百四十四 立ち会い
フローネルの家でくつろぐ事しばし、カルテアンがやってきた。
「フローネル、ハリザニールを連れて、族長の屋敷まで来てくれ」
とうとう、その時が来たらしい。ハリザニールの肩がびくりと動くのが見えた。
フローネルは、覚悟を決めていたのか特に動揺した様子は見られない。
「わかった。カルテアン、ベル殿にも立ち会ってもらう事にした」
「それは……」
さすがのカルテアンも言いよどんだ。これから行われる事を考えれば、「余所者」の同席は認められないだろう。
だが、フローネルの決心は固かったらしい。
「私から、族長や重鎮達に説明する。同席が認められないのなら……」
「認められないのなら?」
「ハリとベル殿を連れて、今すぐ里を出る。無論、制約は受けない」
「ネル……」
「お前……」
フローネルの発言に、ハリザニールもカルテアンも驚いている。最後の「制約」というのが気になるが、それを受けると受けないとでは、どう違うのか。
彼女の言葉は、十分カルテアンに対して効果があったらしい。苦い顔をした彼が確認した。
「……後悔はしないな?」
「無論だ」
揺るぎない意思。フローネルの表情からは、それが窺えた。
四人で連れ立って里の中を歩く。来た時とは違い、里の中を突っ切る通りを通った。
「ここは見ての通り、下を歩く者もいるけれど、大抵は上の木道を行くんだ」
カルテアンが軽く里の説明をしてくれた。中央にある一番大きな木の側にあるのが、やはり族長の屋敷らしい。その周囲には彼の血縁、特に直系に近い家のものが集まっていて、ユキアの家もその一つなのだとか。
「ユキアとハリザニールは同じ歳でな。幼い頃から遊び相手として育ったんだが……」
カルテアンは最後に小さく「残念だ」と続けた。その一言で、これから彼女に言い渡される罰の重さが想像出来る。
――どうする? いざとなったら、本当に彼女を連れて逃げる?
逃げる先をどうするのか。うまく里の奥にある地下都市を再起動させ、都市間移動によって大森林へと戻れれば、あるいはネーダロス卿が匿ってくれるかもしれない。
とはいえ、それはずっと隠れ住むという事でもある。若い彼女には苦痛だろう。いくら自分が引き起こした結果とはいえ、この先一生となったら、逃げるより重い罪を背負った方がいいと判断するかもしれない。
考え込みつつ歩いたせいか、程なく族長の屋敷に到着した。中央の巨木は本当に天をつく程の大きさだが、それに寄り添う屋敷もまた大きかった。
――ネーダロス卿の屋敷くらいかな……それより少し大きい?
あちらが和風の屋敷とするならば、こちらはログハウス風だ。それでこれだけ大きな屋敷を建てるのだから、エルフの技術も大したものだ。
屋敷の前には、人だかりがあった。
「来たぞ」
「恥さらしが」
「でも、これでやっと……」
わざわざハリザニールに嫌みを言う為に集まったようだ。
『暇な事だ』
「すまない。すぐに散らす。おい! 族長に用のないものは家に戻れ!! そう通達があったはずだぞ!」
集まったエルフ達は、カルテアンには逆らう気がないらしい。渋々といった風ではあるけれど、屋敷の前から消え失せた。
静かになったところで、屋敷に入る。中には使用人らしき人影も少なく、里を治める人物の屋敷内とは思えない程静だった。
「こちらだ」
カルテアンは勝手知ったる様子で先導する。彼の後について屋敷の奥に進むと、両開きの扉の前に来た。
「カルテアンです。フローネルとハリザニール、それとベル殿をお連れしました」
一瞬間が空いた後に、「入れ」という言葉と共に扉が開かれる。広めの部屋には、右手奥に族長が、その前に二列で向かい合うようにして何人かのエルフが座っていた。
彼等が、重鎮なのだろう。族長以外、こちらを見る目は鋭い。
「よく来たね。まずは、座りなさい」
族長が柔らかい声でカルテアン達に告げる。さて、自分はどうしたものか。
三人は族長の前、重鎮達の列と合わせて四角を描くように座っている。ティザーベルはなんとなく、彼等の後方の壁際に立った。
「貴様! 族長の言葉が聞こえないのか!?」
「いやいや、卑しいユルダの事だ、我々の言葉が理解出来ないのだろうよ。見よ、あの奇妙な仮面。素顔を見せないなど、礼儀知らずにも程がある」
「全く、族長の御前にあのような者を連れてくるとは」
「己の立場を弁えぬ者だ。致し方あるまい」
言いたい放題である。カルテアンの肩に、力が入ったのが見えた。好き好きに言い放つ重鎮達をいさめたのは、族長だった。
「いい加減にしなさい、見苦しい。君達には、この里の代表であるという自覚がないのかな? それに、カルテアンの報告では、恩人殿は我々の言葉がわかるとあったではないか。もう忘れたのかね?」
「いえ、そ、そのような……」
「我々は、単に――」
「代表の自覚があるのなら、そのように悪し様に人を罵る事はないだろうよ。私の言葉は、間違っているかな?」
族長の言葉に、言い返す者は誰もいない。エルフも、人間とそう変わらないようだ。
『そりゃあそうでしょ。こいつら、多分一番都市の実験のなれの果てよ』
『はあ!?』
『詳しい事は今は言わないでおくけど、多分間違いないわ』
パスティカからの、意外すぎる情報だった。実験のなれの果て……恐ろしい妄想しか浮かばない。
『……実験っていうと、一番都市では何を研究していたの?』
『それは追々教える。言っておくけど、非合法な人体実験をした訳じゃないわよ?』
非合法でない人体実験をしていたとでもいうのか。それとも、全く新しい生命を作り上げたのか。いずれにしても、恐ろしい話だ。
『どちらかというと前者だけど、あなたが思っているようなものではないの。一番都市で研究していたのは、魔力と遺伝子の関連性よ』
魔力は遺伝するのか、というのが一番の研究テーマだという。その為に大きな地下都市一つ作り上げるというのだから、恐れ入る。
『六千年前は、今より魔力持ちが重要視されていたの。わずかでも持っていないと、それこそ人間扱いされないくらいにね』
それはそれで、恐ろしい話だ。クピ村辺りでは、魔法は禁じられたものであり、おそらく魔力持ちも疎まれているのだろう。
帝国では魔力持ちは食いっぱぐれがないと言われていて、より強い魔力を持っていれば庶民でも帝都の魔法士部隊に入隊出来ると言われている。
もっとも、部隊の実情を聞いてしまうと、決してエリートコースとも思えないが。
族長に叱られて、すっかり意気消沈している重鎮達を前に、カルテアンが口を開いた。
「族長、発言をお許し願いたい」
「許す」
「は。まずベル殿の事ですが、先に報告した通り、我々を救ってくださった恩人です。私もアルスハイもフローネルも、彼がいなければヤランクスに囚われていたでしょう。その後ヤランクスを捕縛出来たのも、彼のおかげです。ユルダではあるけれど、我々の言葉を操り、また我々に対して一定の敬意を払ってくれる。私は、彼を信用に足る存在と判断しました」
「なるほど。それでこの場にも連れてきた、と?」
「いえ、それは……」
「私が判断しました」
族長からの言葉に言いよどむカルテアンを押しのけるように、フローネルが宣言した。これにも、やはり重鎮達が騒ぎ出したが、またしても族長の一言で場が収まる。
この里では、族長という存在がとても強いらしい。
「フローネル、何故彼をこの場に連れてきた?」
「……ベル殿は、事の最初から関わっています。私も妹も、彼に救われました。だからこそ、最後まで見届けていただきたいのです。私が、妹がどのような罰を受けるかを」
フローネルの言葉に、その場はしんと静まりかえった。
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