百三十 失われたもの
ひとしきり笑ったパスティカに、再び問いをぶつける。
「それで? ここが私達の依頼主が探していた遺跡だとして、どうして廃棄された訳?」
「廃棄じゃなくて、凍結されたのよ。理由は、人同士の争い」
「争い?」
ティザーベルの確認の言葉に、パスティカは頷いた。
「この都市が現役の頃、世界中にここと同程度の魔法の研究実験都市があったわ。数は全部で十二。ここ『パスティカ』は五番目の研究実験都市よ。当時は魔法技術が進んでいて、さらなる技術開発の為に、各都市が造られたの」
この部屋を見ただけでわかる程の高い技術を、六千年前の人々は既に獲得していたという訳だ。
だが、そんな世界に新たな風潮が生まれる。
「自然派。魔法による利便性を捨て去り、あるがままの姿で生きていこうという考えの一派よ。それらはあっという間に一大勢力になり、やがて魔法研究を敵視するようになった。まあ、背景には厄介な権力闘争も絡んでいたんだけど」
何せ魔法研究は利益を生むから。パスティカはゆがんだ笑みを浮かべて言い捨てた。
「で、その自然派の中でも過激派と呼ばれる連中が、各地で事件を起こすようになったの。それが第一次魔法闘争よ」
「第一次って事は、第二次もあるって事?」
「結局、大きなものだけで四回。細かいものなら数え切れない程あるわ」
世界的にも、かなり大きな問題になったようだ。自然派の中には、魔法技術を攻撃せず、自分達の理想とするコミュニティーを築く方へシフトした者もいたそうだが、残念ながら、大部分が過激派に飲み込まれたらしい。
「で、その第四次魔法闘争の際に、彼等は手を出してはならないものに手を出した。それが元で、この都市は凍結されたの」
「一体、何に手を出したの?」
「細菌兵器よ」
パスティカの言葉に、ティザーベルの背筋が凍った。ヤードとレモはぴんと来ないようだが、彼女はこの言葉の恐怖を知っている。
「……どんな、細菌を使ったっていうの?」
「感染力が高く、かつ死亡率の高いもので、過去の魔法士達が総力を挙げて絶滅させたっていう代物。それを、あいつらは過去の文献から探し当て、復活させてしまった」
前世で例えるなら、天然痘かペストをよみがえらせて感染させまくったようなものか。とんだバイオテロだ。
そこで、一つの危険性に気づく。自然派とやらの攻撃目標が魔法技術全般であり、この都市が凍結された理由が彼等の攻撃によるものだとしたら、ここにもその細菌がまだいるという事ではないのか。
「何考えてるかはわかるけど、ここに危険な細菌はもうないわよ」
「そう……」
「換気機構に浄化機能が付いてるから、それを利用して都市内の完全滅菌がなされたから。でも一足遅かった。奴らは細菌の入った容器をいくつも都市に持ち込んでいて、あっという間に内部の人間が死滅してしまったの」
いくら高い技術力を持っていても、数の暴力には敵わなかったというところか。自然派の連中がどうやってテロを敢行したか、あまり考えたくはない。
「都市の凍結は、自動で?」
「いいえ。あなたの前任者が凍結させたわ。その際、感染源になり得るものは全て廃棄して」
遺体の事だろう。街に死骸は一つも転がっていなかった。いくら六千年経ったとはいえ、放置してれば骨くらいは残っていてもおかしくないのに。
それにしても、前任者が都市を凍結させたとは。
「前任者は、その後どうなったの?」
「凍結時点で感染していたから、おそらく都市凍結後に亡くなってると思う」
「そう……」
ここに亡骸がないという事は、予備機能が最後の所有者の「処分」を行ったのかもしれない。
パスティカを介して予備機能に確認すればわかるかもしれないけれど、今知ったところで意味はない。
考え込むティザーベルに、レモが声をかけた。
「……お話中悪いんだがな、嬢ちゃん達の話している内容が、半分もわかんねんだけどよ」
そういえば、二人の事を失念していた。
何とか都市の凍結、その理由、対立構造などを説明し終え、一息吐く。結局この部屋にテーブルと椅子を出して、ちょっとしたティータイムにする事になった。
「なるほどなあ。そんな昔から、人間の敵は人間かよ」
「まあね」
権力絡みがあったとはいえ、思想の違いから殺し合いをするのだから、人間というのは救えない。
「それにしても、病気を人の手で作り出して、しかも大流行させるとはなあ」
「正しくは、過去にあった病気を復活させたって感じ」
文献に残っていた程度で復活させる事が出来たというのは疑問だが。それだけの技術を、自然派はどこでどうやって手に入れたのか。
考え込むティザーベルの耳に、レモの声が響く。
「こんな街が、他にも十一もあるってえのも、凄え話だよ」
その一言で、ふと気になった事があった。
「そういえば、他の都市はどうなってるの?」
普通に考えるなら、都市としては滅びていても不思議はない。だが、ここが六千年保存されていた事を考えると、もしかしてという考えが浮かぶのだ。
だが、パスティカからの返答はなかなか重いものだった。
「私が冬眠状態になる時に入った最終報告では、十二の都市のうち半数以上がここと同様の事が起こって、凍結状態に入ったって」
「同時多発テロ……」
おそらく、自然派の中の過激派達は、同時刻に十二の都市に攻撃を仕掛けたのだ。都市同士の連携も視野に入れた作戦ではないか。
現に、パスティカが他の都市からの情報を記録している。
「他の都市も凍結状態になっているとすると、ここと同じように都市だけ残っているのかな?」
「おそらくは。ここはあなたが来てくれたから凍結解除が出来たし、再起動も可能だわ。都市機能を取り戻せれば、他の都市の予備機能と交信が出来るの。そうすれば、今どんな状態になっているか、もっと詳しくわかるんだけど」
「その為には、動力炉を起動する必要があるんだっけ?」
「そう。一度起動しちゃえば、動力炉は地上の魔力を取り込んで活動維持が出来るから、都市を離れても問題ないのよ」
「へー……」
パスティカに聞いた、大森林の木が全てこの都市の為の装置だというのを思い出す。そういえば、奥地にだけ異質な魔力があるのも、この都市のせいなのだろうか。
「ねえパスティカ。地上の大森林は奥地……というか、中心部に向かえば向かう程魔力が異質になるんだけど、それはやっぱりこの都市が原因?」
「異質? おかしいわね……そんなはずはないんだけど……ちょっと待って」
そう言うと、彼女はまた固まる。予備機能とコンタクト中の姿だ。しばらくそのまま待っていると、パスティカが軽い溜息を吐いた。
「やっぱり、魔力が異質って事はないわ。勘違いじゃない?」
「そんな事はないわよ。外側から森に入ると、一定の場所から魔法が効きづらくなるんだから」
「そうなの? 変ねえ……」
首を傾げるパスティカに、そういえばとティザーベルが左腕に嵌めっぱなしのバングルを見せる。
「これを嵌めていると、普通に魔法が使えるんだけど」
「どれどれ……うわ、何この原始的な代物は」
「原始的……」
「回路も何もなっちゃないわよ! あー、本当に技術が途絶えちゃったのねー」
頭を抱える彼女を眺めつつ、これが原始的なのかとショックを受けた。使い勝手が良かったのに。
なんとなく指先でバングルの表面をなでていると、パスティカが言った。
「どうして異質と思っているのか、わかったわ。あなた達が使う魔法の根本が違うのよ!」
パスティカは右人差し指をびしっとティザーベルに向ける。
「この『パスティカ』の所有者になったからには、私の知っている技術の全てを覚えてもらうわよ!」
「え!?」
「そうすれば、どこへ行っても魔法が使えないなんて事はなくなるから」
パスティカはまたしても腕を組んでふんぞり返っているけれど、本当だろうか。
既に失われた魔法技術、くれると言うのなら喜んで受け取る。
「覚えるって、本で? それとも別の教材?」
「はあ? 何言ってるのよ。私がいるのに、そんなまだるっこしい事する訳ないでしょう? こうするのよ」
パスティカは一度天井付近まで飛んだかと思ったら、ティザーベル向かって急降下してきた。
当たる、そう思って手でガードしたけれど、何か熱い塊が腕に張り付いたように感じる。
「あっつ!!」
慌てて振り払うも、熱さはすぐに消えた。よく見たら、右手に見た事もない紋様が刻まれている。
「何これ――」
言葉の途中で、ティザーベルは意識を失った。
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