百十七 奥地の魔力 一
ラザトークスの船着き場から、直接街の門へと向かう。ギルド支部や宿屋などを経由しない、弾丸ツアーのようなものだ。
「それにしても、お貴族様の船ってえのは、快適なもんだ」
「本当よねー。まさかお風呂までついているとは思わなかったわ」
帝都からラザトークスまで、なんと依頼人であるネーダロス卿が所有する船を借りている。
本来個人所有の船を水路で使う場合は、事前の申請が必要なのだそうだが、それもあっという間に通してしまった辺り、彼の権力の大きさが見えた。
そんな快適な船での旅は、わずか二日という短さだ。途中の街には一切立ち寄らず、また船自体の航行速度もあり、通常の倍近い早さで到着している。
宿を取らなかったのは、船着き場に係留しているこの船が、宿の代わりになるからだ。
「にしても、船を宿代わりにしようたあ、嬢ちゃんの財布のひものきつさには恐れ入る」
ラザトークスの大通りを門へ向かって移動しつつ、レモがぼやく。船を宿代わりにしようと言い出したのは、ティザーベルなのだ。
その当人は、レモの言葉にくすりと笑う。
「別に宿代を浮かせたくて提案したんじゃないよ」
「じゃあ、どうしてだ?」
「忘れたの? 私、この街じゃあ『余り者』って言われて、蔑まれてたんだけど」
最悪、宿に泊まれない可能性もある。泊まれたとしても、他の客と差別されるのは目に見えていた。
この街の閉鎖的な考え方は、一朝一夕には消えない。
ティザーベルの言葉に、レモは鼻白む。
「ああ……でもよ、前回の時は普通に宿に泊まれたじゃねえか」
「そりゃ、あの時宿を取ったのは私じゃなかったからね。この街って結構狭いからさ、もう船着き場から情報が宿屋の方に回ってるよ」
多分、ヤードやレモが宿屋に行っても、ティザーベルの連れという事で彼女と同じ待遇を受ける。嫌な思いをしてまで、この街に金を落とす必要はない。
そう続けた彼女に、ヤード達はなんとも言えない目を向けていた。
本来なら、大森林に入る前にギルド支部に行った方がいいのだろう。同じ大森林に入るなら、他にも受けられる依頼があるかもしれない。
でも、今回は面倒を避ける意味で支部には行かなかった。
「大通りを歩いてる時点で、目立ってるから面倒に巻き込まれる危険性は高いんだけどねー。それでも、支部に行っちゃうと今以上に巻き込まれる可能性が高くなるから」
「嬢ちゃん、どんだけこの街で嫌われてるんだよ……」
げんなりしているレモに、ティザーベルはあっけらかんと答える。
「何かした覚えはないのにね」
ただ、孤児院で成人したというだけだ。もっとも、お試しの引取先で気味悪がられたのはあるけれど。
子供なのに大人顔負けの言動をすれば、不気味に思われても仕方あるまい。だからといって、子供のふりをしてもぼろが出て結局無駄な努力に終わった。
何度かのお試し引き取りを経験して、自分には無理だと判断したのは十歳になる前だったか。思えば、早いうちに諦めたものだ。
じろじろと見られながら大通りを抜け、街の門をくぐる。門番も何か言いたげな様子だったが、冒険者として街の外に出るのだから、文句を言われる筋合いはない。この門をくぐるのは、商人か木こりか冒険者くらいだ。
門を出ると、既に森が見えている。
「相変わらず、広い森だな」
「いつこの街が飲み込まれるか、街中で賭けをしてる人達もいるよ」
「それでいいのかねえ……」
苦い顔で首を横に振るレモに対し、ヤードは鋭い視線で前方の森を睨んでいる。
「どうかした?」
「いや……」
聞いても、返答を濁された。
森にはすぐに到着する。既に木を切り倒している木こり達の声や音が響いていた。これも、この森の名物か。
ティザーベル達は、冒険者が入り込む獣道のような口から入る。対物対魔完全遮断結界は、忘れずに張っておいた。
――あ! これを張ってくれる魔法道具だけでも、先に作っておけば良かった!
今思い出しても、後の祭りである。ネーダロス卿から依頼を受けてから、ほとんど間を置かずにここに来たのだから、作っている暇などなかったのだけれど。
ともあれ、普段通りに進んでいく。時折別の冒険者の気配を察知するけれど、なるべく回避して進んでいるので出くわす事はない。
この大森林の中では、連携しているパーティー以外には関わらないという暗黙のルールがある。
「狩りの最中だったりしたら、邪魔する事になるからね」
「なるほど」
結界には、音を遮断する機能も盛り込んでいるので、結界内なら喋っても問題ない。なので、道すがら森での行動における、地元民ならではのあれこれを話していたのだ。
前回入った時はもっと浅い領域のみで行動していたので、採取に忙しく話している暇がなかった。
今回は奥地にいって魔力を採取してくるだけなので、途中までは気楽なものだ。魔物に出会ったとしても、最低限の追い払いのみで狩りは行っていない。
手前を過ぎて中間の区域に入ると、大森林は「魔の森」という呼び名にふさわしい様相を呈してくる。魔物の数が多く、またこの森でしか見ない固有種も多くなる。
その多くが一般的な魔物よりも大型で獰猛とくれば、この辺りで狩りが出来る冒険者は限られていた。おかげで周囲に人影はない。
「もうちょっと奥に行くと、奥地の区域に入るよ。その手前くらいから、結界が効きづらくなるから、気をつけて」
「わかった」
まだ結界は生きている。このギリギリを見極めるまで、結構怪我をしたなあと思い出した。
普段が結界頼りで活動していると、いざ結界が使えなくなった時に困る。でもラザトークス時代にあれこれ試して出した結論は、結界が効かない場所には立ち入らないというものだった。
魔法が使えない場所など、殆どない。ならば便利に使って使えない場所には近づかなければいいのだ。
その結界が、薄くなった。
「そろそろ、限界」
「了解」
そうヤードが、こちらに手を出してくる。
「何?」
「例の箱、こっちに渡せ。俺が行ってくる」
「へ?」
どうして、あれを彼に渡すのか。訳がわからなくて首を傾げていると、レモが脇から補足する。
「嬢ちゃん、この先は魔法が効かねえんだろ? 武器での攻撃は俺らの仕事だ。だから、ご隠居から預かった箱、ヤードに渡しな」
そういう事か。だが、この先は彼でも危険な場所だ。
「でも、ヤード一人じゃ……」
「問題ない。その箱を持ったまま、一歩足を踏み入れる程度でいいと言ってただろう?」
確かに、ネーダロス卿からはそう聞いている。メナシソラウオのひれは魔力を効率よく拾うので、ほんの一瞬でも奥地の魔力がある場所に持ち込めばいいという。
その魔力を、何に使うのかはわからない。
――いや、多分、採取した魔力を解析して、奥地でも魔法を使えるようにしたいんだ。
ネーダロス卿は、今回の依頼を「実験」だと言っていた。今回の奥地行きは、本番ではないという事ではないのか。
一体この森の奥には、何があるのか。
気にはなるけれど、それを考えるのは今ではない。ティザーベルは移動倉庫に保管しておいた例の箱をヤードに渡す。
「気をつけて」
「ああ」
彼は箱を懐にしまうと、あっという間に森の奥へと消えていった。この辺りでは魔力の糸も使えない。ヤードの無事は、本人が帰ってくる事でしか確認しようがなかった。
そのまま待つ事しばし。奥の方から何やら轟音が聞こえてくる。
「何?」
「ちょいと、やべえな」
口ではそう言いつつ、レモは普段通りだ。音は段々近づいていて、それと同時にこちらに駆けてくるヤードの姿も見えた。
そして彼の後ろから、こちらに向かってくる巨大な影も。どうやら、奥地であの魔物に勘づかれ、そのままこちらに逃げてきたらしい。
「ちょ!」
「こりゃやべえ!」
さすがに、こんな魔法の効きにくい場所での戦闘など、御免被る。せめて中間の中程まで後退しなくては。
結局、三人で一緒に魔法が効きやすい場所まで逃げて、しっかり仕留めてから森を出た。
巨大な魔物は、さすがにティザーベルも見た事がない。
「さっきの魔物、帝都本部まで持ち帰れば、どんな魔物かわかるかな……」
「嬢ちゃん、言う事はそれかよ……」
「だって……あ! ヤード、箱は!?」
「ここだ」
そう言って放ってきた箱を無事にキャッチ、蓋を開けて中身を確かめた。
「え……何これ……」
「何だ?」
「どうした?」
中身の変わりぶりに、思わず声を上げたティザーベルに、レモとヤードも箱をのぞき見る。
「色が変わってる……」
そこにあったのは青黒い物体ではなく、青銀色がきらめく美しい板が収まっていた。
箱から出してみても、元の色にはならない。薄い板状の物体で、上半分が青銀色、下半分はそれまでと同じ鈍色だ。
奥地の魔力を吸収した結果だろうか。だとしても、色が変わるなど聞いていない。この情報を教えなかったのは、わざとなのかそれとも。
――機密に当たるとかかな……でも、だったらそんなもの、冒険者に預ける事自体がおかしい話だし。
もしかして、悪戯なのだろうか。あの御仁ならあり得ない話ではないと思ってしまう辺り、ティザーベルもあの会合で大分ネーダロス卿の人柄がわかってしまったのかもしれない。
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