百二十五 地下空間

 階段は思っていたい以上に長かった。入り口と同じ幅の石造りの階段が、際限なく続いている。


「これ、どこまでいくの……?」


 かれこれ一時間以上下っているのだ。そろそろティザーベルの足に限界がきていた。


「まだ先が見えねえよ」


 先頭を行くレモの、無情な言葉が返ってくる。


「もういっそ、落ちた方が早そう……」


 疲労のあまり、ついそんな言葉が口をつく。早速レモからツッコミが入った。


「嬢ちゃん、正気になれ」

「いや、案外その方が楽かもしれん」

「おい、ヤードまで」

「ティザーベル、結界は生きてるんだよな?」

「うん……あ! そうか!」


 三人に張っている結界は、物理攻撃と魔法攻撃を遮断する。それだけでなく、高所から落ちた場合のクッション代わりにもなるのだ。その辺りは、以前北の街ゲシインで地下に落とされた時に証明済みだ。


 それを言うと、レモの表情が渋い。


「あの時は広い場所だったからなあ……これだけ狭い階段の場所で、大丈夫か?」

「基本は変わらないよ。何なら、私が最初に落ちてもいいから!」

「いやいや、やるなら三人同時だ」

「了解。でも、狭いから一列で落ちてく事になると思うよ」


 ティザーベルの言葉に、レモからの返答はなかった。




 結果、地上の建物から階段が終わるまではかなりの距離がある事がわかった。


「転げ落ちても、こんなに時間がかかるなんて……」


 体感で三十分は落ちていただろうか。落ちきった先は、少し広めの部屋のようだ。


「ここが終点か。にしても、また何にもねえ部屋だなおい」


 階段を下りる前から点けっぱなしの魔法の明かりで辺りを照らし出す。レモの言うとおり、がらんとした空間だ。


 天井は三階吹き抜け程度の高さで、広さと合わせて大型の倉庫のようだった。地下だから当然窓はなく、魔法の明かりがなければ真っ暗だっただろう。


 ティザーベルは、明かりと共に移動して壁や床を調べる。上の部屋と同じような仕掛けがあるのではないかと思ったのだ。


 だが、この部屋には魔力が流れていない。という事は、魔力で動く仕掛けはないという事か。


 ――いや、逆か。ここまで来る人間はかなり限られる。だとすれば、ピンポイントで魔力を流せば動く何か……


 目印のようなものを探すが、一向に見当たらない。焦れてきた彼女の耳に、レモの声が入った。


「嬢ちゃん、ここらで少し休んじゃどうだ?」

「でも――」

「外の様子が見えねえからなんとも言えねえが、そろそろ夕飯時じゃあねえか?」


 言われて思い出す。そういえば、上の建物に入った時点で日が落ちかけていた。この時期のラザトークスの日の入りは大体午後六時。それから体感で二時間近くあの階段にかけたのだから、今は午後八時近くだ。


 不思議なもので、意識すると空腹を覚える。


「ご飯にしようか」




 これだけの広さがあるのなら、移動倉庫からしまいっぱなしの「家」を出せる。


 以前、西の端にある小さな漁村に依頼で行った事がある。海に大量発生した魔物を退治するのが仕事だったが、その時に思わぬ大物を仕留めた事から村長に感謝され、依頼料とは別に新築の家を一軒丸々もらってしまったのだ。


 とはいえ、その村で永住する訳でもないので、受け取る訳にもいかない。辞退したのだが、向こうも頑固な漁師を束ねる漁村の村長だ。受け取り拒否を拒絶されてしまい、話は平行線になりかけた。


 その時、レモが仲裁案として出したのが、家はもらうがそのまま持ち出すというものだった。


 それ以来、家はティザーベルの移動倉庫の中にしまいっぱなしになっていた。それを出したのだ。


 家の中は、ティザーベルとクイトの手により、あれこれと手が入れられている。具体的には、水回りを中心にネーダロス卿の隠居所にあるような設備を取り入れたのだ。


 全てを魔法結晶で動かせるバストイレ、キッチン、洗面所。給水設備も排水設備も必要とせず、全て魔力で動かしている。


 家に入って使い方を改めて聞いたレモは、うなり声を上げた。


「これまでも野営でこの家を使っちゃいたが、何だかまたすげえ代物になってねえか?」

「クイトと頑張って手を入れたからね!」

「胸張って言うような事なのかよ……」

「当たり前でしょ!? 快適さに手を抜くなんて、あり得ない」


 いつぞやの海賊に乗っ取られた街で、収容された地下牢でも同様の事をしてみせたのに、レモは忘れたのだろうか。あの時は魔力のみで地下牢を変形させ、快適な居住空間を作り出した。


 それに比べれば、家の改装など可愛いものなのに。納得いっていない様子のレモは放っておいて、ティザーベルは食事の準備を進める。


「さて、じゃあ出しちゃうね」

「おう」


 ダイニングのテーブルに、移動倉庫に入れてきた料理を出していく。これは三人行きつけのウィカーの店に、無理を言って作ってもらった料理だ。


 スープと肉料理、魚料理、温野菜、それに白飯とパン。


 白飯に関しては、ティザーベルが頼み込んで炊いてもらっている。帝国では米食も進んではいるが、おこわにするのが一般的だ。


 でも香辛料都市のように、炊いて食べる街もある。店主のウィカー自身も、今回初めて米を炊く事に挑戦したらしい。出来上がりは上々だ。


 おいしい料理を堪能した後は、思い思いにくつろいでいる。ティザーベルは、窓辺で外を見ながら呟いた。


「にしても、本当に広いね、ここ」

「だな。この家を出しても狭く感じねえもんな」


 ティザーベルの後ろから外を眺めつつ、レモが答える。この空間は、長い間手が入っていないにもかかわらず、劣化が見られない。


 しかも、石造りといっても石材を積んで作ったのではなく、魔力で一塊の石材にしてある。ぱっと見はコンクリート打ちっぱなしの空間のようだ。


「これだけの空間を、作る技術と能力がある人がいたって事か……」


 石材をまとめるのは、そう難しい事ではない。貴族の屋敷を作る際には、よく使われる技術だと聞いた。


 誰が、何の為にこの空間を作ったのか。それを言えば、大森林のど真ん中に上の建物を建てたのは、何故なのか。考えたところで、答えは出てこない。




 しっかり入浴して疲れを取り、睡眠もきちんと取ったせいか、翌朝の目覚めは良かった。


 ただし、地下空間なので朝日は拝めない。普段の睡眠リズムと、ネーダロス卿に借りた時計のおかげだ。


 さすがは貴族の持ち物……というより、魔法士である本人が独自に改良したらしい時計は、懐中時計の大きさながらアラームがついていた。帝都に帰ったら、ぜひとも一つ譲っていただきたい。


 簡単な朝食を終え、身支度を済ませると家を収納する。明かりは魔法で出してあるので、暗闇で困る事はない。


「さて、ここから先へはどうやって行くのやら」

「上の仕掛けを考えると、ここにも魔力を流せば動く仕掛けがあると思うんだけど……」


 上の狭い部屋ならいざ知らず、この広さの中からたった一カ所を探すとなると、骨が折れそうだ。


「嬢ちゃんの得意な糸で、どうにか探れねえか?」

「うーん、やってはみるけど……あ、そっか」


 仕掛けを探そうとするから迷うのであって、仕掛けの裏にあるであろう通路を探せばいいのだ。


 幸い、この空間の壁には魔力は流れていない。となれば、魔力の糸を伸ばして壁をすり抜けられる。


 中央付近に立ったティザーベルは、空間の四方八方に魔力の糸を伸ばした。壁の向こう側、隠された通路を探して。


 通路は、意外な場所で見つかった。


「あった。でも、これって……」

「どうした?」

「うーん」


 ヤードの言葉に、ティザーベルはうなり声で返す。見つかった通路は、今彼女が立っている真下、空間の中央に垂直に伸びていた。


 足下を指し、そのままを伝える。


「あのね、ここに通路らしきものがあるんだけど」

「ああ」

「それがね、まっすぐ縦に下へと伸びてるの」

「ああ?」


 ヤードが怪訝な顔をするのは当然だろう。普通、その状態のものは通路とは呼ばず、落とし穴と呼ぶ。


 一応、見つかった時点で落とし穴の真上からは移動しているが、果たしてこれは入り口を開けていいものなのかどうか。


 レモにも同じ説明をすると、少し考えた後に提案された。


「他の通路は見つからねえんだよな? だったら、一度開けてみちゃどうだ?」

「いいの?」

「他に道がねえんだ。試してだめなら、上に戻ろうぜ」


 言われて気づく。別にこのまま先に進まなければいけない訳ではない。自分達が探しているのは、こことは別の場所にあるはずの遺跡の入り口なのだ。


 ヤード達も下がらせて、魔力の糸を使い落とし穴の入り口付近に魔力を流す。すると、またしてもなめらかに床が移動し、下へと続く縦穴が出現した。


 目算で、一辺が三メートル前後の真四角の穴だ。三人で覗き込むと、一瞬で紋様のようなものが魔力で編み出された。


「……こいつは、嬢ちゃんがやったのか?」

「違う違う。これも、仕掛けなんだと思う」


 穴の上に、魔力で編まれた紋様。ティザーベルは指先でちょいちょいと紋様に触れてみる。乗れそうだ。


「多分、これに乗って下に行くんだと思う」


 いわゆるエレベーターだ。帝都では、デロル商会本店でも採用されている技術である。もっとも、あちらのエレベーターはレトロな代物で、目の前のようなものとは大分違うけれど。


「……途中で落ちる、なんて事は」

「あっても、結界があれば死ぬ事はないから、大丈夫」


 上の建物からでさえ、大分下に来ている。これ以上下っても、ゲシインの地下大空洞程の高さはないのではなかろうか。


「北の地下に落とされた時も、大丈夫だったでしょ?」

「あの時は、本気で死を覚悟したけどな」

「あれだって、私のおかげで助かったでしょー? だから睨まないでよ、おじさん」

「助かったが、その後があれだからなあ」

「う……」


 レモの言う「あれ」とは、地下に巣くう珍しい魔物を片っ端から狩っていった事だ。しかも、狩りに夢中になるあまり、地下から抜け出すのが遅れたというおまけ付きである。


「とにかく、進んでみなきゃ始まらん」

「ヤードの言うとおりだな。行こうぜ、嬢ちゃん」

「了解」


 三人で紋様の上に乗り、再び魔力を流すと、そのまま三人は縦穴を下へと下りていった。

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