百二十四 入り口
進めば進む程、バングルの実力に驚かされる。
「これ、売ってくれないかな……」
これがあれば、いつでも大森林の奥地へ来る事が出来る。ティザーベルにとっては、喉から手が出る程欲しい代物だ。
「戻ったら、ご隠居に頼んでみりゃいいじゃねえか」
「だよねえ」
レモの言葉に答えながら、左腕のバングルを見る。どちらかというと、レシピを知りたい。せっかく魔法道具の作り方を覚えたのだから、自作したいのだ。
メナシソラウオのひれなら、腐る程持っている。何なら、ゲシインに行けばまだ狩れるだろう。魔物は放っておけばいくらでも繁殖するものだ。
人工で作ったというダイヤも気になる。もっと大きなものを作れるのなら、例の水陸両用車に使えるのではないか。
やりたい事も知りたい事も多すぎて、どれから手を付けるべきか。まだ遺跡の入り口も見つけていないが、既に心は帝都に飛んでいた。
象もどきの後も、サーベルタイガーもどき、ライオンもどき、サイもどきと時代も地方もバラバラの動物を思わせる魔物に出くわしている。その全てが、今はティザーベルの移動倉庫の中だ。
さすがにサーベルタイガーもどきを見た時には心が躍った。何せ実物など、前世今世合わせても見た事がない。なかなか貴重な体験だったと言える。
そしてどの魔物も、魔法を使ってきた。確かに魔物の中には魔法を使える種も存在するが、これ程強力な魔法を使ってくる魔物は初めてだ。
サーベルタイガーもどきが地震を、ライオンもどきが突風を、サイもどきは巨大な水柱を発生させていた。
全て結界で防げたので問題はない。だからこそ、奥地を進む三人がこんなにのんびりとしていられるのだ。バングル様々である。
どれくらい森の中を歩いただろう。それは、いきなり現れた。現れたというより、思いがけずたどり着いたと言った方が正しい。
「……もしかしなくても、これ?」
「これ……だろうなあ」
大森林の中にぽっかりと空いた広場、そこに石造りの四角い建物がある。表面は苔むしているけれど、扉らしき面は綺麗なままだ。
この大森林の中にあるものとしては、異質にも程がある。
「どの辺りか、ちょっと見ておく」
「頼むわ」
魔力の糸を空に飛ばし、周囲の様子から森のどの辺りにいるのかを測る。どうやら、大森林の中央やや山脈よりにいるらしい。
「地図で見ると、多分この辺り」
「山裾までは、まだ大分あるな」
「遺跡は山の下にあるんだっけ? じゃあ、これは別口かな?」
どう見ても、目の前にある建物は人工的なものだ。だが、これがネーダロス卿が求める遺跡だと決まった訳ではない。
遺跡というには、目の前の建物は綺麗すぎる。大森林の中にあるのなら、木々や植物、土などで埋もれていてもおかしくはないのに、ここはつい最近まで人の手が入っていたかのように綺麗だ。
少し探ってみようと魔力の糸を伸ばす。この場所でいつも通り魔法が使えるのは、やはり助かる。
表面をざっと探ってみると、微弱な魔力が流れているのがわかった。つまり、ここがこれほど綺麗なのは、建物に施された魔法が原因と言う訳だ。
「……ネーダロス卿が探している遺跡じゃないかもしれないけど、ここも訳ありの建物っぽい」
「そりゃそうだろうよ」
人が入り込めない大森林の中央付近に、魔法で守られた建物とくれば、目当ての遺跡でなくとも何かしらはあるのではないか。
建物を眺めて唸っていると、意外なところから意外な意見が出た。
「入ってみるか?」
大胆なヤードの言葉に、思わずレモと顔を見合わせる。確かに扉はある。鍵がかかっているかどうかまではわからないが、魔法がかかっているのを考えると、鍵も魔法的なものではないか。ならば、解錠の手段はあると思う。
「……いってみる?」
「ここで悩んでいてもなんだしな。それに、そろそろ時間切れだろう」
そう言って天を仰ぐレモにならって空を見ると、確かに日が落ちかけている。ここだけぽっかりと木が生えていないので、空がよく見えるのだ。
いくら結界を張れるとはいえ、この森で野宿はしたくない。目の前の建物は、大人三人が雑魚寝出来る程度の広さはありそうだ。
「んじゃ、開けてみるよ?」
「おう」
「何が出てくるのかねえ」
ヤードとレモの声を聞きながら、ティザーベルは扉に向かう。鍵穴のようなものは見当たらないから、施錠されていないか、されていてもやはり魔法的なものだろう。
そっと手で触れる。やはり全体に薄く魔力がまとわりついているのがわかった。
「あれ?」
「どうした?」
「いや……」
触れていて、気づいた事がある。この建物に施された魔法の魔力は、この奥地のものではない。つまり、普段ティザーベルが使っているものと変わらないのだ。
それを説明すると、やはり二人も怪訝な顔になった。
「俺らは魔法に関しちゃ全くわからねえが、そんな事が出来るもんなのか?」
「うーん……普通なら、周囲の魔力を取り込んで使うもんなんだけど、他に魔力源となるものがあれば、出来るのかな?」
「随分あやふやじゃねえか」
「こういう使い方って、した事ないからさ。うーん。周囲の魔力と使っている魔力が違うなら、どこかに供給源を持っているか、もしくは変換装置を持っているかじゃないかな……」
ブツブツと呟きながらも、扉を中心に触れながら使われている術式を読み取ろうとする。
それにしても、この術式は見事としか言い様がない。必要最低限の魔力をまとわせる事により、劣化や攻撃から防いでいる。
試しに一部を軽く叩いてみた。その部分だけ、ほんのわずかに魔力が厚くなる。
「攻撃にも対応……だとすると、やっぱり変換の方かな……」
奥地の魔物は、総じて攻撃力が高い。そうした魔物から守る為には、かなりの魔力を必要とするはずだ。それを誰も来ないような場所で維持し続けるなど、大型の魔力結晶を使っても無理だろう。
なおも調べると、わずかな魔力の流れから、扉の上部に目が行く。ここが術式の中心だ。ここから魔力が全体に流れ、そして戻ってくる。
手を伸ばすが、微妙に高さが足りない。
「うぬう……」
「何唸ってるんだよ、嬢ちゃん」
「と、届かないー」
飛び跳ねれば一瞬だけはタッチ出来るが、それだけだ。いっそ下の土を持ち上げて足場を作るかと考えていると、背後からがっしりと抱えられた。
「どら」
「うわああ!」
腰の辺りに回った腕で、持ち上げられている。ヤードの仕業だ。
「いきなり何すんの!?」
「届かないんだろ?」
「そうだけど!!」
「いいから、とっとと開けろ」
雑な物言いに反論したいのだけれど、確かに早く開けるのが先だ。何やら静かにこちらに近づいている気配もある。
ティザーベルは術式の中心に指先で触れた。回路自体は奥にあるけれど、魔力の流れに乗って回路にアクセスする事は可能だ。
――あった。
回路に到達した。もっと複雑な作りなのかと思ったが、意外にもシンプルな構成になっている。
しかも、公式の解錠方法以外に、この回路へのアクセスを持って解錠出来るように最初から仕組まれていた。
「裏コードかな……」
「何だって?」
「何でもない。開いたよ」
レモに言い返しながら、指を離す。すると、目の前で音もなく重そうな扉が開いていった。
中は暗く、思っていたよりも奥行きがある。
「何なんだろう……ヤード、もういいから」
「おう」
抱き上げられていた状態から、やっと地面に足がつく。そのまま、ティザーベルはすたすたと中へと入った。後ろからレモの焦った声が聞こえる。
「おい嬢ちゃん! 確かめもせずに中に入るな! 危ねえだろうが」
「大丈夫。……多分」
「多分って何だよ多分って」
憤慨しつつもレモが、その後からヤードも無言で入る。その途端、重そうな扉は勝手に閉まってしまった。
窓もない暗い室内だ。暗闇になるかと思いきや、壁自体が薄ぼんやりと発光している。おかげで、室内はよく見渡せた。
何もない部屋だ。いや、奥の床に、何やら紋様めいたものが描かれている。この明るさではよく見えないので、ティザーベルは魔法で明かりを出して床を照らした。
「何だ? こりゃ」
「わかんない。でも……」
紋様を手で触れると、一カ所気になる場所がある。そこに少しだけ魔力を流してみた。すると、なめらかに床が奥へとスライドする。
床があった場所にぽっかり空いた口からは、下へと続く階段が伸びていた。思わず、三人で顔を見合わせる。
「どうする? 下りてみる?」
「あの扉、もう一回開けられそうかい?」
レモが指さしたのは、先程三人が入ってきた扉だ。表からは開けられたけれど、中から開けられるかどうかはわからない。
ティザーベルは、立ち上がって扉へと近づいた。
「……どこから開ければいいのか、わかんない」
内部には回路は見当たらず、またこちら側には魔力が流れていないので、回路にアクセスする事も出来ない。
「なら、行くしかねえな」
「だね」
三人は、改めて床から下へと続く階段を見やった。
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