百三十五 出発
足に軽い身体強化をかけて、村まで駆け抜ける。戻ったクピ村は大騒動の真っ最中だった。
「もしかして……」
あの土埃が原因だろうか。魔物の集団が来たのか、それとも……
「ここにいたのか!? 探したぞ!!」
呆然と立ち尽くしているところに、声がかかった。ジンストだ。彼は手に銛を持っている。漁の時に使うものだろう。
「なにかあったんですか? 村の向こうから土埃が見えたけど……」
「ああ、物見の話じゃ、盗賊らしい。女子供は既に避難している。あんたも――」
「手を貸します」
「はあ!?」
ジンストの言葉を遮ってティザーベルが言うと、彼は驚きあまり間の抜けた声を出した。
「大丈夫。私、冒険者で魔法士です」
「え……」
何故か、今度はジンストの顔色が悪くなる。どうかしたのだろうか。
「ちょっとこっちに!!」
そう言って、彼に腕をつかまれ建物の陰に潜んだ。周囲を伺ってから、ジンストは小声で囁く。
「ここで、魔法は使わない方がいい。この辺りじゃ、魔法は禁じられているんだ」
「え?」
「何でだかは俺もよく知らん。だが、魔法を使うとわかったら、あっという間につるし上げを食らっちまう。こんな小さな村でも、疑われたら生きてはいけない」
魔法が禁じられた土地。その言葉に、パスティカから教えてもらった自然派の存在を思い出す。
少し考え込んだティザーベルは、一つ頷くとジンストに向き直った。
「どのみち、ここは出て行きますので、そのついでに盗賊共をまとめておきますよ。後で引き取ってください」
「え? おい、ちょっと!」
「ろくな挨拶も出来ないで、ごめんなさーい! その代わり、あの盗賊共はきっちり縛り上げておくんでー!」
背後からジンストの声が聞こえてくるが、ティザーベルはあっという間に彼を引き離して村を出た。村民は盗賊の襲撃に備えるのに精一杯で、余所者が消えた事になど関心を持たない。
村を出たティザーベルは、高台から見た街道を進み、盗賊共の一歩手前まで来た。脇に逸れて移動倉庫の中身を確認する。
「一応、縄もあるね。んじゃこれで……」
いつものように魔力の糸を伸ばして盗賊達の位置を確かめると、そのまま糸で全員馬から引きずり下ろす。
いきなり落馬した盗賊達は混乱している。その隙に、縄を放り上げて魔法で操ると、あっという間に全員後ろ手に縛り上げた。
そのまま走り去りそうだった馬も何とかなだめ、一頭も逃がしてはいない。
「……手慣れてるわね」
「……よくやってたからね」
呆れているのか関心しているのかわからないパスティカの言葉に、ティザーベルは遠い目になりながら返す。
人外専門のはずなのに、何故か盗賊やら雇われたごろつきやらを締め上げる羽目になり、何度となく対人相手をさせられた結果だ。
「さて、こいつらこの場に転がしておいて大丈夫かしら?」
「平気じゃないかしら。そろそろ、村の方から男達が来るわよ」
どうやら、パスティカは星の目を使ってこの辺りを上空から見ているらしい。ありがたい情報を得たので、盗賊達は放っておいて、馬二頭を見繕いその場を後にした。馬は村で引き取るなり売るなりすればいい。
背後からは何やら盗賊達が喚く声が聞こえるけれど、言葉がわからないので何を言っているのか理解出来なかった。大方、こちらを罵る言葉を言っているのだと思う。
ティザーベルは乗馬は出来ない。なのに馬を連れてきたのには訳がある。
「本当に馬車を作れるのかな……」
「大丈夫よ。やり方はもうわかってるでしょ?」
「それはそうだけど……」
これから木を伐採し、馬車を作って馬に引かせるのだ。二頭連れて来たのはその為である。
ここが帝国なら、あの盗賊共を街に突き出せば報償金がもらえるのに。まず間違いなく、帝国の通貨はここでは使えない。生活は何とかなるにしても、手持ちの現金がないのは心許なかった。
出来ればどこかで稼いでおきたいのだが、まずここいらのやり方を覚える必要がある。
「こっちでも冒険者的仕事があればいいけど」
もっとも、ジンストが言っていたように、魔法が禁じられてるのであれば、色々と考えなくてはならない。
何はともあれ、今は目の前の事に集中しなくては。
「ふう……」
盗賊共を捕縛した場所から少し離れた森の中。ティザーベルは、周囲の木を切り倒していた。
「普通、こういった場所も領主のものだから、見つかったら咎められるんだけどねー」
「監視の目がある訳じゃなし、見つからなければ平気よ」
パスティカの言うように、森番がいるような場所ではないので、少しばかり切り倒したところで見つかるとは思えない。
それでも後ろめたさを感じるのは、小心者だからか。
「で、これを加工するのよね」
「そうよ。一旦分解して再構成するの。その際に、魔力を添加して強度を上げるのよ。まあ、この辺りの木だと気休め程度でしかないけど」
この近辺にある木は、建材に向いたものではない。よくて薪材程度か。だが、パスティカが指導する方法を使えば、ある程度強度のある木材に変化させる事が出来るという。
「やり方はもうあなたの頭にすり込んであるから、手順は大丈夫でしょう?」
「そうねー。設計図まで刷り込んでくれてありがとー」
やや投げやりに言いつつも、パスティカから受け取った手順と設計図に従って作業をしていく。
二頭立ての、普通の箱馬車だ。全て木製なので、車内や御者席には手持ちのクッションを置くつもりでいる。
車輪まで木製なのはどうかと思うけれど、土台部分の強化は強めにしておく。壊れたら、また同じものを作ればいいのだ。
うずたかく積み上げた木を前に、魔力で術式を編んでいく。ぶっつけ本番だ。分解と再構成、その際にどのような形にするかまで、全て盛り込んでいく。
これまでとは魔力の扱いそのものが違っているので不安もあるけれど、いつかは馴れさせなければならない事だ。
編んだ術式は積み上げた木の上に光りの紋様を作り、それが静かに下りていくと、光の粒になった木が上に向かって吹き上がり、下りていく時に形を作っていく。
完成まで、わずか数分。一番時間がかかったのは、伐採ではないだろうか。
目の前には、何の変哲もない箱馬車がある。両側には大きな窓もあり、薄く色の付いたガラスがはまっていた。
「……ガラスの原料なんて、さっきの木材の中にあったっけ?」
「これはガラスじゃないわよ? 樹脂を精製して固めたものなの」
半透明ではあるけれど、ガラスよりも硬く割れにくいのだとか。こんなものがはまった馬車は、果たして一般的なのだろうか。
考えると止まらなくなるので、一旦脳内の棚に上げておく。
「えーと、後はこれと馬を繋げばいいのか」
「それは私がやるわ。御者も務めるから、大丈夫よ。あなたは中で休んでいなさいな」
パスティカの申し出は嬉しいものの、妙にはしゃぐ彼女に一抹の不安が消えない。
「……何でそんなに嬉しそうなの?」
「え? そんな事ないよ?」
嘘だ。何か裏があると言っているようなものではないか。とはいえ、ここで問い詰めたところで、パスティカが話すとも思えない。
「まあいいか。じゃあ、よろしくね」
「了解」
そう言って御者席に向かうパスティカの背に、一つ思い出した事がある。
「あ、ねえ。この近くの地下都市って、ここからどのくらいの距離なの?」
「そうねえ……普通の馬が引く馬車の速度が大体……だから……うん、この馬車で、おおよそ三十五日くらいかな」
「はあ!? そんなに離れてるの!?」
一ヶ月以上ではないか。驚くティザーベルに、パスティカはしれっと返す。
「直線距離なら二十日かそこらだけど、いろいろ迂回しないといけないから、そのくらいかかると思うわ。単純計算だけど」
という事は、一ヶ月以上かかる事も覚悟しなくてはならないという事だ。呆然とするティザーベルに、パスティカは軽く言った。
「だから早いとこ出発しましょ。乗った乗った」
背を押されるようにして乗った馬車の乗り心地は、存外悪くない。それだけが救いと言えば救いだった。
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