大陸探索編
百三十三 見知らぬ村
ふわふわとした感覚の中、ティザーベルはまどろんでいた。遠くで声が聞こえるけれど、今はもう少し寝ていたい。
『ダメよ! 起きて!!』
いきなり、脳内に大音量が響く。パスティカだ。
『早く起きて、早く!! 大変な事が起こったんだから!!』
起きてと言われても、まぶたが重くて開けられない。それに、どういう訳か、指先一本動かせないのだ。
――あー、これ、意識は起きてても、体が起きていないやつだ。
いわゆる、金縛りだった。頭の中ではパスティカが早く起きろとうるさいし、起きようにも体が動かず起きられない。金縛りの時は、妙に焦る気持ちが出てくるけれど、今のティザーベルも焦っていた。
意識は起きているので、音は聞こえる。眠るティザーベルの耳に入ってきたのは、聞いた事のない声だ。
「☆@※△×」
何を言っているのか、わからない。その時、ようやく指先が動いて、体を起こす事が出来た。
「@☆、※△◆*」
勢いよく起き上がった彼女の視界に写ったのは、褐色の肌をした女性だ。年の頃は三十後半くらいだろうか。
帝国では見ない、布を巻き付ける形の衣装を着て、何やら一生懸命こちらに何かを言っているのだが、何を言っているのか理解出来ないのだ。
「参った……」
「☆※*? ◆△○※@ー!!」
女性は、何やら大声を上げながら、部屋から出て行ってしまった。一体、彼女はなにを言っているのか。地下の都市にいたはずの自分が、何故見知らぬ部屋にいるのか。
ティザーベルが寝ていた部屋は、小さな何もない部屋だ。床や壁は木製で隙間があり、どうにかすれば外が覗けそうである。
「えーと……パスティカ、いるの?」
『今はあなたと同化してるわ。ここがどこか、今調べているから、少し待って』
右手を見れば、あの痣が見える。その事に、心のどこかでほっとした。
『一体、何があったのか、教えてくれる?』
『動力炉に、罠が仕掛けられていたのよ! 全く、過激派共が!!』
今まで聞いた事がない口調で、パスティカが怒りを露わにする。おそらく、大事な動力炉に敵の侵入を許してしまった事に対する怒りだろう。
――あれ? そういえば、動力炉までのルートって、やたらと面倒だったけど、過激派達はどうやってルートの情報を得たんだ?
考え込むティザーベルの耳に、何やら人の話し声が聞こえてきた。やがて、部屋の入り口にかけられたカーテンが開けられる。
「……目が覚めたのか」
「! 言葉!!」
目の前の男性が話したのは、紛れもなく帝国語だ。少し訛りがあるけれど、間違いない。
「こ、ここ、どこですか!?」
「落ち着け。まだ体がきついだろう。あんた、浜辺に打ち上げられていたんだ」
男性の言葉は、衝撃以外の何者もでない。ラザトークスの大森林の地下にいたはずなのに、どうして浜辺に打ち上げられていたのか。
「あんたを見つけたのは、うちの息子なんだ。それで、いきなり聞くのはどうかと思うが……」
そう言い置いてから、男性が聞いてきた。
「あんた、帝国の人間だよな?」
「ええ……はい?」
何故、そんな当たり前の事を聞くのか。そう思ってすぐ、先程の言葉が通じない人の事を思い出す。
「あの、ここって……」
「ここはクピ村。帝国とは違う国だ」
ティザーベルは、開いた口が塞がらなかった。
その後、男性――ジンストによれば、ティザーベルが見つかったのは昨日の夕方だそうだ。
潮と泥で汚れていた為、ジンストの妻が水で拭いて着替えさせてくれたという。確かに、見下ろしてみれば、見慣れぬ衣装だ。どことなく、和服を思い出させる形だった。
「ありがとうございます。ご面倒おかけして……」
「この村では、海から来たものはなんであれ受け入れるという風習があるんだ。だから、女房も息子も、他の村人達もあんたの事は受け入れてくれるよ」
少し引っかかりを感じる言葉に無言でいると、、ジンストはふと遠い目をした。
「俺は帝国の西端にある漁村の漁師でな。若い頃に無茶して沖合に出た際、嵐に遭遇したんだ。船も壊れて海に投げ出され、これでもう終わりかと思ったんだが、気づいたらこの村に流れ着いていた」
最初は言葉もわからず、苦労したという。それでも徐々に村に馴れ、言葉を覚えていくうちに、この村の人間になっていったそうだ。
彼もまた、海から来たものであり、風習によって村に受け入れられたという訳だ。
「あれからもう十五年。すっかりこの村の人間になったよ」
「故郷に家族は……」
「親がいるだけだ。結婚を約束した相手はいたけれど、今頃別の相手を見つけてるだろう」
沖合に漁に出て、帰ってこないとなると、まず生存は絶望視される。自分はもう死んだものと扱われているというのは、当然の予測だ。
彼はこの村で伴侶を得、仕事も同じ漁師として生活しているという。
「帝国に比べるとのんびりした村だけど、住んでみればいい場所だよ」
先程の受け入れ云々といい今の言葉といい、暗に帝国に帰るのは諦めろと言っているのだろうか。確かに、帝国とは相当距離が離れているようだけれど。
――船と方向と距離がわかれば、多分何とかなるはず……
櫂でこいだり風を当てにせずとも、魔法で水流を操れば高速での航行が可能だ。とはいえ、帝国がどこにあるのか、現在位置からどの方向へ行けばいいのかがわからなければ、海上で遭難するだけである。
いや、それよりも、今は確かめなくてはならない事があった。
「ジンストさん。浜には、私だけでしたか?」
「ああ。……もしかして、仲間がいたのか?」
「ええ」
「そうか……残念だったな」
可哀想なものを見る目に一瞬いらついたが、彼が悪い訳ではない。本当に、ヤード達の生存は絶望的なのだろうか。
『生きてるわよ』
「え!?」
「どうかしたか?」
「い、いえ……」
いきなり脳内に響いたパスティカの声に、驚いてつい声を出してしまった。ジンストが不思議そうな顔をしているけれど、何とか誤魔化しておく。
「まあいい。まだ体調も万全ではないだろう。食事の仕度が出来たら呼びにくるから、それまで寝ているといい」
「ありがとうございます……」
ジンストが部屋を出た後、念のため結界を張って外に音が漏れないようにしてから、パスティカに確認した。
「おじさん達が生きてるって、本当!?」
「本当よ」
彼女はすぐに実体化して、ティザーベルの目の前に浮かぶ。
「今現在地を割り出しているけれど、この大陸で生きている事は間違いないわ」
「そう……良かった……」
支援魔法疑似生命体は、基本的に嘘が吐けない。言いたくない事があれば、沈黙するのみだ。
そのパスティカが「生きている」と断言したのだから、確かなのだろう。
「ちなみに、どうやって場所を割り出すの?」
「あの二人の生命反応はもう記録してあるから、後は『星の目』で探すだけよ」
「星の目?」
「天高く廻る、魔法技術で作り上げた偽物の星、それに取り付けられた目があって、世界中の事が見えるの」
「人工衛星……」
進んだ魔法技術を持った超古代の社会では、宇宙進出も考えていたらしい。各都市が一つずつメインの衛星を飛ばしているので、大きなものでも十二個ある。パスティカが使った星の目は、五番目の都市が打ち上げた衛星のものだ。
「ねえ、その衛星を使えば他の都市の場所もわかるんじゃない?」
思いつきを口にすると、パスティカは残念そうに首を振った。
「残念ながら、それは無理。地上から見てわかるようには作られていないのよ」
「大森林のような場所を探せばいいんじゃないの?」
魔の森と呼ばれたあの大森林が、実は疑似植物の森であり、地下にあった研究実験都市の為の外部情報取得端末と聞いた時には驚いたものだ。
だが、他の都市も同様な作りだと仮定すれば、逆にそれが地上の目印にならないか。
ティザーベルの提案に、パスティカは再び首を横に振る。
「都市の上部の疑似植物群の事? あれは五番都市特有のもので、他の都市だとまた違うものを外部の情報取得用に使っているって聞いてる。その情報があれば、何とか……あ!」
「どうしたの?」
「そうよ、その手があった!」
何やら一人盛り上がるパスティカに、置いてけぼりを食らったティザーベルはついて行けない。
「詳しい事は、後で説明するわね。今はこっちに集中するから!」
そう言うと、パスティカは姿を消してしまった。
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