百四十一 里へ

 全てが終わった時には、既に周囲は日が落ちて暗くなっている。ここで一晩休んだ方が良さそうだ。


 既に攫われた少女達は保護したので、先を急ぐ必要もあるまい。


『ここで夜明かししてから、出発した方が良さそうだ』

「確かに、この時間ではな……こいつらの仲間が来る危険性は、ないか?」


 確かに、カルテアンの言葉にも一理ある。これだけ街に近ければ、異変に気づいたヤランクスの仲間が押しかけてこないとも限らない。


『では、この周辺を変えるとしよう』

「変える?」


 首を傾げる彼には構わず、ティザーベルは周囲の木々を魔法で根こそぎ抜いて、あっという間に周囲を林で覆ってしまった。


 これだけ木々の生え方が変われば、ぱっと見で奥に人がいるとはわからないだろう。


『これで家を出せば、ゆっくり休めるだろう』

「そ……そうだな……」


 カルテアン以外の四人は、言葉もない様子だ。やり過ぎなきらいもあるが、快適に過ごす為には必要な事だった。


『少々部屋の数が少ないかもしれないが、三階の部屋以外は好きに使ってくれて構わない。食事も提供しよう。口に合うかはわからないが』


 そう言いつつ、移動倉庫から出した家に入る。背後から、カルテアンの感謝の言葉が聞こえてきた。




 翌日は、昨日の雨が嘘のように綺麗に晴れ渡った。元の姿で起き抜けの伸びをすると、ティザーベルは再びパスティカに頼んで「ベル」の幻影をまとう。


 一階の食堂には、既に全員が揃っていた。


「おはよう」

『おはよう。よく眠れたかな?』

「ああ、我々は……な」


 心配そうなカルテアンの視線が、片方の少女ユキアに注がれる。どうやら、彼女は未だに攫われたショックから抜け出せないらしい。今もフローネルの背後に隠れて、こちらの視線から逃れようとしていた。


 仕方あるまい。ただでさえエルフの里しか知らずに育ったのに、外に出たらいきなり人間に攫われたのだ。しばらくは人間や男性を怖がるのではなかろうか。


 とはいえ、それをどうにかするのは、彼女の仲間の仕事である。簡単な朝食をとった後、カルテアンが口を開いた。


「何から何まで頼って申し訳ないが、ここまで来た時に使った馬車を貸してはもらえないだろうか」


 確かに、ここから彼等の里まで歩いて行ける距離とも限らない。馬はいるし、馬車もあれば、楽に帰る事が出来るだろう。


 ちなみに、ヤランクス達は馬は持っていても、壊れかけの荷馬車しか持っていなかった。


『それは構わんが、人数が増えているから、あれでは手狭ではないかな?』

「た、確かにそうだが……もう一台、どこかで調達するのか?」


 カルテアンの当然の問いに、ティザーベルは平然と答える。


『いや、新しいのを作る』

「ここでか!?」

『昨日、いい材料を手に入れたから』


 ティザーベルは早速移動倉庫からヤランクス達が使っていた小屋を取り出し、すぐに大型の馬車を作った。外見と大きさは、西部開拓時代にあったという駅馬車がモデルだ。


 ――むかーし、映画で見ただけなのになー。


 その古い記憶をどうやってか引っ張り出して形に整えたのはパスティカだ。支援型の名に恥じぬ仕事ぶりである。


 今回は小屋は解体せず、そのまま術式を発動したので、小屋全体が光ったあと、上から光が消えていくのと同時に馬車の本体が徐々に現れる。


 ちらりと見たエルフ組は、全員呆けたような顔をしていた。


 ――まあ、驚くよね。


 こんなに簡単に、小屋が馬車に変わるのだから。こんな未来が待っているのなら、クイトにあれこれ習わなくても良かったのではないか。


 いくら暇な時だったとはいえ、他に何か出来たかもしれないのに。


 ――先の事なんて、誰にもわからないもんね。


 自分も、まさかこんな未来が待っているとは思いもしなかった。地下遺跡の街の所有権を得、しかもそこから見知らぬ大陸に飛ばされるなんて。


 帝国のあるモリニアド大陸以外に、別の大陸が存在する事すら知らなかった。もっとも、帝国の大きさを考えれば、他にも大陸があると考える方が自然だったかもしれないが。


「本当に、ベル殿には驚かされる」


 自分の考えに浸っていたら、どうやらショックから覚めたらしいカルテアンに声をかけられた。


『……驚かせる意図はなかったのだが、すまないね』

「いや、こちらが無理を言っているのだ。謝罪などいらんよ」

『そう言ってもらえると助かるよ。さて、では出発しようか。時に、ここまで連れてきたのと合わせて、ヤランクスはどうするのかね?』


 最初にカルテアン達を襲っていた連中に、後から襲撃してきた連中、それにここでハリザニール達を捕獲していた連中と、合わせて四十人近い人数だ。


 このままここに放っていけば、街が近いので誰かが見つけるだろう。死ぬ可能性は低いのではないか。


 ティザーベルの問いに、カルテアンは苦い顔をして答えた。


「……出来たら、こいつらも里に連れて行きたい」

『ほう?』

「こいつらにはこいつらなりの、使い道があるんだ」

『なるほど。ならば、もう一台作った方がいいか』

「頼む」


 さすがに四十人の人間を、馬車の後ろにくくりつけて引っ張っていく訳にもいかない。台車の上に檻を乗せたような、囚人護送にふさわしい馬車を作ろうではないか。


 内心、こっそりパスティカに問い合わせる。


『作れる?』

『問題ないわよ。素材も、あの小屋の残りを使うから、いくらか頑丈には出来るわ』

『乗り心地よりも強度を優先させて』

『任せて』


 そんなやり取りの後、まさしく動く檻といった馬車が二台、出来上がった。一台に二十人を詰め込むと思えば、かなりの乗車率だ。


 ――前世の通勤電車も真っ青ね。まあ、あれを考えれば、耐えられなくもないか。


 さすがに通勤電車に耐えられなくて乗車中に死んだという話は、聞いた覚えがない。


 未だに半分近くは意識が戻っていないヤランクス達を、魔力の糸を使って次から次へと檻の馬車へと放り込んでいく。


 あっという間に、檻は一杯になった。うめき声が聞こえてくるけれど、気にする事はない。


『さて、これを引く馬が必要だが……』

「奴らの馬がある。二頭立てでは少し辛いか……四頭立てか六頭立てで行くか」


 馬車に繋ぐ馬の数で、カルテアンが悩んでいる。さすがにその辺りはティザーベルにはわからないので、任せる事にした。


 ――馬って、結構力あるよね……


『馬車の重さもあるし、何より頑丈に振った馬車だから、本体もちょっと重めなの。出来たら四頭以上の方がいいと思うわ。ここからどれくらい走らせるのかもわからないんだもの』


 パスティカからの言葉に、なるほどと納得する。成人男性二十人の重さに加えて、馬車本体の重さと走行距離が影響するという訳だ。


 それに、馬はエルフの里へ連れて行けば、使い道もあるのではないだろうか。


『いっその事、全ての馬を連れていくくらいでいいのではないかな?』

「確かにな。馬ならば里でも使い道はいくらでもあるし、最悪売ってもいい」


 それは、里の外に売るという事だろうか。エルフが狩られる対象の地域で、エルフ相手に商売をする街もあるとは。


 結局、檻の馬車は六頭立て、残りの馬は全て馬車の後ろに繋いで連れて行く事になった。


「途中で馬を交換すれば、速度を上げても馬がバテないだろう」


 重い荷物を引いた馬と、そうでない馬とでは疲労度も違う。何にしても、馬にはご苦労な事だ。


 大型馬車には、エルフ女子組とティザーベルが乗る。客室には女性三人で乗ってもらい、ティザーベルは御者席に乗る事になった。カルテアンとアルスハイは、それぞれ檻の馬車の御者を務める。


 馬車に乗り込む前に、カルテアンがティザーベルに謝罪してきた。


「……すまない」

『構わん。余所者は側にいない方がいいだろう』


 この組み合わせになった原因は、捕まっていた少女のユキアにある。ハリザニールは姉のフローネルが来たからか、大分精神的なショックから立ち直っているが、ユキアは違った。仲間であるカルテアン達にすら怯えたのだ。


 当然、見た目が怪しい状態のティザーベルには、金切り声を上げて失神する始末である。


 これでは一緒の馬車に乗るのも危ういかと思ったが、視界に入らなければ何とかなるらしいので、構造上一番後ろになる御者席に座る事になったのだ。カルテアン達も、彼女に配慮して客室には立ち入らない事にした。


「馬車は我々が先行する。ついてきてほしい」

『了解した。地図でおおよその場所を指定してくれれば、はぐれた時に困らないのだが』


 おそらく、拒否が来るだろうと想定しつつ、話を振ってみる。返答はやはり否だった。


「悪いが、里の情報はなるべく外に出したくない。ベル殿を疑う訳ではないが……」

『いや、いい。事情が事情なのだから、自衛は大事だ』

「……重ね重ね、申し訳ない」


 見ているこちらが気の毒になる程、カルテアンは恐縮している。一応、ティザーベルは彼等にとっては恩人という立ち位置だ。


 その恩人を疑うような行動をしなければならないのが、心苦しいのだろう。恩を仇で返すとでも思っているのではないか。


 こちらとしては、エルフの里に招かれただけでもありがたい事なのだが。何せ、帝国にはエルフも獣人もいないのだから。


 ――見た事がないものが見られるって、普通にわくわくするー。


 黒いローブに仮面で怪しい風体を装っているが、中身は現世年齢もうじき十八歳の女性である。新しい場所に行く時は、それなり期待感が高まるというものだ。


『浮かれてるところ悪いけどー。そのエルフの里らしき場所ならもうわかってるわよー』


 パスティカだ。彼女はずっとティザーベルの中にいて、脳内で話しかけてくる。


『ここから北に一日くらい進んだ場所に、大きな森があるの。そこに結界を張って住んでいるみたい。上からだと丸見えだけど』


 問題はあるまい。おそらく、こちらの人間で空を飛べるものは皆無だろう。帝国ですら、魔法士が複数人必要になるのだから。


『それと、私達が目指す都市は、その里から更に進んだ山の奥みたい』


 どうやら、次の目的地の近くに里があるらしい。どうやって調べたかはわからないが、パスティカは星の目を使って地上から地下都市を探したのだ。


 という事は、ラザトークスの大森林のように、地上にはっきりとわかる何かがあるという事か。


 ――山奥だと、大森林って事はないだろうし。何があるんだろう……


 それも、行ってみればわかる事だ。嫌な予感がしないでもないが、まずは攫われた少女達を無事里まで送り返さなくては。


 それに、里には前世日本人疑惑のある族長がいる。さて、彼はどんな人物なのか。期待半分、警戒半分のティザーベルは、進行方向へと目を向けた。

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