百三十九 一網打尽

 ついでとばかりに、穴の底に放置していた男達も引きずってきた連中と一緒にまとめておく。穴の方も、きちんと埋め戻しておいた。魔法でやるので、疲労はない。


『さて』


 まとめた男達全員の記憶を覗く。さすがに情報量が多いので、パスティカの手を借りる。吸い取った情報から、今回必要と思われるものだけを抽出してもらったのだ。

 彼等の組織構成人員は二百人程度。ヤランクスの中では中規模組織のようだ。


 どうも、彼等のようなエルフを狩る事を専門にした業者は少なくないらしく、エルフのみならず珍しい魔物なども狩っているらしい。それらはもれなく好事家に高値で売却されるので、生きたまま捕らえるようだ。


 ――素材を求める冒険者とは、また違うんだなー。


 冒険者にとって、魔物は狩るものだ。生きたまま捕獲するなど、ティザーベルもやった事はない。


 彼等の記憶の中には、他にも面白いものがあった。獣人の存在だ。どうやら、こちらの大陸にはエルフや獣人といった、人以外の種族がいるらしい。


 何せ帝国のある大陸に比べれば、こちらはかなり大きい。その分、帝国よりも多様性があってもおかしくはないのだが。


 ――それにしては、どうも変な気が……まあ、いっか。


 今はそれより、三人のエルフ達が探している子供達の行方が先だ。パスティカによって映像化された記憶を流し見ていく中に、エルフの姿があった。アルスハイより少し小柄な少女が二人。粗末な小屋に押し込められている。


『攫われたのは、少女が二人か?』

「見つかったのか!?」


 誰よりも食いついたのは、フローネルだ。余程少女達の事が心配だったらしい。


『ここから南にいったところにある、小屋の中だ』

「南……やはり、モグドントに売るつもりか!!」


 激高するフローネルを余所に、カルテアンはアルスハイに何事か囁いた。アルスハイが左手を持ち上げ、詠唱をする。すると、彼の手のひらの上に地図映像が浮かび上がった。


 大分粗いが、位置関係はわかる。現在地はクピ村から見て北西の森林地帯の中だ。ここから南に向かうと大きめの街があるらしい。


「ここがモグドントだ」


 カルテアンの話によると、この辺りでは一番大きな街で、奴隷市も定期的に開かれているのだとか。


「小屋があるのはどの辺りだ?」


 彼の問いに、指差そうとして気づく。指先まで幻影を施してあっただろうか。


『ローブと仮面だけよー』


 早速のパスティカからの脳内返答に、少し迷った結果、落ちていた小枝を拾って小屋のあるらしき場所を指し示した。


「モグドントの手前、街道近くだな……」

『彼等の記憶から察するに、攫った相手を一時捕らえておく小屋のようだ』

「という事は、これまでに攫った者達も、ここに……」


 ぎしり、と音が聞こえる程拳を握りしめたカルテアンに、怒りの深さを見た気がする。


 エルフは血のつながりを重要視し、同じ氏族で固まって暮らすと説明を受けた。クオテセラとは、その氏族を指すのだとか。


 そんな彼等の仲間が、攫われて売られるのだ。怒らないはずがない。フローネルも、早く取り返したいと言っていた。


『今、正確な場所を見つける』


 方向とおおよその場所、それにパスティカが操る星の目がある。見つけられない事はあるまい。


 魔力の糸を伸ばし、森を越え、街道を進み、目的地を目指す。物質ではないので空気抵抗もないからか、あっという間に小屋は見つかった。


『見つけた』

「本当か!?」

『小屋というか、かなり大きい。納屋のようなものか? 中は簡単に三部屋に区切られていて、捕らえられているエルフがいるのは――』


 思わず言葉が止まった。魔力の糸を通じて見た光景に、瞬間的に感情が爆発したのだ。


 薄暗い小部屋の中、鎖で自由を奪われた少女達にのしかかろうとしている男達。


 その手が彼女達に触れる直前、魔力の糸を通して電撃を送り込んだ。


「どうか、したのか?」


 不安そうにこちらを見るフローネルに構わず、まずは捕らえられている少女二人の安全を最優先にした。


 彼女達の周囲には、例の魔力を吸い取る結界はなかったが、小屋の中にいた一人の男の懐にあの珠がある。ついでとばかりに、糸で懐に入ったままバラバラに砕いておいた。


 男は驚いたようだが、どうでもいい。同時に、少女達の周囲にこちらから対物対魔完全遮断の結界を張る。ついでに、自由を奪っていた鎖も断ち切っておいた。これで、ひとまずは安心だ。


『……今、捕らえられている少女二人の安全は確保した。ついでに、その場にいるヤランクス達を捕縛しておくかね?』

「は……? え?」


 不安そうにしていた三人は、ティザーベルの言葉をよく理解出来ていないらしい。確かに、これだけ離れた場所から顔も知らない相手の安全を確保したり、捕縛したりと言われても、受け入れられないだろう。


 ――少し、やり過ぎたかな? いんや、女の子の安全がかかってるんだから、やり過ぎ上等。


 帝国でも、盗賊のねぐらで似たような事は何度かやった事がある。ああいった手合いは、何故か洞窟に好んで棲み着くようで、中は蟻の巣のようになっている事が多かった。


 そうした場所でも、入り口で魔力の糸を使ってまず捕らえられている人達を確保、それから中の盗賊達を電撃で一網打尽にするのが常だったのだ。


 ここでも、それと同じ事をしたまでなのだが。


『大丈夫か? いくら彼女達の安全は確保したとはいえ、早いところ迎えに行ってやった方がいいのでは?』

「あ? あ、ああ、そうだな。アルスハイ、フローネル、それでいいな?」


 カルテアンの言葉に、二人とも無言で頷いた。まだ、ショックから抜け出せていないようだが、移動しているうちに何とかなる事を祈る。




 移動はティザーベルの作った馬車を使った。


「こんな凄い馬車、どこで手に入れたんだ?」

『作った』

「作ったあ!?」


 決して広くはない箱馬車内で叫ばれると、さすがにうるさい。とはいえ、現在のティザーベルは黒いローブに仮面を付けた怪しい風体の年齢不詳性別不詳の存在の幻影をかぶっている。


 指先までは幻影がカバーしてくれないそうなので、指で耳を塞ぐゼスチャーも出来はしない。


 なので、口に出して言う他なかった。


『大声を出さないでもらいたい』

「す、すまない……」

「だが、どうやってこれだけの馬車を自分で作ったのだ? もしやベル殿は、裕福な家の当主か何かか? よもや、ユルダの貴族ではあるまいな?」


 気色ばむフローネルに、ティザーベルはゆるく頭を振った。


『作ったのは、魔法でだ』

「魔法!? そんな……馬車を作る魔法なんて、聞いた事がない……」


 今度はアルスハイが何やらブツブツ言い始めている。エルフの魔導師である彼にとって、自分の知らない魔法がある事がショックらしい。


 そういえば、言葉の差かと思っていたが、魔法と魔導は別物なのだろうか。


『一つ尋ねるが、エルフの言う魔導とこちらの魔法、一緒のものと考えていいのか?』

「いいえ、違います」


 アルスハイは、はっきりと答えた。


「ユルダの言う魔法とは、己の力で自然界の法をねじ曲げる事象の事です。エルフの使う魔導とは、精霊の力を借りて事象を起こす事を言います」


 使う力が違うという事か。すぐに、脳内でパスティカの補足説明が入った。


『彼等は精霊と呼んでいるけれど、別に意思のある存在ではなく、その土地に湧き出す魔力の事をそう呼んでるみたい』


 パスティカは、アルスハイが詠唱する際の言葉と、実際に事象を起こす時の力の流れを見て判断したようだ。


 ――という事は、エルフは体内に魔力を持っていない?


 だからあの結界で倒れたのか。おそらく、ヤランクス側が使った結界では、ティザーベルの意識まで失わせる事は出来ないだろう。


 もっとも、術式として起動した魔力を片っ端から吸い取られては、両手両足をもがれたようなものだから、それはそれで問題だが。


 少し考え込んだ後、自分の考えを口にする。


『私の使う魔法は、確かにユルダの魔法と同じようだ。だが、おそらくエルフの魔導も使えると思う』

「そんな馬鹿な!」


 ティザーベルの言葉を、アルスハイは否定した。


「ユルダに、魔導は使えない! もし魔導が使えるのだとしたら、あなたはユルダではないという事になる……あなたは、一体……」

『流れ者だと、説明しなかったかな?』


 なおも何か言おうとしていたアルスハイは、結局何も言わずに黙ってしまった。


 彼の先程の言葉が頭を廻る。あなたは一体、何者なのか。


 ――別大陸から罠にはまって飛ばされてきましたとか、本当の事言っても信じてもらえないだろうしね。


 ここは黙っておくに限る。


『そろそろ到着するわよ』


 パスティカだ。確かに、いつの間にか目指す小屋のすぐ側まで来ていたらしい。


『目的地が近いぞ』


 カルテアンとフローネルの空気が変わる。アルスハイだけは、まだ何か考え込んでいた。


 減速した馬車から、カルテアンとフローネルが飛び出した。危ないと言いたいところだが、あの身のこなしなら怪我などはしないだろう。


 ティザーベルはきちんと停まってから、アルスハイと共に馬車を降りた。その先に広がっていたのは、地面に横たわるヤランクス達の姿だ。


「……本当に、終わってる……のか?」

『意識は刈り取ったが、縛り上げてはいない。そこは任せてもいいか?』

「あ、ああ」


 まだ釈然としないカルテアン達にその場を任せて、ティザーベルはゆっくりと小屋に近づく。フローネルは、一足先に中に飛び込んだようだ。


 一応、周辺の男達の意識がない事は確認しているけれど、何があるかわからないのに。そう思いつつ小屋に踏み込むと、奥からフローネルの声が聞こえる。


「ハリ! ハリ!! くそ、どうなってるんだ!!」

『安全を確保したと言っただろうに』


 フローネルは、少女二人を前に、ティザーベルの張った結界に阻まれて悪戦苦闘していた。

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