百三十一 コピー

 遠くで、誰かが呼んでいる声が聞こえる。


「――ベル! ティザーベル! しっかりしろ!!」

「あ……れ……」


 目を開けたら、ヤードの顔があった。あまり見ない必死な表情に、何だか不思議な気分になる。


「大丈夫か!? 嬢ちゃん」

「おじさんも……私……」


 そこではたと気づく。パスティカが急降下してきて、その後右腕が熱くなり、そこから先の記憶がない。


 右手の甲には、意識を失う前に見た紋様が残っている。そういえば、ぶつかったはずのパスティカはどうしたのか。


「もう大丈夫。パスティカは?」

「わからん」

「嬢ちゃんにぶつかったと思ったら、まぶしく光ってな。その後、嬢ちゃんが倒れて、あのちっこいのの姿は見当たらねえ」


 どういう事だろうと首を傾げていると、頭の中に直接響く声があった。


『私ならここよ』

「パスティカ!?」

『言ったでしょ? あなたとは一心同体だって。私を構成している魔力要素はほぼ全てあなたのものだもの。こうやって同化も簡単に出来るのよ』

「同化……」


 そういえば、彼女は魔法疑似生命体だと予備機能が言っていた。


「どんだけ不思議生物よ、魔法疑似生命体って……」

『不思議生物ではないわよ! 魔法疑似生命体は、文字通り魔法で生物に似せて作り上げられた存在。決して本物の生き物ではないのよ』


 何だか、少し悲しい響きのある内容だ。しんみりしていると、ヤード達からの視線を感じる。


「どうかした?」

「咄嗟にかばったが、頭でも打ったか?」

「さっきから独り言をブツブツ言ってるから、嬢ちゃんがおかしくなったのかと思ったんだよ」


 なかなか酷い言いようだが、確かに端から見たら独り言を言っている危ない人だっただろう。


 二人に、先程パスティカから「聞いた」内容を説明する。やはり、二人とも驚いていた。


「……その、まほう、ぎじ……せいめいたい? ってのは、そんな事まで出来るのかい?」

「らしいよ。現に、今は私の中にいる。っと、パスティカから二人に伝言。また少し私の意識が飛ぶみたいだから、その間の事はよろしくって」

「またかよ。今度はどのくらいだ?」

「さっきの十倍程度だってさ。私、どのくらい意識失ってたの?」

「そのくらいか。いや、嬢ちゃんが意識を失ってたのは、ほんの少しだな。教会の鐘が鳴り終えるよりも短えよ」


 鐘云々は帝国でよく使われる比喩表現で、数分程度の事を指す。という事は、これから意識を失っても一時間以内には目を覚ますという事か。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってこい。って、何処に行くのか知らねえけどよ」

「後の事は任せておけ」


 レモとヤードの言葉を聞き終えてすぐ、ティザーベルの意識は途切れた。




 意識が途切れたというよりは、いきなり知らない空間に飛ばされたという方が正しい。


「ようこそ、内部意識の世界へ」

「あ、パスティカ」

「これから、私の持つ知識をあなたに教えるわ。もちろん、ちんたらやったりしないわよ。私の記録をあなたに写していくの」


 それはソフトのインストールというものではなかろうか。どうやらこれは強制で、ティザーベルに拒否権はないらしい。


「さあ、じゃあ行くわよ」


 パスティカの小さな指が向けられた。それと同時に、何かが頭の中に流れ込んでくる。


「う……うえ……」


 乗り物酔いをした時のような、気分の悪さを感じた。


「あ、たまに気分が悪くなる事もあるって聞いたけど、実際の肉体には影響が出ないから大丈夫よ」


 どこが大丈夫なのか。文句を言いたいけれど、口を開いたら何かがあふれ出てきそうで、怖くて出来ない。


 口を押さえて耐える事数分、やっと吐き気が治まってきた。それと同時に、頭の中に流れ込んでくる知識も止まったらしい。


「さあ、これでいつでも引っ張り出せるわ。どう?」

「何か……変な感じ……」


 先程までわからなかった事が、根本から理解出来るこの不思議さ。教わった訳でもないのに細かい知識があるというのが、こんなに奇妙なものだとは知らなかった。


「記録が定着するまで、少しだけこのままにしておくから」

「そうなんだ……あー、本当に何か変な感じ」


 知識があるからか、大森林の魔力の件も理解出来た。ここの上が特別異質なのではなく、元々魔力とは人の中で作られるものと、土地などから湧き上がるものとで別物である。


 本来は外の魔力を取り込んで使う事こそを魔法と呼んでいたのだが、古代の技術が途絶えた際に、体内の魔力のみを使う別の魔法が作り上げられた。


 帝国内ならそれでも問題はないが、大森林の奥地は別地域となっているらしい。湧出魔力の質が大分違う。


 これまで帝国の魔力の質に体内の魔力を無意識のうちに合わせてきたから、違う質の魔力の土地では、魔力を合わせるのが間に合わず、利きが悪い状態になっていたのだ。


 それも周囲の魔力を取り込んで魔法を起動すれば解決する。


 ――この情報だけでも、ネーダロス卿が飛びつきそうだわ……


 外部の魔力を取り込む方法は、そんなに難しくはない。慣れてしまえば魔法士ならば簡単に出来るだろう。


「それにしても、魔法疑似生命体って、こんな事まで出来るんだね」

「私は特別よ。この都市を支える支援型として作られたから。だから名前も都市と同じパスティカ。支援型には、その都市の名前がつけられるの」


 てっきり以前言っていたように、番号が振ってあるだけかと思っていたら、ちゃんと都市に名前があったようだ。


「じゃあ、他の都市の支援型も、その都市の名前って事? ここ以外にも十一の都市があるんだよね?」

「その通り。ちなみに、都市の名前は神話の十二女神から取っているのよ」

「つまり、パスティカの名前も女神様の名前って事?」

「ええ」


 帝国にも教会はあるし、神話も子供の頃によく聞くお話だ。だが、パスティカという名前も、十二の女神の事も聞いた覚えはない。


「一度文明が途切れたから、神話の類いも消失しているんだと思うわ」

「あれ? 私、口に出した?」

「ここはあなたの内部意識世界よ? しかも、私は今あなたと同化しているんだから、考えた事は全てわかるわ」


 思っただけで考えが筒抜けとは。うかつな事を思い浮かべられない。


「えー、えーと、もらった知識の中に、都市間移動ってのがあるんだけど」

「ええ、移動する都市同士が連携していれば、使えるわ。でも、今はどの都市も凍結中だと思うから、まずはその解除をしないと」

「そうなんだ……」


 都市間移動とは、そのままの意味で都市間で魔法を使った瞬間移動が行えるようなのだ。


 それを使えば、他の都市遺跡にも行けるかと単純に考えただけれど、そううまくはいかないらしい。


 これもパスティカからの記録のコピーだが、帝国のある大陸は大分小さいものだ。その西側に、地球で言うところの南北アメリカ大陸並の大陸が、東側にはユーラシア大陸より少し小さいくらいの大陸が広がっていた。


 都市の場所については、記録がない。


「パスティカ、他の都市の座標の記録はないの?」

「警備上の問題で、位置情報はないの。都市間移動が出来るから問題なかったんだけど……」


 全ての都市が凍結されている今、都市間移動は使えない。そして、他の都市の場所がわからなければ、凍結解除も出来ないのだ。


 出来れば全ての都市の凍結解除くらいはしたい。再起動をするかどうかは、その時に考えればいいのだから。


「ま、他の都市の前に、ここよね」

「ようやくやる気になったのね!」

「まあね。起きて、動力炉に行きましょうか」

「ええ!」


 嬉しそうなパスティカの顔を見ながら、意識が遠くなった。目を覚ませば、あの部屋に戻っているだろう。


 さあ、次は動力炉を起動して、都市機能の再起動だ。

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