百二十九 六千年
あの後、同じフロアにある多目的ホールを借りて家を出し、一晩ゆっくり休んだおかげで魔力は回復した。
「あー……何だか長い夢でも見ていた気分……」
「まあな」
「一日に起こる出来事にしちゃあ、ちょいと濃すぎるわなあ……」
ヤードとレモも、昨日のあれこれはさすがに胃に重かったらしい。朝食の席でも、げんなりした表情をしている。
なんとなく重苦しい空気の中で朝食を終えると、室内に昨日のパスティカが無断で入ってきた。
「おはよー! さあ、魔力は回復したかしら!? いよいよ動力炉を再起動出来るなんて、わくわくするわね!」
「……その前に、無断で他人の家の中に入ってきちゃいけません」
朝からエンジン全開のパスティカに、ティザーベルは無表情でマナーを説く。昨日の今日で乱入されるのは、気に障るのだ。
だが、パスティカはティザーベルの機嫌など、お構いなしだった。
「えー? 私とあなたの仲じゃない」
「どんな仲!?」
昨日見つけたばかりだというのに、何を言っているのかこの動く人形は。引き気味のティザーベルの前で、パスティカは小さな胸を張って言い切った。
「魔力を分け合った、な・か。私達にとって、魔力って自分の血肉と同様なのよ。今の私を構成している魔力は、殆どあなたのものなの。だから、あなたと私は親子よりも濃い仲って訳」
「何かすっごい嫌」
「なんでよー!?」
拒絶されたのが意外だったのか、パスティカはティザーベルの周囲を飛び回りつつ、前言撤回を要求する。
「この! 私と! 非常に親しいと言っているのよ!? 少しは嬉しそうになさいよ!」
「いやいやいや、結構です」
「ムキー!!」
そんなコントを繰り広げている二人に対し、レモからの冷静な意見が来た。
「遊んでねえで、今後の事を話し合いたいんだがねえ?」
確かに、彼の言うとおりだ。本来、オダイカンサマ達が受けた依頼は、大森林にあるという古代遺跡の調査である。
その中には、地下都市に関わり合いを持つなんて事は含まれていない。だが、パスティカが求めているのは、それだろう。
とはいえ、現時点でどう関わるのか、全く先が見えないのだけれど。
「とりあえず、場所を変えない?」
ティザーベルの提案で、場所を変える事にした。パスティカがいた台座のある部屋だ。
入ったところ、部屋に変化は特にない。台座はどこかに収納されたのか、影も形も見えなかった。
そんな中、パスティカが明るく言い放つ。
「で? 今後の事って、何を話し合うの?」
「その前に!」
今にも勝手に動き出しそうな彼女を止めたのは、ティザーベルだ。
「今が一体どういう状況なのか、知りたいんだけど」
「うーん、そうね。実は私も目覚めたばかりだから、眠ったのがいつなのか、よく知らないし。いいわ、ちょっと調べてみましょう」
パスティカはそう言うと、何やら黙り込む。そのまましばらく待っていると、いきなり彼女はふらふらと床に落ちた。
「ど、どうしたの?」
「……嘘でしょ? 私が冬眠状態になってから、六千年も経ってるなんて」
「え?」
「今、予備機能と交信したのよ。その後の都市の状況を知りたくて。そうしたら、私が冬眠状態になってから、約六千年経ってるって……」
ティザーベルは、ヤード達を顔を見合わせる。どうやら、無線のようなものでその「予備機能」とやらから情報を引っ張り出せるようだ。
「そもそも、予備機能って何?」
「都市機能が凍結された際、最低限の活動が行えるよう設計された副次的機能の事。これのおかげで、外でどれだけ時間が経ったかとか、他の止めちゃいけない機能が生きられて、都市が完全に停止しないようになってるの」
どうやら、名前の通り機能を絞ったサブシステムのようだ。この部屋で最初に聞いた声も、サブシステムの機械音声だろう。
そのシステムが生きていたからこそ、都市が今の形を保てていたのだし、パスティカも冬眠解除が出来たのだ。
その予備機能は、都市機能が復活していないので、未だに稼働中だそうだ。予備機能は、都市機能の完全復活を持って休眠状態に入るという。
「ねえ、その予備機能の中に、上の建物の維持管理も含まれていたりする?」
「上の建物?」
ティザーベルの問いに、パスティカが怪訝な顔をした。彼女は、大森林のど真ん中にある石造りの建物を知らないのだろうか。
それを教えると、何やら考え込んでいた。
「……なるほど。私が眠っていた間に、そんな事になってたんだ」
「何?」
どうやら、考え込んでいたのではなく、サブシステムとお話ししていたらしい。
「あなたが今言った大森林ってこの都市の真上にある森の事よね?」
「え? この遺跡って、山の下にあるんじゃないの?」
「は? この都市の上に山なんてないわよ?」
ティザーベルは、パスティカと顔を見合わせる。一体、どういう事なのだろう。
パスティカは、こめかみに指先を当てて何やら唸っている。
「ちょっと待ってて。今、上空からの映像を見せるから」
「え?」
「ほら」
そう言って彼女が指し示したのは、部屋の壁の一部だ。そこに、高度から撮影したと思しき航空写真が映し出される。
「これ……」
「この森全体が、この都市の大きさとほぼ同じよ。こうすればわかりやすいかな」
パスティカがそう言うと、航空写真に何か別の映像が重なった。どうやら、この都市の地図らしい。大森林の形と、都市の外郭がぴったりと重なっている。
ぽかんと映像を見ていると、何故かパスティカが隣で胸を張った。
「凄いでしょ。さらに上のあの森は、都市機能の一部なのよ」
「え!?」
「あそこに生えている木の一本一本が、情報取得の為の端末装置なの。あれらが全部都市機能及び予備機能に繋がってるわ」
あまりの事に、開いた口が塞がらない。あの魔の森が、まさか地下にある都市の為に作られたものだとは。
「……待って。って事は、切っても次の日には元の大きさになってるあれって」
「切るって、木の事? あれ、本当は合成の疑似植物だから、すぐに元の形に戻るよう組み込まれてるわよ?」
意外なところで大森林の秘密を知ってしまった。まさか、あの大木が疑似植物だったとは、思ってもみなかったが。
「そういえば、あなた達、地上からここまでどうやって来たの? 正規経路は使っていないようだけど」
「どうやってって……さっき聞いたでしょ? 大森林……このすぐ上にある森の中央に建っている建物、あそこから入ってきたわよ」
「え? あれ使ったの? 換気機能と一緒になった罠なのに」
「え?」
またしても、二人が顔を見合わせて固まった。
「あそこから下りてくるなら、階段使ったでしょ? 普通、あそこで罠って気づくわよ!」
「え? 確かにやたらと長い階段だなあとは思ったけど……罠だったの?」
「あの階段には空間湾曲が施されていて、通常より長くなっているのよ。階段自体は、都市の天井部分をらせん状に下りてくる設計なの」
「マジで!?」
どおりで、下りるのに随分と時間がかかると思った。歩いている時だけでも小一時間はかかったのに、その後結界を利用して転がり落ちた時にも三十分近くかかっていたのだ。
どうやら、変形のらせん階段になっているらしい。内部の空間を引き延ばしているので、らせん状になっている事に気づかなかったのだ。
「あの階段で浮遊や飛行の魔法を使うと、強制的に外に排出される仕組みよ。それを律儀に歩いて下りた訳?」
「いや、途中から面倒になったんで、結界張って転がり落ちた……」
「ぶ! こ、転がったの?」
そう言うと、パスティカはお腹を抱えて笑い出した。あの時は他に選択肢がなかったけれど、冷静に考えればあのまま上に戻れば良かったのだ。
もっとも、意地で下に下りたおかげで、今こうしてあれこれを知る事になったのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます