百二十八 パスティカ
機械的な音声で綴られる内容は、首を傾げるようなものである。所有権とは、何に対するものなのだろう。
そしてこの場合の「所有者」とは、誰を指した言葉なのか。
誰も何も言えずにいると、再び機械音声は繰り返した。
『所有者を変更しますか?』
「その所有者っていうのは、誰の事?」
答えが返ってくるかどうかはわからないが、とりあえず聞いてみる。
『前所有者が退室後、次に入ってきた者の中で一定以上の魔力を所有する者が権利者候補となります。これは、前所有者が所有権を放棄する際に設定していきました』
答えが返ってきた。つまり、この音声が言っている「所有者」とは、ティザーベルの事らしい。
――だから最初の轟音があったのか。あれは魔力の検査か何か?
「随分と雑」
思わず口をついて愚痴がこぼれる。これだけの技術力を持っていたのなら、魔力検査も簡素化出来ただろうに。
『魔力検査と同時並行で、言語獲得の検査を行いました』
聞いた訳ではないが、先程の愚痴に対する答えらしい。最初の轟音は、どちらかというと言語検査の方が大きかったようだ。
『所有者を変更しますか?』
再び問われる。
「これ、変更してもいいのかな?」
「いらねえなら、やめとけ」
「うーん。……所有者を変更せず、私がここを出たら、どうなるの?」
それがわからない事には、決められないのではないか。返答はすぐに来た。
『所有者なしとして、廃棄処分となります』
「廃棄!?」
まさか、そうくるとは思わなかった。思わずレモ達を見ると、彼等にとっても想定外だったらしく驚いている。
「廃棄って、どの範囲を廃棄するの?」
『研究実験都市全域です』
「全域……」
おそらく、研究実験都市というのはこの地下都市の事だろう。なるほど、街丸ごとが何かの研究施設だったようだ。
それが廃棄されるというのなら、選ぶべき答えは一つしかない。
「所有者を変更します!」
『了解しました。これより、所有権委譲の手続きを行います。先程探査した魔力型を登録。……終了しました。都市機能接続設定……終了しました。警備機能接続設定……終了しました。閲覧制限解除……終了しました。動力源接続設定……終了しました。これにより、都市機能の凍結を解除します。……終了しました。名前の登録をどうぞ』
手続きは、案外あっさりと終わった。何か登録が必要なのかと思ったが、名前だけでいいらしい。
「……ティザーベル」
『新たなる所有者として、ティザーベルの名と魔力型をを登録しました。これにより、支援型魔法疑似生命体パスティカの起動が可能です。起動しますか?』
何やら妙な単語が出てきた。「支援型魔法疑似生命体」とは、一体何なのか。
「質問! その、支援型魔法疑似生命体って、何?」
『支援型魔法疑似生命体は、各研究実験都市の全制御を支援する疑似生命体です。あなたがこの都市の所有者となりましたので、ぜひ支援型魔法疑似生命体の起動をお薦めします』
聞けば聞く程新たな情報が出てくるのだが、これはお薦めに従ってその疑似生命体とやらを起動した方がいいのだろうか。
ちらりとレモ達を見る。彼等も既に話についていけていないようで、ぽかんとしていた。声が天井付近から聞こえるせいか、そちらに視線をやっている。
――多分だけど、これってスピーカーを通した機械音声だよね……というか、古代と呼ばれる程昔に、こんな高度な技術があったなんて。
少しだけ、背筋が寒くなる。自分は異世界に転生したと思っていたのだが、もしかしたらずっと未来の地球に、過去の記憶を持ったまま転生したのだろうか。
ちらりとそんな事を考えて、すぐに頭から追い出す。未来の地球と言うには、天体のあり方がおかしい。ティザーベルでも知っている星座が一つもないのだから、ここが地球だというのはあり得なかった。
大体、魔法がある時点でここが地球であるはずがない。
考えに耽っていたら、再度確認された。
『支援型魔法疑似生命体を起動しますか?』
「はい」
毒を食らわば皿まで。ここまできたら、お薦めされたものは全てやってみようではないか。
『それでは、核までの道を開きます』
音声がそう告げると、中央の台座が静かに下がっていく。今まで見上げる位置にあった結晶が、触れられる高さになった。
糸を伸ばすと、魔力の流れも消えている。攻撃型の結界も解除されたらしい。
『核に魔力を流してください』
音声に導かれるまま、ティザーベルは手を伸ばして結晶――核に触れて、魔力を注ぎ込んだ。
「うげ」
意外と魔力を吸い取られる。指先からぐんぐんと核に向かって吸収される魔力と対照的に、核は輝きを増していった。
もう少しで魔力が枯渇しそうだという時点で、ようやく吸収は終わったらしい。
ふらりと倒れそうになるティザーベルの体を、ヤードが支える。
「大丈夫か!? 嬢ちゃん」
「な……何とか……」
本当にギリギリの状態だ。これ以上魔力を吸収されていたら、死んでいたかもしれない。
――こんなに魔力を持っていくなんて、疑似生命体って一体……
そんな彼女の疑問は、すぐに解けた。目の前にある核が一層きらめいたと思ったら、光で表面に複雑な幾何学模様が走り、その光にそって核が開いていく。
すっかり開いた核の中には、小型の人形が入っていた。
「これ……?」
近寄って見てみると、なんとも精巧に出来た人形である。生きた人間をそのまま縮めたと言われても、納得出来そうだ。
「うう……ん」
「うわ!」
覗き込んでいると、なんとその人形が動いた。あくびをしながら両腕を上に伸ばし、今目が覚めたと言わんばかりの様子だ。
三人で凝視していると、相手も気づいたらしい。
「んん? あなた達、誰? ……って、その魔力、あなたが新しい所有者かあ」
「はあ?」
「あ、私はパスティカ。ちなみに、この街の名前もパスティカよ。よろしくね!」
軽い。言葉使いも軽ければ、その身も軽いようだ。なんとパスティカは背に羽を持つ妖精のような姿をしている。
そのまま今までいた結晶の中からぽんと飛び立つと、ふよふよと浮かびながらティザーベルの目の前まで来る。
淡い蜂蜜色の髪は長く、ゆるやかなウェーブで広がっている。着ているドレスもふわふわで、髪の色に合わせたのか白からレモンイエローのグラデーションだ。
ずいと覗いてくる小さな瞳は、鳶色だった。
「ふーん、そこそこ魔力はあるようね。これなら動力炉を動かす事も可能だわ」
「何、その動力炉って」
ティザーベルの問いに、パスティカはふわりと宙を舞いながら答える。
「この街の全ての動力を担っている魔力炉の事よ」
「まりょくろ? それって、魔法薬を作る道具なのでは?」
クイトにはそう教わったし、実際魔力炉で魔法薬も何回か作っている。大型のものは、作る際にかなりの魔力を必要とするという事も。
だが、パスティカの返答は違うものだった。
「はあ? そんな訳ないでしょ? どんだけ大きいと思ってるのよ。この街の魔力炉はね、街を維持する動力だけでなく、全ての研究実験の為の動力も生み出す代物なのよ。この研究実験都市の中でも、最重要と言われる場所なんだから」
彼女の発言が正しいのなら、研究実験都市の魔力炉は、発電所のようなものだ。それが都市の全てのエネルギーを生み出している。
――どんだけ高出力なんだか。
そして、そんな高出力の魔力炉を、ティザーベルの魔力で動かすと言っていた。まさか、魔力炉に魔力を満タンまで入れろとか言い出すのではなかろうか。
「ねえ、その魔力炉動かすのに私の魔力を使うとか言ってたけど、あなたに吸い取られてほぼ空だよ?」
「え? 本当に? ……あー、やっちゃったー。じゃ、じゃあ、この中央塔の仮眠室で休めばいいよ」
確かに、食べて寝れば魔力は回復するだろう。魔力は体力と同じようなもので、個人差はあるが鍛えられるし、休めば回復もする。
「いや、どこか広い空間を貸してくれれば、家はあるから」
「家がある? 収納可能な家屋って事? 面白いもの持ってるのねえ」
パスティカは呆れたような様子だ。彼女の申し出はありがたいが、得体の知れない場所では気が休まらない。魔力の回復には、リラックスする事が大事なのだ。
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