百二十六 地下都市

 広い空間の真ん中に空いた縦穴から下へと魔法の紋様で下りたオダイカンサマ一行は、目の前の光景に目を奪われていた。


「こりゃまた、すげえな」


 うめくように声を出したのは、レモである。ヤードは無言のまま目を見開き、ティザーベルも言葉なく見つめていた。


 紋様は、単純に下へと下りるだけではなかった。縦穴の途中に開いた横穴に入り、まっすぐ進んだかと思ったらまた下がり、時には上へと上がる。


 そんな複雑な道順の先に出現したのは、地下都市だった。ドーム状の大きな天井、その下に無数に並ぶ四角い建物群、中央付近には、殊更高層の建築物が建ち並んでいた。


 三人がいる場所は、ドームの一部に開いた口である。例の紋様はここまで三人を運んできたのだ。


 天井が全体的に薄く発光しているせいで、街が見渡せた。


「これは、街……か?」

「こんな街、見た事もねえけどな」


 ヤード達の言葉を聞き流しながら、ティザーベルはうるさい心臓の音を聞いている。


 どうして、何故地下にこんなものがあるのか。いや、それよりも。


「なんで異世界に……」


 現代地球風の街が存在するのか。それも地下に。正確には、建築様式が現代のそれとも若干違う気がするけれど、些細な差といえる。


 少なくとも、帝国ではここまでの高層建築を作り出す技術はまだない。いって二十階いかがせいぜいだろう。


 だが、中央にそびえる建物は、確実に五十階を超えていた。


 技術の差は、何も建築物に対してだけではない。上の建物の施錠方法も、床の仕掛けも、ここまでの移動手段も、おそらく今の帝国の魔法技術では再現不可能なものばかりだ。


 ネーダロス卿は、大森林の奥にあるのは超古代の遺跡だと言っていた。懐かしいものかもしれないとも。


「これを、知ってた……?」


 ティザーベル達には地図しか見せていないが、もしかしたら、この光景を映した何かを持っていたのかもしれない。


 確かに、目の前のこの光景は異様というより懐かしいと言った方がいい。完全に日本の景色という訳ではないが、似たような光景は見た覚えがある。


「大丈夫か? 嬢ちゃん。顔色が悪いぞ」

「……平気」

「そうか? なら、あの街に行ってみねえか? ヤードとも話してたんだけどよ、見てみねえ事には始まらねえってな」

「……そうだね」


 ここからは、歩きで街まで行けそうだ。ティザーベルははやる気持ちを抑えながら、二人の後ろをついて行った。




 先程の場所から、街の入り口までは徒歩でも十分少々だ。到着した街の入り口は、ゲートのようなものは何もない。おそらく、ここまで到達出来るものなら誰でも入れるようにしてあるのだろう。


 先程のドームに開いた口から伸びた道は石造りだったが、街に入ると道路はアスファルト敷きになっている。これもまた、ティザーベルには見慣れた光景だ。


 通りにはゴミ一つ落ちていない。何か足りないと思ったら、車が一台もないのだ。ここに住んでいた住人達の移動手段は、徒歩だけだったのだろうか。


「……変わった道だな」

「ああ」


 レモ達には、見慣れないものらしく、あちらこちらを見回している。大通りらしき通りの脇には、いくつもの同じような建物が並んでいた。


 これも規格があるのか、高さや窓の位置までどれも同じである。一階部分には、シャッターが下りた建物が多かった。


 当然ながら、人影はない。ここもまた、長い事放置されていたようだ。その割には埃一つないのもおかしなものだと思ったけれど、何のことはない、街を維持する最低限の機能が生きているらしい。


「うお!?」

「どうした?」

「今、足下を何かが走り抜けたと思ったんだが……」


 レモ達の会話を聞きながら、周囲を見回す。確かに、何かが動いていた。生き物の気配ではないので、おそらくロボットタイプの掃除機かなにかだろう。


 そう内心で思ったそばから、目の前を軽い駆動音を立てながら走って行く掃除機があった。


「あれじゃない?」

「……何だ? ありゃ」


 問うてきたレモだけでなく、ヤードも驚いた顔で掃除機を見送る。


「多分だけど、街を掃除するロボット……魔法道具だよ」

「はあ……? そんなものが動いてるってこたあ、誰かいるって事か?」

「いないんじゃないかな。糸で探ってるけど、生き物の気配はないよ」


 嘘ではない。街の入り口から中へと魔力の糸を伸ばしているが、生き物らしきものは引っかかっていない。


 掃除機に関しては、プログラム通り動いているだけではないか。動力がなくなりかければ、ドックに自動で戻るよう設計されているのだろう。


「そうか……嬢ちゃん、随分と落ち着いてるな」

「そうかな」


 そのまま進んでいく。街自体が計画的に作られたようで、大通りはまっすぐに伸びている。その行き着く先は、遠目からも目立っていた高層建築群だ。


 一つの建物という訳ではなく、いくつかの高層建築が固まって建てられているらしい。


「どうする? どれか建物に入ってみる?」

「そうだな……入った途端、罠で全滅、なんて事にはならねえよな?」

「多分、平気」


 どう見ても、この街は生活の為のもので、敵を迎撃する為の施設ではない。なら、どの建物にもセキュリティはあっても罠はないはずだ。


 ――セキュリティが作動した結果、何かが来る事はあるかもしれないけど。


 人なのかロボットなのか、それとも人に似た何かなのかまではわからない。もしかしたら、無人になった時点でセキュリティも破壊もしくは無効化されている可能性もあった。


 結局、近場の建物に入ってみる事にした。入り口は強化ガラスの自動ドア。動力が生きていればいいけれどと思いつつドアの前に立てば、音も立てずに開いた。


「魔法道具か……ギルド本部の扉も同じだな」

「そうだね」


 魔法の糸でざっと探った結果、一階には大きめの部屋が五つ、うち二つはショールームのようで、大きなガラスの窓があった。現在、その窓にはシャッターが下りている。表から見えていたのはこれだった。


 二階、三階も似たような感じの間取りで、これに加えてトイレや簡易キッチン、ロッカールームのような部屋もある。普通にオフィスビルといったところだ。


 所々机や椅子が散乱していて、床に紙が散らばっている箇所もある。慌てて夜逃げした会社の、なれの果てのようだった。


 念のため、落ちていた紙も糸で見てみたが、見知らぬ文字の羅列ばかりで読めやしない。


「上の部屋に書類っぽいのがあるにはあるけど、読めないや」

「ご隠居なら、読めるかもしれねえぜ?」

「なら、後発の探索隊にでも任せよう」


 あっさりそう決めると、ティザーベルはもうこの建物にはめぼしいものはないと宣言する。


 外へ出て、これからの事を話し合った。


「もう戻るか?」

「出来たら、あの奥の建物は見てみたい」


 ティザーベルが視線で示したのは、街の中央にある高層建築群だ。


「探索出来ないのか?」

「弾かれる。魔力が流れている訳じゃなく、多分建材そのものに何かあるんだと思う」


 実は魔力の糸は伸ばしたのだが、外壁部分で弾かれて中まで探索出来ていない。


 このまま帝都に戻り、ネーダロス卿に報告すれば、改めて探索の一団が編成されるだろう。その後の報告を聞く機会があるかどうか、微妙なところではあるけれど、ここで無理をしてオダイカンサマが調査する必要はない。


 これは、単なる好奇心だ。街の中央にあり魔力の糸を受け付けない建物、中にはどんな情報が詰まっているのだろう。


 紙媒体ではなく、魔力的な媒体ならばアクセス出来るかもしれない。その結果、紙媒体も翻訳出来れば、この地下都市の謎が解き明かせるのではないか。


 そこまでいかなくとも、この都市が何の為に造られ、何の為に廃棄されたのかがわかるかもしれない。


 知識欲というのは、手に負えない代物だ。ティザーベルはすっかり魅入られている。


「あそこに、行ってみたい」


 彼女の表情は、珍しい魔物を前にした時と同じように、ぎらついていた。

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