味本位で聞くが、族長は一体何歳なんだ?』
「詳しい事は誰も知らない。だが、噂では六千年を生きているとか」
また、六千年か。考え込むティザーベルを余所に、カルテアンは続ける。
「でも、何年かごとに深い眠りにつくので、実際起きている時間はその半分にも満たない、とも言われている。実際、五百年近く前に、長い眠りから覚めたそうだ。記録では、寝ていた時間は八百年くらいだったとか。」
随分とまた、長く寝ていたものだ。ここでパスティカからの推測が入る。
『多分、眠るって言っても魔法的な眠りだと思うわ。寝ている間は、体の全機能を擬似的に止めるんでしょう』
『それって、仮死状態って事?』
『そうね。詳しい事まではわからないけど、あの族長の体は、他のエルフとは少し違うみたい。詳しい事は、都市に記録が残っているはずだから、そっちを見ればわかると思うけど』
都市にはどのみち行くのだから、ついでに記録が探せればいい。おそらく、パスティカのような支援型疑似魔法生物が知っているだろう。各都市に一体ずつ支援型はいるというのだから。
何にしても、全ては渓谷の地下に行ってからか。里の奥へ行く日が待ち遠しい。
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