遺跡編

百二十二 奥地へ

 ラザトークスの大森林は、相変わらず鬱蒼としていた。


「これ、ちゃんと作動するのかな……」

「さあな」


 左手に嵌めた腕輪を見ながらぼやくティザーベルに、レモはどうでもいいといった風に返す。


「おじさん、冷たくない?」

「仕方ない事とはいえ、嬢ちゃんには呆れてるからな」

「えー」

「えー、じゃねえよ。勝手にご隠居の依頼を受けちまって」

「それは、さっきおじさんも言ったように、仕方なかったのよ、うん」

「どうだかねえ……」


 じろりとレモに睨まれ、ティザーベルは明後日の方向へ視線をずらした。


 確かに先走って依頼を受けたのは悪かったが、あの場では断る選択肢はなかっただろう。だからこそレモも「仕方ない」と言ったのだ。


 レモ達の事情、故郷である亡国ユラクットの残党達から命を狙われていた件については、約束通りネーダロス卿が手を打ってくれたらしい。貿易絡みで圧力をかけたというから、残党に手を貸している連中も困っただろう。


 それと同時に、帝国に入り込んでいる刺客を一掃する間だけでも、行方をくらませておいた方がいいと言われたのだ。それには、このラザトークスの大森林はうってつけである。


 何せ、並の冒険者では手前に入るのが精一杯の難所だ。その大森林の最も危険と言われる奥地へ、一行は向かっている。


 現在位置は大森林中間のやや手前より。これからさらに進めば、中間の奥地よりに入る。


 今回の目的地は奥地。それも、前回のように一瞬でもいいという訳ではない。依頼内容は、奥地にあるという謎の遺跡の調査だった。



◆◆◆◆



「遺跡調査?」

「そうだ。大森林の奥には、マナハッド山脈の地下に通じる遺跡の入り口がある。これを見なさい」


 ネーダロス卿がテーブルに広げたのは、一枚の地図だ。しかも、かなり古いものらしく、所々変色している箇所がある。


 その一点を、彼のしわの寄った指が指した。


「大森林はマナハッド山脈の裾野に広がる森林地帯だ。東に山脈、他の三方から森に入る事が出来るが、どこから入ってもほぼ等しい距離にあたるここ。この地点に、遺跡に繋がる入り口があるのだ」


 古いくせに妙に詳細な地図を見る。マナハッド山脈は微妙に湾曲した山脈で、特に大森林に接する辺りは三日月のような形で山が連なっている。


 その一番奥の部分に、ネーダロス卿の言う遺跡の入り口があるそうだ。


「これ、いつ頃の地図なんですか?」

「ざっと百五十年前のものだ」

「百五十!?」


 想定外の年数に、聞いたティザーベルだけでなく、ヤードやレモも驚きを隠せない。百五十年も前に、こんなに詳細な地図を描く技術があったのだろうか。


 それにしては、現在帝国内で出回っている地図はかなりちゃちな作りだが。


 ティザーベルの考えを読んだ訳ではないだろうが、レモが問いただす。


「そんな昔に、こんな精巧な地図が描けたたあ、思えねえんですがね」

「表に出ない技術だとでも言っておこう。君なら、わかるのではないかね?」


 意味深なネーダロス卿の言葉に、一瞬イラッとするが、ここで嫌みを言ったところで意味はない。


「……航空写真が元ですか?」

「近いな。上空から見た映像を元に、地図に起こしたようだ。百五十年前には、既に人は空を飛べたんだよ」


 つい先日、クイトから風船の話を聞いたばかりだ。だとすると、百五十年前にも大規模術式であの森の上空を飛んだ人達がいるという事になる。


 逆に言うと、百五十年前から飛行の術式は進歩していないという事でもあった。前途多難だ。


 落ち込むティザーベルを余所に、ネーダロス卿は続けた。


「この遺跡の調査を頼みたい。無論、詳細なものでなくていい。正確な位置とどのような造りになっているかが知りたいんだ。あと、彼女にはこの腕輪の試用も頼みたい。いいね?」


 穏やかな言い方だが、否と言えない圧がある。さすがは帝国の元侯爵だ。


 なんとなく屈するのが悔しくて、明言しないまま質問してみた。


「それにしても、その遺跡? って、どんなものなんですか?」

「超古代の遺跡だ。ただし」

「ただし?」

「我々にとっては、懐かしいものかもしれない」


 ネーダロス卿の言葉に、ティザーベルは何も返せない。懐かしいとは、それが超古代の遺跡とは。


 頭の中で、もしやという思いが巡る。前世の記憶などという曖昧なものを持った者なら、誰でも一度は考えるのではないだろうか。


 自分がいるここは、地球なのか、それとも別の星なのか。魔法が使える時点で、地球ではないと思っていたのだけれど。


 ――超古代と言われる遺跡にあるのが、予想通りのものだとするなら……


 ここは、自分が知っているものよりずっと後の地球なのかもしれない。



◆◆◆◆



 レモの手には、隠居所で見せられた地図がある。といっても、写しであり大分簡略化されてはいるが。


 それでも、普通に入手出来るものよりは遙かに精巧だ。一流の冒険者も大商人も、喉から手が出る程欲しい代物だろう。


 それを広げながら、レモは眉間にしわを寄せている。


「で? 俺らはこの地図で行くとどの辺りにいるんだ?」

「ちょっと待ってね……大体、このへん」


 ティザーベルが指さしたのは、大森林の中間やや南よりだ。南南西から北東を目指して進んでいる最中である。


 これによれば、目当ての遺跡は大森林の最奥、マナハッド山脈の裾野にあるという。どこから入っても一番奥という、なかなか厄介な場所だ。


 マナハッド山脈自体、いくつもの山が連なっていて、しかも低い山でも標高五千メートルは下らないのだとか。この辺りの情報は、全てネーダロス卿からだ。


「まさか、死の山のもとへ行く事になるとはなあ……」


 レモのぼやきが耳に入った。その中に、聞き慣れない言葉がある。


「死の山?」

「東側じゃあ、あの山脈の事をそう呼ぶんだよ。行ったが最後、生きて帰ってこれねえって意味でな」


 なるほど、東側の国でもマナハッド山脈は危険な場所と恐れられているようだ。


 その危険な場所に向かっている今、知る事になるとは思わなかったが。


 一行は少し速度を上げて森の中を進んでいる。まさかこの危険な森で夜明かしをする訳にもいかないので、朝の早い時間から森に入り、なるべく日が落ちるまでに目的地に到着する予定だ。


 中間までは、ティザーベルの結界で魔物をやり過ごす事が出来る。問題は、中間の途中からだ。


 その危険地域に、到達したらしい。


「二人とも、そろそろだから気をつけて」

「了解」

「さて、どんな結果が待っているのやら」


 言葉少なく返すヤードと、茶化すような事を口にしつつも周囲への警戒度を上げるレモ。ティザーベルも、左腕に嵌めたバングルを右手で握りしめる。


 これがうまく作動してくれなかったら、全滅の可能性がとても高い。奥地はシンリンオオウシのような大型の魔物がうようよいる場所だという噂だ。


 もっとも、誰もそこまで行って帰ってきたものはいないので、どこから出た噂なのかはわからない。


 ――見た事ない魔物を狩るチャンス……って思わないと、やってられない。


 物語で見るアンデッドでもない限り、魔物は呼吸を出来なくしてやれば簡単に仕留められる。なので狩った経験のない魔物でも対応は可能なのだが、それも魔法が使えればの話だ。


 ネーダロス卿から借りたバングル。これが実用化されれば、おそらく魔法士部隊が大々的に大森林に入るのだと思う。彼等と共に、帝都の学者達も入るのだろう。


 だからこそ、その下準備としてオダイカンサマにこの依頼が出されたのだ。ギルドを通していないので、依頼料は出るけれど評価には繋がらないという、おいしいのかおいしくないのかよくわからない依頼だが。

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