百四十五 裁き
静まりかえる場を壊したのは、またしても重鎮達だった。
「そ……そのような下らぬ理由で、こんな得体の知れぬユルダをこの場に、族長の前に連れてきたというのか!」
「姉妹揃って、なんと恥知らずな……」
「ふん、親が親なら子も子よ」
最後の言葉に、フローネルから殺気が湧き上がる。彼女に睨まれた発言者は、短い悲鳴を上げて後ろに倒れ込んだ。
――あの程度の殺気でビビるくらいなら、余計な事口にしなければいいのに。
子の前でその親を悪し様に言えば、反発を食らって当然だ。あのフローネルの親なら、悪人という事はあるまい。
それでもあのような言われ方をするのは、おそらく両親も里の掟とやらに触れる何かをしたからではないか。
その点に関しては首を突っ込むつもりはないティザーベルは、目の前で繰り広げられる茶番劇を静かに眺めていた。
重鎮達も、先程のフローネルの殺気を見ては、これ以上何か言う気にはなれなかったらしい。皆一様に押し黙っている。
「フローネル、君の想いはわかった。いいだろう、彼もこの場にいる事を許可する」
「ありがとうざいます!」
「お、お待ちください族長。族長の前に、このような素性も知れぬ者を置いておくなど、危険過ぎます」
族長の言葉に感謝を述べるフローネルを押しのけるように、重鎮の一人が苦言を呈した。
だが、族長は一笑に付す。
「今更な事を。カルテアンの話を聞かなかったのか? ベルとやらはかなりの手練れらしい。そのような者が私の命を狙っているのなら、カルテアン達が里に招き入れた時点で私の命はなかっただろうよ。私が今も生きてここにいるのが、かの人物が無害であるといういい証拠だ」
信用してもらえるのはありがたいが、構えたところで意味はないと言われるのもいかがなものか。実際、重鎮達がこちらを見る目が怯えている。
――あの族長、面白がっていないか? 何か、嫌な予感。
以前出会った、海賊に手を貸していた憑依型転生者の事を思い出す。チート能力を手に入れてハーレムを作るとほざいていたが、ティザーベルの電撃一発で取り憑いていた体から追い出されたらしい。
あれ以来、似たような話は聞かないから、無事日本に戻っているのではないだろうか。
場の方は、ティザーベルの立ち会いが渋々ながらも認められたらしい。彼等の態度を見るに、友好的とはとても言えそうにないが、ここに来たのは彼等と交流する為ではない。
――頑張れ、フローネル、ハリザニール。
この場は、掟を破ったハリザニールに与える罰を決定する場だ。本人も覚悟は決めているだろうが、彼女はまだ未成年。怯えの方が大きいらしい。
そんな事も見えていないのか、最初から気にしていないのか、重鎮の一人が彼女の罪を読み上げていく。
要約すると、里の外に無断で出た事、そこに族長の直系であるユキアを巻き込んだ事、結果彼女の身を危うくした事、三つだった。
どうやら、中でも最後の罪が重いらしい。
「貴様一人が捕まったのならまだしも、ユキアまで巻き込むなど、本来ならあってはならない事!」
「尊い族長の直系で、ゆくゆくはアルスハイをもしのぐ魔導師になれる素質を持つ彼女を……」
「少しは悪いと思わんのか!!」
これまた、重鎮の連中は言いたい放題である。彼等の前に引き出されているハリザニールは、背後から見てもわかる程肩を丸めていた。
彼女の隣に座るフローネルは、背筋を伸ばし無言でいる。だが、続いた重鎮連中の言葉に、傍目からもわかる程の殺気を放出した。
「まったく、親が親なら子も――」
口にした重鎮は、無言のままのフローネルからの殺気にあてられたのか、短い悲鳴を上げて背後に倒れ込んだ。
「フローネル」
「……すまない」
カルテアンの声に、綺麗に殺気を消したフローネルは、心の全くこもっていない謝罪を告げる。
ふと、族長の方へ目を向けると、彼は面白そうに目の前の光景を見ていた。今度は止める気はないらしい。
「言いたい事はまだあるでしょうが、ハリザニールも罪を悔いています。どうか、寛大なご処置を」
カルテアンは、強引にこの場をまとめようとしている。確かに、先程の殺気で場の空気が凍っている今なら、力業で何とか出来るだろう。
カルテアンの視線から見て、罰を決めるのは族長のようだ。それまでのんびり目の前の光景を見ていた彼は、カルテアンの言葉にゆっくりと瞬きをした。
「では、ハリザニールへの罰を言い渡す。制約を受けた後、里からの永久追放とする」
制約という言葉が、また出た。それはともかく、今の彼女を里から追放するのは、実質死ねと言っているようなものではないだろうか。
ハリザニールは、フローネルと違って武器を扱う事は出来ないだろう。かといって、アルスハイのような魔導も使えそうにない。
身を守る術がなければ、里から追放されたエルフの行く末など、明るいとはとても思えなかった。
カルテアンはこの結果を読んでいたのか、反論はしないらしい。だが、フローネルは違った。
「お待ちください」
「不服か?」
「いいえ。我が妹のしでかした事、その重大さを考えれば下された罰は妥当と思います。ですが、妹が考えなしの行動に出た原因は、私にあるのです。よって、妹の不始末は姉である私が償います」
「というと?」
「里からの永久追放は、私が受けます」
さすがにこの発言は予想していなかったのか、カルテアンもハリザニールも、驚いてフローネルを見ている。
「妹の身代わりになる……と?」
「いいえ。正しく、ハリザニールの罪は私の罪です。何故里の外に出てはいけないのか、教えなかった責任があります」
「それを言うのなら、今回の彼女の罪は里全体の罪になる。未成年者には、ヤランクスの事も里の外の具体的な情報も伏せておくと決めたのは、ここにいる重鎮達と私なのだから」
どうやら、里の掟とやらの意味を教えずに、ただひたすら「掟だから」と押し通していたようだ。何故ヤランクス達の存在を隠すのかはわからないけれど。
――大方、「子供に教えるにはふさわしくない」とかいうんじゃないかな。
子供は大人が思っている程子供ではないし、本人が達が思う程大人でもない。今回の件は、双方がそれを正しく理解していれば防げた「事故」だったのではないか。
族長の言葉に、フローネルは毅然と返した。
「ならば、皆様にも等しく罰を受けていただきたく思います」
「ほう?」
彼女の言葉に気色ばんで怒鳴ろうとした重鎮達を、手で制した族長は先を促す。
「我々に、どのような罰を受けよと?」
「……勝手な願いではありますが、妹を『塔』で預かっていただきたい」
またしても、カルテアンが驚きの表情を見せた。塔とは、そのままの意味なのか、それとも何かの施設そのものを現す言葉なのか。
ここで聞く訳にもいかないので、ティザーベルは黙ったまま成り行きを見ていた。
フローネルの「塔」発言は、重鎮にもショックを与えたらしい。その様子をちらりと見た族長が、続ける。
「塔とはまた……ハリザニールに、務まると思うかい?」
「お手数をおかけしますが、塔で教育を施していただきたく」
「なるほど……」
族長は考え込むでなく、何やら面白いものを見つけたような目で、目前で膝をつくフローネルを見た。
その後、ちらりと重鎮達の苦い顔を見て、すぐに返答する。
「いいだろう。前言を撤回する。ハリザニールは塔へ入る事を命じる。また、フローネルは里からの永久追放を命じる」
族長の言葉に、その場の全員が驚いた。今回の追放宣言には、「制約」が含まれていない。重鎮達の顔色を見るに、大きな差があるようだ。
「お待ちください、族長! それでは――」
「私の決定に、異議を唱えるつもりかい?」
重鎮の言葉を遮って放たれた族長の声は、それまでとは違い低く冷たいものだった。
「この里を守ってきたのは、誰だったかな? もう忘れてしまったとでも?」
「い、いえ、そのような――」
「だよねえ? わかっていればいいんだよ、わかっていれば。さて、全てはこれでおしまい。フローネルは今後一ヶ月以内に里を出る事。君の財産は持ち出して構わないよ。ハリザニールは、塔に私物は持ち込めないからね」
「寛大なる処置に、感謝申し上げます」
「ありがとうございます……」
フローネルとハリザニールはそれぞれ頭を下げ、カルテアンは無言で一礼する。重鎮達は渋い顔ながらも、先程の事があるので誰も口を開こうとしない。
ティザーベルは、見ていただけなのに何だか酷く疲れている。この後をどうするか決めていなかったけれど、宿が借りられなければ、移動倉庫の家を出してもいい。場所さえ借りられれば。
その辺りをカルテアンに聞こうと思っていたのだが、先に意外な人物に声をかけられてしまった。
「ベル殿、良かったら、この後我が家に泊まらないかい?」
まさか、族長から誘われるとは思わなかった。見れば、カルテアンはもちろん、フローネル姉妹も重鎮達も、驚いている。
里における族長の立ち位置を考えれば、当然か。また誰かから文句が来るかと思ったけれど、今のところその様子もない。
これは、渡りに船というやつか。
『……ご厄介になる』
「構わないとも!! いやあ、久しぶりに外の話を聞けるなあ」
にこやかな族長とは対照的に、何故か重鎮達の顔色が悪い。
「族長、私とフローネルも、ご一緒させていただきたく!」
「もちろんだとも。ハリザニールは、この後塔の責任者を呼ぶから、そこで待ちなさい」
「は、はい……」
「さて、では皆の者、これにて解散」
族長の言葉で、重鎮達はのそのそと立ち上がって挨拶した後、無言で屋敷を後にした。
残ったのは、責任者を待つハリザニールと、カルテアンの提案によりこの屋敷にお泊まりが決定したカルテアンとフローネル、そして族長自ら誘われたティザーベルと屋敷の主である族長のみだ。
ティザーベルも、彼には聞かなくてはならない事がいくつかある。さて、まずは何から聞くべきか。
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