百三十六 拾いもの

 即席で作ったとは思えない程、馬車の乗り心地はいい。もっと揺れたり振動が激しいと覚悟していたけれど、どちらも少ないのだ。


「意外……」


 そういえば、この馬車には簡易とは言え衝撃を吸収する仕掛けを施した。全て木製なので、そこまで効果があるとは思っていなかったのだが、路面の状況を考えると相当の衝撃を吸収しているのではないか。


「まあ、乗り心地がいいのは助かるわ」


 座席も全て木製なので、これで振動が大きかったら座ってなどいられなかっただろう。


 ティザーベルは移動倉庫からクッションを取り出して、その上に座っている。樹脂製の窓からは、外の景色がよく見えた。


 まさか、こんな状況で馬車の旅を楽しむ事になるとは。人生何が起こるか本当にわからない。


 それを言ったら、記憶を持ったまま異世界へ転生した事自体、その最たるものだが。




 出発が夕刻近かったので、すぐに辺りは暗くなった。ライトは搭載していないが、明かりの魔法を使えば夜間の走行も問題ないが、魔法が禁じられているというジンストの言葉から、夜は普通に休む事にしている。


 街道から少し離れた森の中、木を伐採して広場を作った後に土地をならし、移動倉庫から家を取り出す。


「前も思ったけど、家を持ち運ぶって面白い発想よね」

「別に発想云々ではなくて、出来るからやってるだけよ」


 帝国にも野営用のテントは売っているが、張るのが面倒だったので使った事はない。ラザトークスから出なかったので、野営の必要もなかったという理由もある。


 この家を手に入れる前は、野営する必要のある依頼を受けなかったというのも、理由の一つか。


「そういや、昼間馬車を動かしているのがパスティカで、大丈夫なのかな。誰かに見られたら……」

「平気よ。幻影で誤魔化しているから。よっぽど近くで触られない限り、バレないわよ」


 一応、彼女も考えていたらしい。そんなパスティカは、テーブルの上で甘い焼き菓子を頬張っていた。


「疑似生命体って、食べるんだ……」

「別に必要はないけど、だからといって食べないって訳でもないのよ?」


 そう言いつつ、彼女はまた両手で持った焼き菓子をぱくりと食べる。魔法疑似生命体の活動に必要なエネルギーは、契約者の魔力だと言う。なので、エネルギーとしての食物は必要ないのだとか。


 今食べているのも、完全に趣味の延長なのだという。他の疑似生命体の中には、お茶をこよなく愛する個体もいるのだとか。


 気になるのは、そうして摂取した飲食物がどこに消えるかという辺りか。全て分解消滅するのならいいが、そうでないとなると……


「まあ、いっか」


 これ以上追求したところで意味はない。馬鹿馬鹿しい考えに終止符を打ち、テーブルの上に本日の夕食を出す。


 帝都の行きつけの店で鍋を持ち込んで調理してもらったスープとパン、川魚を揚げたもの、それにデザートの果物だ。


 この果物も、パスティカが気に入っている。彼女は甘党のようだ。


「これ、甘くておいしいわねえ」


 ナイフで小さく切り分けた桃に似た果物プコシラを、小さな手で掴んで食べている。


「顔中果汁でベタベタだよ」


 笑いながら、布巾で顔を拭いてやった。もう少し小さく切って、パスティカサイズの皿やカトラリーを作った方がいいかもしれない。




 夜が明けて、物音に窓から外を見ると、雨が降っていた。


「雨かー」


 家の周囲には結界を張ってあるので、家や馬車、急遽作った馬房は濡れていない。


「別に、馬車で行くんだから、雨でも問題ないけど?」

「でもなー」


 雨の中を進むのは、気が進まない。低気圧の影響もあるのだろうけれど、こんな日は家でじっとしているのが一番だ。


 とはいえ、先を急ぐ身である。早いところ、二人と合流しなくては。


「パスティカ、星の目で雲の動きはわかる?」

「雲? ちょっと待ってね」


 そう言って人差し指を頬に当て、上を見る仕草をしたまましばし。やがて、こちらに向き直った。


「こんな感じかしら。これは少し前のものよ」


 そう言って、映像を見せてくれる。さすがにリアルタイムで見る事は、現時点では難しいそうだ。これも、予備機能の限界か。


 見せてもらった衛星からの映像では、雲の動きが見て取れた。雲は南西から北東に向かって伸びている。動きは西から東へ。この星でも、偏西風が吹いているらしい。


 そして現在自分達が目指しているのは、北西方向だ。これなら、移動中に雨もやむだろう。


「よし、雨が降っていれば人通りも少ないはず。馬車丸ごと結界で覆って出発しよう!」

「そうね、それがいいと私も思うわ」


 結界を使ってしまえば、乗り降りの時にも濡れる事はない。馬も濡れない方がいいだろう。


 家や馬房をしまい、馬車に乗り込んでから結界を縮小し、馬車周りのみにする。

 出発する頃には、朝よりも雨脚が強くなった。


「大丈夫かな……これ……」


 ここらの街道は、帝国のように石材や何かで舗装されている訳ではない。雨が降れば、当然ぬかるんで走行しづらくなるだろう。


 馬車の中でそんな事を考えていると、御者席のパスティカから声がかかった。


「ねえ、この結界、下にも張れる?」

「出来るよー、ってか、既に張ってる。あ、そうか」


 下にも張るというよりは、大きなボールの中に入っているようなものだ。前世では、そんなアトラクションもあった。ボールの中で進むと、ボールごと人間も進む。ボールの中身が人か馬車かの差だ。




 結界のおかげで、馬車は土砂降りの中でも快適に走行していた。これならば昼までにはかなり距離を稼げるのではないだろうか。


 車内でのんびり考えていたら、再びパスティカから声がかかった。


「ねえ、進行方向で騒動が起こっているんだけど、どうする?」

「騒動?」


 すっかり気が緩んでいたから、魔力の糸を使った索敵をサボっていたのだ。慌てて糸を伸ばしてみると、確かに騒動が起きている。


 それに、何やらおかしな気配を感じた。


「何だ? これ」


 さらに探ると、どうやら一種の魔法道具のようだ。結界に近いものを形成し、中に人や生き物を閉じ込めるタイプらしい。


 そっと糸で結界に触れてみると、どうやら糸はそのまま中に入れそうだ。


「ん? あれ?」


 糸が結界内に入った途端、先端から消えていく。溶けるように消えて、あっという間に糸が途切れた。


 何だったのだろう。首を傾げるティザーベルに、パスティカの声が響いた。


「厄介な代物を持った連中ね。どうする?」

「どうするって……あの結界みたいなもの、何だかわかる?」

「多分、結界内部の魔力を吸い取るものよ。閉じ込められた相手がいるわ」

「え!?」


 魔法が禁じられたこの土地で、魔法道具を使って魔力を持った相手を閉じ込める。どちらに加勢すべきかは簡単に判断出来ないけれど、この場では閉じ込められている相手を助けた方がいいのではないか。


 咄嗟に考えついた思考は、全てパスティカに通じていた。


「わかった! 私は支援しか出来ないから、あなたが連中を捕縛してちょうだい」

「了解」


 ここでもまた対人戦か。だが、致し方ない。


「パスティカ、私に幻影をかぶせて、外見を変える事は出来る?」

「もちろん」

「じゃあ……」


 注文を出したティザーベルは、パスティカの準備が整うと同時に馬車のドアを開けて飛び降りた。結界は馬車と自分の両方に張っておく。


 まだ走っている馬車の前方には、確かに複数の人間が騒いでいる。彼等の中央に、うずくまる三人の人物。三人は全員、黒いフードつきのマントを羽織っていて、ここからでは外見はわからない。


 結界と幻影のおかげで音もなく近づいた馬車に気づいたのは、包囲している連中の一人だ。


「☆! @*※△!!」

「@!?」

「○△※!!」


 驚き、こちらに武器を向ける男達。相変わらず言葉はわからないが、どう見ても、まともな職の人間ではない。


 薄汚れた服、髭だらけの顔、武装だけはそれなりで、胸当てと剣、すね当てを使っている。装備がバラバラな辺り、盗賊か何かか。


 もっとも、今彼等の目に映っている自分も、相当おかしな格好だろう。黒いローブで全身をすっぽり覆い、顔には仮面をかぶっている。これなら顔だけでなく、性別も判別しづらかろう。


 ティザーベルは手を横に払う仕草をして、術式を展開する。今回は馬に乗っている訳ではないので落馬させて意識を狩る訳にもいかないので、電撃を使用した。


 くぐもった声を上げつつ、全員が倒れる。馬車を作る際に出た端材で作っておいたロープを魔法で動かし、全員を縛り上げて端に転がした。


 結界内の三人は、息も絶え絶えという状態だ。結界に魔力を吸い取られているのなら、魔力枯渇に陥っているのだろう。


 結界を解きたいのだが、魔法道具はどこにあるのやら。


「捕縛した男の懐よ」


 パスティカのささやき声が耳に入る。魔力の糸で探ると、確かにそれらしき道具を見つけた。


 水晶玉のようだが、何やら色が濁っている。さて、これをどうすれば結界を解除出来るのやら。


 首を傾げていると、またしてもパスティカからのささやき声が聞こえた。


「これ……なるほど、あまりいい出来のものではないから、壊しちゃっていいわ」


 その言葉に従い、無言のまま水晶玉もどきを魔力の糸で粉砕する。すると、目の前にあった結界が消えた。


 内部にいた三人は、既に意識がないようだ。


「どうするかね? この人達」

「放っておく訳にもいかないんじゃない?」

「かといって、連れて行く訳にも……ん?」


 怪我などはしていないか見ようとフードを外した下から現れたのは、先がとがって長い耳である。


「これはもしや……エルフとかいうやつ?」


 まさか見知らぬ大陸にきて、あの有名な種族に出くわすとは思わなかった。

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