百二十一 新しい依頼

 ネーダロス卿の隠居所で生活すること、早三ヶ月。そろそろ、本当に元の生活に戻れなくなりそうな予感がしている。


 そんな危機感を感じつつも、ティザーベルの魔法研究もそれなりに進歩していた。


「うーん……」


 現在やっているのは、魔力結晶を連結して使う方法だ。単純に術式回路で繋げばいいというものでもないらしい。


 彼女が試す方法など、先人が既に全て調べ尽くしている。今やるべき事は、前世の記憶を生かした、新しい方法を確立する事だ。


「もういっそ鉱物の方を人工で作成出来ないかどうか、試した方がいいのかなあ……」


 何度目かの失敗の果て、追い詰められたティザーベルは明後日の方向に思考を飛ばしていた。


 魔力結晶で使う鉱物は、天然ものばかりだ。鉱山で掘り出された結晶を磨き、規格にそって大きさを整える。


 まれに大きな結晶も発見されるそうだけれど、基本的には大きければ大きい程結晶の値段も上がるという。


 何をどうやっても、結晶同士の連結がうまくいかない以上、結晶そのものを大きくする以外に手がなかった。


「……鉱山で鉱物が出来上がる過程って、どんなだっけ?」


 魔力でその環境を再現すれば、出来るのではないか。といっても、確か熱も圧力も相当必要だから、室内で実験する訳にもいかないけれど。


 そんな日々を過ごしていたティザーベルのもとに、とうとうネーダロス卿からの知らせが届いた。


「明日の午後に戻る……か」


 ネーダロス卿から届いた手紙は、三人で使う第三食堂で開いている。余談だが、この屋敷にはメインの他に三つも食堂があるそうだ。


 テーブルの上に置いた手紙を、レモが手元に引き寄せて目を通している。


「やっと何か動きがある訳か」

「例の異質な魔力絡みなんだろうけど」

「そりゃそうだろう。高い金出してまで、俺らをあの森に行かせたくらいだからなあ」


 しかも、その後もこの屋敷で何くれとなく世話をしてくれた。実際に働くのは使用人の人達だが、彼等にそう命令を下しているのは雇い主であるネーダロス卿だ。


 ここで厄介になっている間は生活費の心配をせずに済むので、他の依頼を受ける必要がない。その為のいわば「囲い込み」である。


 そうまでして、あの森の奥で何をさせたいのだろう。


 ――というより、あの大森林の奥に何があるのやら。


 高確率で、これからティザーベル達はその何かに向けて出発しなければならないのだろう。あの森の厄介さは身をもって知っているので、憂鬱どころの騒ぎではないのだが。


 でも、もう報酬は受け取っているし、今更返せと言われても困る。何せ、彼女に支払われた報酬は情報なのだ。忘れる訳にもいかないので、依頼を受けざるを得ない。


 ヤード達も似たようなもので、今更返す事は出来まい。こちらは厄介な相手を封じてもらうのが報酬だ。


 そういえば、例の襲撃者はその後どうなったのだろう。


「おじさん、そっちの問題は解決したの?」

「ん? ああ、ここに来てからはとんと姿を現してねえな。さすがにこの屋敷には忍び込めねえだろうし」

「じゃあ、ネーダロス卿がどうにかしたから消えたって訳じゃないんだ?」

「どうだろうなあ。まあ、言った以上は動く人だから、多分大丈夫じゃねえか?」

「曖昧だなあ」

「確認しようがねえだろ? 東側は、船で大陸をぐるりと回らなきゃならねえんだ。行って帰ってくるだけで半年やそこらはかかるぜ。それだけの時間をかけて、黒幕を始末しに行くか?」


 レモの半年というワードに、ティザーベルの顔が曇る。強制参加させられた辺境ツアーが、ちょうどそれくらいかかったのだ。


 根無し草と言われる冒険者だが、以外と気に入った街には長く居着く。ティザーベルにとっても、今では帝都が故郷のようなものだ。


 その帝都から離れて面倒な辺境ばかりを回ったあのツアーは、肉体的にはもちろん、精神的にもきついものだった。それが半年も続いたのだから、彼女の顔が曇っても不思議はあるまい。


 それに、「始末」という言葉にも引っかかる。人外専門を謳っている以上、その始末とやらには関わりたくなかった。


「……明日には家主が来るんだから、その時聞けばいっか」

「だな」


 先延ばしとも言うが、それが必要な時もあるものだ。




 翌日、三人で待っているところにネーダロス卿がインテリヤクザ様とクイトを連れてやってきた。


「待たせたかな?」

「いえ」


 元々この隠居所は彼のものだ。そこに居候させてもらっているのだから、たとえ遅れてもティザーベル達が文句を言う筋合いではない。


 顔を合わせている部屋は、昨日三人で手紙を見た第三食堂だ。特に部屋を指定されなかったので、過ごしやすい場所を選んでいる。


 以前通された部屋は広さ的には問題ないが、調度品が素晴らしすぎて気安く使う気になれないのだ。


 空いてる席に座ったネーダロス卿は、早速話を始めた。


「さて、君らを待たせている間に、例の魔力の解析を終える事が出来てね。こんなものを作ってみたんだよ」


 ネーダロス卿は、背後に立つ使用人から受け取った包みをテーブルに乗せる。十五センチ四方の箱形の包みだ。


 それを開けると、中から木製の箱が出てきた。箱の蓋を取ると、腕輪が入っている。幅の広いバングルで、表には見覚えのある装飾があった。メナシソラウオのひれである。


「これは?」


 ティザーベルの問いに、ネーダロス卿はウキウキとした様子で答えた。


「魔の森の奥地の魔力を吸収し、魔法士が使えるように変換する魔法道具だよ」

「ええ!?」


 確かに異質な魔力を調べるとは言っていたけれど、まさかこんなものを作っていたとは。


 まじまじとバングルを眺めていると、ネーダロス卿はひょいと持ち上げてティザーベルに差し出した。


「付けてごらん」

「え!? わ、私ですか……?」

「君達の中で、魔法士は君だけだからね」

「はあ」


 やはり、再度の奥地行きは免れないようだ。差し出されたバングルを恐る恐る手に取り、左腕に嵌めてみた。特に何も起こらない。


 よく見ると、所々に小さな魔力結晶が埋め込まれている。薄い緑色の石だ。結晶は魔力をため込んでいる間は色が付き、放出仕切ると色が抜けて透明になる。


 もっとも、それは一番安価な魔力結晶が色無しの水晶で出来ているからだ。先程の説明から考えると、この結晶に奥地の魔力を変換して保存するのだろう。だとすれば、現在この結晶は空のはず。色つきの石を使ったのだろうか。


 まじまじと腕輪を眺めるティザーベルに、ネーダロス卿が楽しそうに説明する。


「いやあ、今回は面白い素材を手に入れたから、限界に挑戦してみたよ。我ながらいい出来だ。この結晶には大型のおよそ三十倍の魔力を貯め込む事が出来る。回路の記述にも大分手を入れたけれど、やはりダイヤは貯留量が違うね」

「……ダイヤ?」


 聞き間違いだろうか。魔力結晶で実際に魔力を貯め込む部分に使う鉱物は水晶が一般的だが、宝石と呼ばれるものが使われる事もある。それでもサファイヤかルビーが限界だとクイトに聞いた。


 それらは大陸で産出されるが、唯一ダイヤモンドだけは産出例がないのだとか。では、この腕輪に付いているダイヤとは、何なのか。嫌な予感しかしない。


「あの……このダイヤって……」

「もちろん、人造ダイヤだ。強力な魔物の骨を素材にしている」


 さすがのティザーベルも、二の句が継げなかった。彼女の様子に気づいているのかいないのか、ネーダロス卿の口は止まらない。


「デロル商会から出物の魔物素材を手に入れてね。いやあ、シンリンオオウシなんて大物、いつ入手したのやら」


 またしても、聞き覚えのある魔物だ。固まるティザーベルの隣から、ヤードとレモの視線を感じるけれど、今は彼等に何か言う精神的余裕がない。


「そのシンリンオオウシの頭骨を焼いて灰にし、そこから人造ダイヤを作り上げたんだ。熱と圧力の制御が難しかったけれど、技術として確立出来たのは大きい。これで貯留量の大きな魔力結晶を人工的に作る事が可能になった」


 ネーダロス卿の最後の一言に、ティザーベルの目が輝く。何度試しても失敗続きだった魔力結晶を繋いで使う方法ではなく、大型の魔力結晶を自身の手で作る事が出来るかもしれないのだ。食いつかない訳がない。


「ネーダロス卿! その辺り、もっと詳しく!!」

「いいとも。ただし、私の依頼を受けてくれたらね」


 すかさず笑顔で返すネーダロス卿に、周囲からの生ぬるい視線が集まったが、ティザーベルは気づかない。


「もちろん! 受けますとも!!」


 依頼内容を聞く前から、安請け合いをした彼女に、ヤードとレモの深い溜息は届かなかった。

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