百二十七 中央塔

 真下まで来ると、高層建築群の大きさを実感する。


「……どうやってこんなばかでけえもんを作ったんだろうな」

「さあな」


 レモ達の言葉を聞きながら、ティザーベルは入り口のドアと格闘していた。ドアそのものも、魔力の糸を通さない。というより、魔法を一切通さない作りになっているのだ。


 ――魔法での攻撃に備えて……かな?


 そんな事を考えつつ、扉周りを調べる。扉の下、両脇、上など。だが、何も見つからない。物理的な鍵がなければ開かないのだろうか。それにしては、鍵穴らしきものが見当たらないけれど。


 探っている最中、何もしていないのにいきなりドアが開いた。三人で顔を見合わせる。


「確認だが、嬢ちゃんが何かした訳じゃねえんだよな?」

「開ける方法を探しはしたけど、開ける為の何かはしていない」

「って事は、ここを開けたのは、誰だ?」

「さあ?」


 再び、三人で開いたドアを見つめる。閉まる様子はないようだ。


「とりあえず、誰が開けたかは知らないけど、私達を中に入れたいのは確実みたいよ」

「だな……罠だと思うか?」

「知らん」


 レモの言葉に、ヤードは素っ気なく返した。それに気を悪くする様子もなく、レモはティザーベルに視線を移す。


「やっぱり、入るか?」

「うん。罠だったとしても、何が待ってるのか知りたい」


 誰が開けたにせよ、操作した誰かはいるはずだ。生きているのか、そうでないのかはわからないけれど、話が通じるのであれば色々聞ける。


 開けっぱなしのドアから入ると、予想通り背後でドアは閉じた。その代わり、奥にあるエレベーターの一基のドアが開く。あれに乗れという事らしい。


 すたすたと進むティザーベルの後ろから、警戒しつつレモとヤードが付いてくる。


「これは?」

「エレベーター。ここに下りてくるのに乗ったやつと、そう変わらないよ」


 果たして上階には何があるのか。三人が乗り込むと、ドアが閉まり勝手に動き出した。しかも、向かうのは地下である。


「下?」

「どうした?」

「あ、いや。てっきり上に行くと思ってたから……」


 なんとなく、こういう場所なら上に行くと思い込んでいたのだ。確かにこれだけの街なら、地下空間も整っているだろう。この街自体、地下にあるのだけれど。


 高速なのか、さほど移動していないのか、あっという間に目的階に到着したらしく、軽い音と共にドアが開いた。


 エレベーターホールに下りると、左右に伸びる廊下がある。左側のみ、明かりが付いていた。そちらに行けという事だろう。


 明かりに導かれるままに進むと、廊下の突き当たりまできた。あと数歩でドアにたどり着くという距離で、自動的に開けられる。監視カメラか何かで、こちらの動きを見ているらしい。ここまで来れば、最後まで行ってみるべし。


 ドアの向こうには、さらに奥へと続く廊下が伸びている。ここも、明かりがついて誘導してきた。


「まただ」


 ティザーベルの言葉通り、突き当たりにドアがある。それもまた、自動で開いた。


 その奥にも、またドアがあるが、こちらは開いていない。手前のドアを三人が通り抜けると、自動で閉まり、今後は前のドアが開いた。


「これ……」

「何だ、こりゃ」


 ドアの向こう側は、広い空間だった。白い壁とドーム状の天井。中央には台座があり、卵型の結晶が置かれていた。


 台座の高さは三メートルはあるだろうか。とてもでではないが、このままでは結晶には触れられそうになかった。


 周囲を見回しても、それ以外何もない。天井から降り注ぐ柔らかい光の中、結晶がきらめいている。


 どうやら、この部屋自体があの結晶の為にあるらしい。


「何なんだろうね?」

「さてなあ」

「壊してみるか?」

「いやいや待て待て待て!!」


 ヤードのあまりの言葉に、思わずレモと一緒になって突っ込む。様子を見るにしても、壊すはないだろうに。


「もうちょっとさあ、他の手を考えつこうよ……」

「何でも壊しゃいいってもんじゃねえぞ」

「じゃあ、どうするんだよ」


 誰もいい案が出せず、固まってしまう。


「やっぱり――」

「だから! 待ってってば!!」

「極端に行くな!」


 剣を構えたヤードを、背後から二人がかりで押さえる。やっと剣を収めた彼に、ティザーベルが呟いた。


「普段そんなに行動的じゃないのに、どうしてここにきてそんな雑な行動力を発揮するのよもう」

「いい加減、腹が立った」

「何に?」

「誰か知らんが、いいように操られているように感じる」


 確かに。大森林の中にあった建物からこっち、何かに誘導されている気はする。もっとも、こちらも進む事前提であれこれ動いているので、誘導だけでここまで来た訳ではない。


「とりあえず、進むって決めたのは私だし、二人も文句は言わなかったよね? この地下の街に入ってからは、ちょっと誘導されてるのは感じるけど、だからって壊すのはなしで」

「じゃあ、どうするんだ?」


 不機嫌そうなヤードに、ちょっと考えてから基本的な事を口にした。


「まずは、調べてみよう」




 ざっと見た限り、部屋の中には結晶と台座以外何もない。この部屋では魔力の糸が使えるようなので、ざっと壁際を探ってみたが、何もない。


 部屋から外へは、魔力が通じないらしく糸も弾かれる。これは逆も然りだろう。


 次に、円形の部屋の中央にある台座に糸を伸ばす。だが、ここで意外な事に、途中で糸が弾かれた。


「魔力が流れてる……」

「どこにだ?」

「台座の周囲。あそこを中心にして、こう、円柱状に結界が張られているみたい」


 ティザーベルが指差しながら説明すると、レモがゆっくりと台座に近づく。懐から何か紙のようなものを取り出して、台座に向けて放った。


 台座に触れる直前に、紙は燃え上がって床に落ちる。どうやら、攻撃型の結界らしい。


「触れねえって事か……。誰がここまで俺らを連れてきたかは知らねえが、ここで何をさせようってんだ?」


 答えられるものは、誰もいない。三人ともが押し黙った時、天井の中央から降り注ぐ光が変わった。


 今までは自然光のような柔らかい色調のものだったのが、いきなり真っ赤に染まったのだ。


「何かがお出ましか?」


 そう言いつつも、臨戦態勢に入るレモ。ヤードも剣を構え、ティザーベルは三人に結界を張った。


 だが、結界を突き破るように、脳内に声が響いた。


「いっつ!」


 何を言っているのか理解出来ないが、頭の中で轟音が響いているように感じる。耐えきれない、そう感じた瞬間、轟音はやんだ。


「……何だったの?」


 ほんの一瞬にも、数十分にも感じた。額を拭うと、冷や汗が出ている。ざっと見回してみても、室内に変化はない。


「嬢ちゃん! 大丈夫か!? 一体、何があった?」

「何がって……さっきの、聞こえなかったの?」


 レモの言葉に、先程の轟音が二人には聞こえていなかったのだと悟る。


 ――どういう事?


 二人と自分と違う点。そこで一つの答えに思い当たった。


「魔力の有無」

「あ? 何だって?」


 呟きの内容までは聞こえなかったのか、レモに聞き返される。それに答えようとしたその時、今度は三人に聞こえる「音」として部屋に響いた。


『言語調整完了。前所有者が所有権を放棄する際の条件設定により、あなたに所有権が与えられます。所有者を変更しますか?』

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