百四十 ハリザニール

 結界を解除すると、フローネルは二人の少女に飛びついた。


「ハリ!! 無事で良かった……ユキアも、怖かっただろう?」


 どうやら、少女達の名前らしい。二人とも少しぐったりとしているけれど、怪我などはないようだ。


「ネル……来てくれたんだ……」

「当たり前だ!! まったく、だからあれ程里の外に出てはいけないと言ったのに!!」

「だって……」


 何やら言い合っている二人と一人を置いて、ティザーベルは小屋の中を調べる。

 倒れている男の一人に、見覚えがあった。


 ――確か、こいつだったはず。


 よく見ると、男の周囲には砕けた珠の残骸と思しきものが散らばっている。割った後すぐくらいに電撃で失神させたので、片付ける暇もなかったのではないか。


 かけらを一つ、拾い上げる。


『パスティカ。これって、解析は出来ないの?』

『する必要あるの?』

『無効化出来る方法が知りたいの。この先、必要になるかもしれない』

『ふうん……使われている術式その他はもうわかるから、解析は必要ないかな。無効化は……今は出来ないけど、都市を再起動出来れば、作れると思うわ』


 ここに来て、都市の再起動問題が出てきたか。パスティカは嘘は言わないので、本当に都市の機能が万全なら、無効化出来る道具を作る事は可能なんだろう。


『都市って、あっちの都市の事だよね?』

『そうだけど、この近くにある都市を再起動させられれば、都市間移動で向こうの都市に帰る事が出来るの。そこで再起動すれば、向こうで道具の形にする事が出来るんじゃないかしら』


 なるほど、一度大森林地下の都市に戻るという訳か。その前に、この近くにあるという別の都市を再起動させる必要があるらしいが。


 なかなか面倒な事だ。自分の考えに浸っていたら、外からカルテアン達が入ってくる。


「外の連中は縛り上げておいた。まだ目を覚まさないんだが……」

『死んではいないはずだ。もっとも、人を攫って売り飛ばそうなどとする犯罪者は死んだところで誰も惜しくないだろう?』

「……そうだな。フローネルは?」

『奥にいる』


 ちょうどその時、奥からフローネルと二人の少女が出てきた。一人は巻き毛を伸ばした、ちょっと気の強そうな顔立ちで、もう一人はストレートのボブカットでぐったりしている。


「ユキア、無事で何よりだ」

「カルテアン……」


 ボブカットの子がユキアという名前のようだ。


 ――んじゃ、あっちの巻き毛の子がハリって名前か。


 通りすがりに過ぎないので、名前まで知る必要はないけれど、なんとなくティザーベルは目の前の光景を見ながら思っていた。


 ユキアに何事か小声で尋ねていたカルテアンは、一つ頷くと、フローネルの方に向き直った。


「フローネル、ハリザニールに少し話を聞きたい」

「帰ってからでいいだろう? ハリも疲れているんだ」


 ハリとは、ハリザニールの愛称らしい。愛称で呼んだり肩を抱いたり、フローネルとハリザニールは親しい間柄のようだ。


 そのハリザニールを背にかばって主張するフローネルに、カルテアンは厳しい表情で告げた。


「今の方がいいと思うぞ。里に戻ってから尋問されたら、ハリザニールは罪に問われる」

「何だと?」

「ハリザニール。一人で里を出てはいけないという掟は知っているな?」


 フローネルを飛び越し、カルテアンは彼女の背後にいるハリザニールに問いかける。


「……知ってる」

「では、未成年であるお前達二人で里を出たのがどういう事か、わかっているな?」

「でも! 一人じゃなかったし!! 掟、掟って、何でもがんじがらめにされたらたまらない!!」


 そう叫ぶハリザニールに、カルテアンは静かに返した。


「掟は必要だからこそあるんだ。現に、お前達二人はヤランクスに捕まったではないか」

「それは!」

「まだ何の訓練もうけていないお前達なぞ、奴らにとっては赤子の手をひねるようなものだ。もし、我々が間に合わなかったら、どうなっていたと思う?」

「でも! 間に合ったじゃない!! ネルだってカルテアンだって、里で一番の――」

「我々も、ヤランクスに捕まりかけた」

「え……?」


 ハリザニールは、ぽかんとした表情でカルテアンを見上げている。静かに彼女を見下ろすカルテアンの顔には、感情が見られない。


「そこにいるベル殿がいなければ、我々もお前達と一緒にすぐそこのモグドントで売られただろう。それでも、自分は悪くないと思うのか?」

「そんな……」


 とうとう、ハリザニールはその場にへたり込んでしまった。フローネルが「ハリ!」と慌てているけれど、カルテアンは彼女を静かに見下ろすだけだ。


「お前一人だけでなく、ユキアも巻き込んだ。罪は更に重くなると思え」


 カルテアンの言葉に、ハリザニールに肩がぴくりと揺れる。どうやら、もう一人の少女は彼女によって里から連れ出されたようだ。


 カルテアンの言葉にショックを受けているのは、ハリザニールだけではない。


「ハリ……? お前が、ユキアを連れ出したのか?」


 フローネルは、信じられないものを見るような目で、ハリザニールを見る。


「嘘だよな? ユキアは、族長の直系なんだぞ? その彼女を危険にさらしたとなれば、里を追放されるかもしれない。そのくらい、わかってるだろう? 嘘だよなあ!? ハリ!!」


 狂乱状態のフローネルは、俯くハリザニールを揺さぶった。彼女の手を、カルテアンが止める。


「落ち着け、フローネル」

「これが落ち着いていられるか!? ハリが、妹が里を追放されるかもしれないのだぞ!?」


 親しい間柄だろうとは思っていたが、まさか姉妹だったとは。なおもカルテアンに食ってかかる彼女に、アルスハイが叫んだ。


「いい加減にしなよ! フローネル。ハリザニールがこんな事したのも、君が甘やかしすぎたせいじゃないか!!」

「何だと!?」

「確かに幼い頃に親を亡くした君達は可哀想だけど、だからって何でも尻拭いしてやればいいってもんじゃない。ハリザニールが悪さをしても、片っ端から君が後始末をするから、彼女は罪の意識が軽いんだ!」


 アルスハイを睨んでいたフローネルだったが、彼の言葉に思い当たるところがあるのか、気まずそうに俯く。


「ハリザニールの軽率さが自身とユキアを危険にさらした。そして彼女の軽率さはフローネル、君の責任だ」

「私は!」

「何にしても、決定を下すのは族長だ。急ぎ、里へ戻らなければ」


 フローネルの言葉を制して、カルテアンがこの場を締めた。




 小屋の中に転がっていた男達も縛って外に出し、小屋は潰す事になった。


「アルスハイ、頼めるか?」

「えっと……」

『差し支えなければ、私がやろう』

「え?」


 驚くカルテアンとアルスハイを尻目に、さっさと小屋を移動倉庫に収納する。移動倉庫も幻影の中なので、実体は見えない。


 いきなり消えた小屋に、カルテアン達はまたしても呆然としていた。いち早く立ち直ったカルテアンは、眉間を指先で押さえている。


「……いい加減、馴れたと思ったが」


 長い溜息を吐きつつそう言われても、ティザーベルは返す言葉がない。こちらとしては、いい建材が手に入ったと思う程度だ。


『あの小屋を使えば、もう少し大きくて頑丈な馬車が作れるんじゃないかしら?』


 パスティカも、この調子である。確かに一応建物に使われている木材だけあって、そこらの銛で伐採した適当な木材よりは良さそうだ。


 ――いつ作るかだけど……カルテアンの返答次第かな?


 三人の中では、彼がリーダー格だ。話を持ちかけるなら、カルテアンが一番だろう。


 ティザーベルは、まだ少し不機嫌そうなカルテアンに声をかける。


『君らはこれからエルフの里とやらに戻るのだろう?』

「ああ……その件で、話があるのだが」


 どうやら、彼もこちらに相談したい事があるらしい。大体予想はついているのだが。


『聞こう』

「ベル殿を、我が里に招きたい。同行してもらえないだろうか」


 渡りに船だが、まさかこう来るとは。てっきり里までの足を借りたいという内容だと思っていたのが。


 無言のまま彼を見ていると、少しだけ恥じらいつつ続けた。


「まあ、貴殿の馬車に未練があるというのも、事実なのだが。今回、二人を無事救出出来たのは、貴殿のおかげだ。ぜひとも、族長にも引き合わせたい」


 族長というと、例の前世日本人疑惑のある存在だ。日本のことわざを知っているのだから、可能性は高い。


 それにしても、エルフの里とはどんなところだろう。柄にもなく、わくわくするティザーベルだった。

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