百二十三 初遭遇
一歩踏み出した途端、空気が変わるのを感じた。
「おじさん」
「ああ」
ラザトークス大森林の中間、その奥地よりに入ったのだ。ふと、左腕を見る。バングルの表に貼られたメナシソラウオのひれが淡く輝いていた。
ティザーベルには吸収出来ない魔力を吸って結晶に貯め、貯めた魔力を持ち主が使えるようにサポートするのがこのバングルの役目だ。
――ここまではうまくいってる。後は……
結晶に貯まった魔力を引き出し、使えれば成功だ。まだ完全に貯まった訳ではないし、ティザーベルの魔力も効きは悪くなりつつあるが、まだ使える。
三人は顔を見合わせて、奥地へと足を踏み出した。
大森林は大木が多い。手前ですら巨木揃いだが、奥へ入れば入る程天をつく程の大木ばかりになる。その分、低木が育たないがシダ類が蔓延っているので歩くのは困難だった。
「さすがに人が殆ど入らない場所は、進みづらい」
「しょうがねえな」
先頭を行くレモが、短剣でシダ類を切り分けながら進む。バングルの結晶に魔力が貯まりつつあるけれど、まだ完全ではない。そしてそろそろティザーベルの結界が効かなくなってきた。
「この辺りが、一番危険かも」
「なるほど。嬢ちゃん、地図上のどの辺りにいるかはわかるか?」
「ちょっと待ってて」
魔力の糸を伸ばすのも、普段の何十倍に感じる。重いというか、うまく伸ばせないというか。
それでも何とか巨木の上まで伸ばし、周囲を確認する。
「多分、この辺り」
地図上を指した彼女の指先は、大森林のほぼ中央付近だ。このまま東へとまっすぐ向かえば、山裾の遺跡の入り口にたどり着ける。
もっとも、本当に地図通りに遺跡があれば、の話だが。三人で顔を見合わせたその時、重い足音が響いた。
「出た」
「何かわかるか?」
「無理。中間でも、こんな奥に来るのは初めてだもん」
中間までに出る魔物は知っていても、奥地に出る魔物は知らない。しかも、大森林の中央といえば、中間でも既に奥地に近い場所だ。
大森林の区分は、出る魔物によってなされている。よって、手前と中間を合わせても大森林の四分の一程度の広さなのだ。
全員の進む速度が上がる。とはいえ、足下が悪い森の中だ、平地を走るようにはいかない。敵が速ければ、すぐに追いつかれるだろう。
「ちなみに、現在魔法はほぼ使えません」
「そりゃ大変だ。ヤード」
「おう」
こういう時、仲間がいるというのは心強い。ただ、あの足音から察するに、出くわす魔物の大きさは相当だ。
「おじさん、ヤード一人で大丈夫?」
「足を潰して追えないようにするんだよ」
狩るわけではないらしい。ちょっと残念な気がするが、今はとにかく奥へ行く事を考えるべきだ。
ヤードは剣を構えて背後を警戒しながら、進む足を止めない。重い足音も、速くはないが確実にこちらに近づいていた。
ティザーベルは、ちらりとバングルを見た。どういう仕組みなのかは知らないが奥地以外の魔力には反応しないらしく、進めば進む程輝きが強くなっていく。
結晶も色が濃くなってきていたが、まだ貯め込んだ魔力量は十分ではない。ティザーベルの焦りが強くなる。
この辺りからなら、何とか逃げ帰る事が出来る。これ以上奥に行けば、戻るのも困難になるだろう。
バングルの試用は、早めにしておいた方がいい。場合によっては、遺跡発見前に逃げた方がいいかもしれないのだ。
不安の中進む森の中は、空気まで重苦しく感じる。例の足音はまだこちらを諦める気配を見せず、相変わらず追いかけてきていた。木々が邪魔をしてその姿は見えない。
――見えない方がいいのか、それとも見えた方がいいのか。
そんな事を考えていたら、ふと腕に違和感を感じた。バングルを嵌めている左だ。
見ると、バングルの輝きが先程よりも強くなっていて、結晶の色も濃くなっていた。
試しに、結晶の魔力を使って結界を張ってみる。無事、いつも通りの結界が張れた。
「二人とも、結界張れた!」
これで、少なくとも死は免れる。それに、魔法が使えるのならせっかく魔物が来ているのだから、狩っていこうではないか。
「嬢ちゃん、放っておけ」
背後を向いて足を止めたティザーベルに、レモが苦言を呈する。だが、そんな言葉を聞く彼女ではない。
「いいじゃない。これも試用よ。魔物を狩れるくらい使えるってわかれば、ネーダロス卿だって喜ぶんじゃない? 交渉次第では、依頼料に色付けてもらえるかも」
そう言って左腕を掲げる。だが、返ってきたのは、レモの呆れたような表情だ。
「んな事言って、大方珍しい魔物が狩りたいだけだろうが」
「バレたか」
魔法薬や魔法道具の勉強をしている関係で、以前とは違う見方で魔物を見るようになっていた。毛皮や牙、骨、内臓。それら素材からどんな薬や道具を作る事が出来るのか。自分で狩ったのなら、材料代を気にせず試作出来るではないか。
口角が上がるティザーベルに、レモは説得する事を諦めたらしい。重い溜息を吐いて一歩下がった。
剣を構えたままのヤードが、彼に並ぶ。
「来るぞ!!」
その声に導かれるように、木々をなぎ倒して現れたのは、巨大な象だ。特徴的な鼻、大きな牙、皺の寄った灰色の皮膚。どれをとっても前世動物園で見たアフリカ象そのままだ。ただし、大きさがかなり違う。
目の前の象もどきは、目算で体高が十メートルは超えている。姿を現した象もどきは、ティザーベル達を威嚇する為か大きな咆哮を上げる。
「……多分、何か叫んでいるんだろうなあ」
「シンリンオオウシと一緒で、物理だけでなく精神攻撃も加わっているんじゃないかな。とりあえず、結界はきちんと仕事してるね」
相手の攻撃が通じないとわかっているからか、ティザーベル達はのんびりと象もどきを観察している。
向こうもこちらに何のダメージもないのがわかるのか、いらだったように足踏みをしている。
「で? とっとと狩るのか?」
「出来たら、どんな攻撃手段を持っているか見たいんだけど……あ」
ヤードとぼそぼそと話していたら、象もどきが天を仰いだ。その途端、牙の間にバチバチと電気が生じている。なんと、あの象もどきは電撃を使うらしい。
なおも観察していると、首を振る動作でこちらに電撃を放ってきた。予想通りであり、これもまた結界が守ってくれるので問題ない。
「あの図体で電撃を使うか……意外と攻撃手段が多彩なのかな?」
「そうなのか?」
「うん、あれだけ大きいと、踏みつけるだけで相当な攻撃になるし、牙を使って突き刺したり突き上げたりっていうのも、大きな攻撃力を持ってるでしょ。それに加えて精神攻撃も含む物理攻撃の咆哮に、さっきの電撃。さすがに奥地に出る魔物は違うなあ」
のんきに観察している間にも、象もどきからの攻撃は続いている。電撃の次は大きな足で踏みつけてきたが、もちろん結界があるので攻撃は通らない。踏み潰せないのが気に食わないのか、何度も踏みつけてくるのは何だか滑稽だ。
踏み潰せず、牙での突き上げも効かず、電撃も効かない。咆哮は最初に失敗している。そろそろ、象もどきの攻撃パターンも見えてきた。
「んじゃ、やりますか」
ちっぽけな獲物を仕留める事が出来ずに苛立っている象もどきを相手に、ティザーベルが動く。
普段なら顔面に結界を張って窒息させるのだが、今回は象だ。鼻が邪魔で顔面だけという訳にいかない。
なので、体にぴったりする結界を張って空気を遮断してみた。身じろぎも出来ない象もどきは興奮しているが、それが余計に呼吸を苦しくさせるとは気づかないようだ。
すぐに異変に気づいたようだが、遅い。それにしても、体が大きいとそれだけ窒息するのに時間がかかるのか、かなり粘っている。
同じくらいの大きさのシンリンオオウシの時はもう少し早かったように思うが、どうだろうか。こういう時、手元に時計やスマホがないのは不便に思う。
やがて、象もどきから生命反応が感じられなくなった。無事、狩りは終了したらしい。
普段通り、移動倉庫に収めた後は、何事もなかったように一行は更なる奥地へと足を進めた。
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