百二十 それぞれの道
そんなある意味理想的な、そしてある意味怠惰な生活はしばらく続いている。ネーダロス卿は、一体今何をしているのやら。
「おっす! 遊びに来たよ!」
「セロア!?」
普段通り自室で本を読んでいたら、いきなりセロアが顔を見せた。
「どうしたの? 急に」
「あんたがここにお籠もりしているって統括長官から聞いてさ。憂さ晴らしに行ってやれって」
ここまでの船も、インテリヤクザ様が手配してくれたらしい。
「おお、インテリヤクザ様、意外と気配り出来るんだ……」
「あんた、それ本人に聞かれたら怒られるわよ?」
「聞かれなきゃいいでしょ」
ティザーベルがこの隠居所で私室として使っている部屋は広く、三部屋にまたがっている。現在いるのは彼女専用に設えられた居間だ。
あきれ顔で入ってくるセロアをテーブルに誘い、自分はお茶を入れようとワゴンに向かう。
「まったく……大体、どこをどう見てインテリヤクザ? しかも様までつけて」
「いや、どこからどう見てもインテリヤクザでしょ? 様はほら、貴族だし」
「あんたの目は腐ってる」
酷い言われようだ。
「あのモノクルが原因だよ、きっと」
「馬鹿ね、あのモノクルがいいんじゃない」
「セロア……」
「厳しめの表情もナイス! ああ! まさしく理想が服着て歩いてるって感じよ!! 眼鏡サイコー! モノクルもまたよし!」
浮かれた様子のセロアを見て、ティザーベルは苦笑せざるを得ない。まるでアイドルを思うファンの姿だ。
――でも、それくらいがいいのか。
帝国では、貴族と庶民の結婚、いわゆる貴賤結婚は認められていない。抜け穴もないではないが、インテリヤクザ様は子爵と爵位は高くないものの、れっきとした貴族だ。年齢的にも妻帯している可能性もある。
そんな相手に、本気で入れ込んでも報われる訳がない。自分が半分諦めている分、彼女にはぜひとも幸せな結婚をしてもらいたいのだ。
とりあえず、当たり障りのない話題に誘ってみた。
「その後、そっちはどうよ?」
「相変わらず。ああ、引き取り所のギメントから、最近あんたの顔をみないがどうしてるのかって聞かれたなあ。あと、ザミ達が心配してる。どっちにも、長期の仕事に出てるって言っておいたけど」
「ありがとう」
ギメントはまだしも、ザミ達とはしばらく顔を合わせていない。お互いのタイミングが合わなかったのだ。ティザーベルが帝都にいる時には向こうが長期の仕事に出ていて、こっちが外に出る頃に帰ってきている。
もっとも、冒険者同士だからその辺りは理解しているし、お互いにべったりの関係ではないから問題はない。
セロアの話だと、ザミが在籍している冒険者パーティー「モファレナ」は、しばらく帝都周辺の仕事のみを受ける事にしているそうだ。
何度か長期遠征が重なったので、メンバー全員が帝都を離れたがらなくなったからだとか。
「それで? そっちの方はどうよ?」
「あー、うん。とりあえずここで待機中の間、吸収できる知識は吸収しておこうと思って」
「ほうほう」
「持ち主が持ち主だからか、書庫には魔法関連の書籍が充実してるのよ。とは言っても、欲しい技術が記載されている本が見つからなくってさー」
「ちなみに、何を探してるの?」
「複数の魔力結晶を繋いで使う方法と、飛行の術式」
ティザーベルの話を聞いた途端、セロアが何でもない事のように返す。
「飛行なら、現時点であるじゃない」
「マジで!? え? どこに?」
「どこに……って、魔法士部隊で移動の際に使ってるじゃない。風船。知らない?」
「そういえば、そんな話を……」
意外な場所にあったものだ。もしかして、まだ新しい術式なのだろうか。だとしたら、まだ民間に下りてはこないだろう。
それにしても、魔法士部隊か。クイトに聞けば、何かわかるかもしれない。彼は今日、屋敷に来ていただろうか。
ちょうどその時、クイトが来たと使用人から知らされた。
「……彼の時は知らせてくれるのに、セロアの時は知らされないとはどういう事かね?」
「同性だからじゃね?」
「そうなの? ……そうなのかなあ」
腑に落ちないけれど、ちょうどいいと言えばちょうどいい。いつも通り工房にいるというクイトのところへ向かった。
工房内にも休憩用のスペースがあり、ちょっとした飲食が出来るようになっている。彼はそこでくつろいでいた。
「あ、来た来たこんちゃー。あのさー――」
「魔法士部隊で空飛べるって、本当!?」
「挨拶もなし!?」
「あ、ごめん。こんにちは。で? 本当なの?」
「扱いが雑……」
何やらしくしくと泣き真似をするクイトに構わず、ティザーベルは返答を求める。
「お返事は?」
恨みがましい目で見られたけれど、笑顔で押し切った。クイトは軽い溜息を吐いた後、ぽつりと答える。
「……あるにはあるよ」
「本当なんだ!?」
光明が差した瞬間だったが、クイトの言葉が水を差した。
「ただ、おすすめはしない」
「なんで?」
「起動するのに、魔法士部隊でも十人以上必要なんだ」
「……そんなに?」
確か、魔法士部隊は性格はともかく魔法に長けた人間の集まりのはず。その部隊でも、十人以上が集まらないと起動出来ないとは。
クイトは続けた。
「元々、飛行術式と呼べる程でもないんだよ。浮遊で浮かせた後、風を使って強引に上へ押し上げるだけなんだから」
「うーん……」
それで風船と名が付いているのか。だが、逆に考えれば物体を浮かせた後、風力で押し上げる事は現時点でも可能という事だ。
何もティザーベル一人が飛ぶのではない。将来的に水陸両用ではなく陸海空全てで使える乗り物を作りたいのだ。
「その方法って、術式として確立している訳じゃないのね?」
「一応は確立してる。でも、さっきも言ったように凄く効率の悪い飛び方しているんだよ。実際、魔力消費も馬鹿にならないし」
「ふうん……ねえ、その術式って――」
「外には出せないよ。非公開だから」
「ちぇー」
食い気味に返すクイトに舌打ちをすると、背後から笑い声が聞こえた。振り返らなくともわかる。一緒に工房に来ていたセロアだ。
「殿下もベルの性格、理解していますねえ」
「殿下はやめてくれる? 二十二歳になったら継承権を放棄して、臣籍降下するんだから」
「あら、じゃあ閣下と呼んだ方がいいですか?」
「名前で呼んでくださいお願いします」
クイトもセロアには敵わないらしい。もっとも、彼ならティザーベルでも言い負かせそうな気がするけれど。弁舌で、というより勢いでどうにかなりそうだ。
ティザーベルが失礼な事を考えている間に、セロアとクイトは何やら意気投合している。
「じゃあ、あと二年で臣籍降下するんだ」
「そう。爵位は多分侯爵くらいだろうって言うんだけど、正直もっと低くてもいいんだ。魔法は使えるから、それこそ冒険者でもやれそうだし」
「あー……ギルドにいる人間としては、オススメしませんねえ」
「え? 何で? どうして?」
「あいつら、自分の命がかかっているからか、人の育ちを見る目が半端ないんですよ。で、自分より強いと感じた相手にはへーこらして、自分より弱い存在って見ると、総出で攻撃するから」
セロアの話が意外だったのか、クイトが引いている。それでも、続けて確認していた。
「魔法使える程度じゃ、駄目?」
「ベルくらいしっかり対処出来ればいいんですけどねえ。あの子、人外専門とか言ってるけど、自分に攻撃してくる相手には容赦しないから。以前も聞いたでしょ? 余所からきた冒険者に絡まれた時、何やったか」
「あ……」
青くなったクイトを見て笑うセロアに、苦情を言っておく。
「ちょっとセロア、なんで私の話を引き合いに出すのよ」
「一番わかりやすいから」
「けろっと答えんな」
「えー?」
「えーじゃありません」
しばらく言い合いをしていると、クイトが手を挙げて聞いてきた。
「あのー、質問なんだけど」
「何?」
ティザーベルとセロアが同時に振り向いたからか、彼が一瞬びくっとしている。別に何かした覚えはないのだけれど。
おずおずといった様子で、クイトが口を開く。
「その、何でティザーベルは軽く見られた訳? 魔法が使えるのに」
「そりゃ、女が冒険者なんかやってれば、軽んじられるのは当然じゃない?」
「地元じゃ違う意味もあって蔑まれてたしねえ」
セロアとティザーベルの返答が以外だったらしく、クイトは目を丸くしている。そこまで驚く事か? と思いつつも、補足説明をしておいた。
「冒険者なんてやるのは、社会の底辺でしょ? 普通、女の底辺って言ったら風俗だから。そっちの方が稼げるっていうし。女の冒険者で人並みに稼げる人なんて、それこそ希少価値だよ。あと、私が地元であれこれってのは、あの街特有の考え方があるから」
「特有の考え方?」
首を傾げる彼に、やはりあれはあの街独自の考えなんだと思い知らされる。
「うん。ラザトークスでは、成人するまで孤児院にいた子の事を『余り者』って呼んで蔑むのよ」
「何だよ、それ。親を亡くすなんて、子供の責任じゃないだろ?」
「そうだけどさ。日本でもあったでしょ? 両親そろって当たり前、片親でも差別対象だし、両親いない子なんてもっと、っての」
「……」
そうした差別意識は、どの時代、どの国でもある事だ。ラザトークスでは「余り者」に対する差別だったというだけ。他の街でも大なり小なりあるだろう。
「探せば、帝都でもなにかしらの差別はあるでしょ。それこそ、地方出身者だと馬鹿にされるとか」
ティザーベルの言葉に、クイトが苦い顔で視線を逸らす。思い当たる事があるらしい。
そういえば、魔法士部隊は貴族出身と庶民出身でいがみ合っている場所だった。帝都に出てくる時にそんな話を聞いた覚えがある。
もしくは、皇宮内での身分序列か。クイトの母は身分が低かったというから、その辺りかもしれない。
「とにかく、冒険者になるなら精神的に強くないと潰されるよって事」
「……君も、強いの?」
「見たまんま」
短く答えると、クイトは小さく吹き出した。
「そっか。……うん、そうだね。どんな仕事でも、簡単には出来ないよね」
「そーね。領主とかもね」
「うん……」
「その前に、あんた確か魔法士部隊に所属していなかった?」
「うん? ……そうだけど」
「だったら、臣籍降下したって、部隊に残ればいいじゃない。それも立派に仕事でしょうよ」
「えー……それは……」
何やらもごもごと言っているが、よく聞き取れない。だが、彼の態度から相当部隊に残るのが嫌なのは見えた。
「さっきあんたも言ったでしょ? どんな仕事も簡単には出来ないって」
「いや、そうだけど……」
「あんたはそのまま部隊に残った方がいいわよ、うん。で、内部から居心地いいように作り替えればいいじゃない」
ティザーベルの言葉に、クイトはぽかんとしている。余程想定外の事を言われたようだ。
言った方からすれば、そこまで驚く内容だったかと、逆に驚く。そのまま彼を見ていると、ようやくショックから立ち直ったのか、ぽつりと呟いた。
「内部から?」
「そう。外から再編しようとした事、あったんでしょ? それでも居心地悪いんなら、あんたが部隊長にでもなって、中から部隊の体質を変えていきなよ。よし! 頑張れ!!」
「軽いなあ。人ごとだと思って」
そう言いつつも、クイトは笑っている。
「いや、だって人ごとだし」
「雑!」
そう言いつつ、彼はまた笑い出した。釣られてティザーベル達も笑う。ひとしきり笑った後、クイトがぽつりと呟いた。
「そっか……やってみるかな」
「頑張れ」
「応援だけはしてるから」
セロアとティザーベルが立て続けに言うと、彼はまた笑う。笑っていられるなら、大丈夫だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます