百十五 王子様

 物心つく頃から前世の記憶がある事、同じ国からの転生者と思われる人達があの場に集っていた事、ついでに菜々美は同じ国からの転移者だとも伝えておいた。


「といっても、菜々美ちゃんに関してはザハーさんがどこまで周囲に話しているかわからないから、当面は内緒って事で」

「わかった……それにしても、なあ?」


 さすがのレモも、半信半疑の様子だ。仕方あるまい。いきなり前世だの何だの言われたのに加え、あの場にいた五人が同じ転生者、一人が転移者で元いた国が同じと言われたのだ。いくら偶然だと言ったところで、出来すぎと言うものだった。


 でも、レモに話を振られたヤードの方は、冷静に答える。


「一概には信じられないが、いくつか根拠らしきものはある。それに、ティザーベルは嘘を吐かないとわかっているから」


 信頼されていると思っていいのだろうか。普段あまり喋らない彼の口から、こんな言葉を聞かされるとは思わなかったから、少し嬉しい。仲間に認められるというのは、こんな感じだったなと、改めて思い出せた。


 何せ故郷で組んでいた相手はあのユッヒだから、依存される事はあっても認められて嬉しいと感じる場面は殆どなかったのだ。


 セロアは認めてくれるけれど、友達であって「仲間」とは少し違う。大体、ギルドの受付と冒険者では、やっている事も違いすぎて愚痴は言い合うけれど相手の仕事に踏み込んだ意見などは言わなかった。


 ヤードの言葉に、レモも頷いている。


「確かに。こんな話を俺達にして、嬢ちゃんに利益があるとも思えん」


 彼の言葉は、ヤードのそれと違って何やら引っかかる。


「……それだと、利益があれば嘘を吐く人間だって言ってるように聞こえるんだけど?」

「違ったか?」

「確かにお金には執着するけどね! 同じパーティーの仲間に嘘は吐かないよ!」


 秘密にする事はあるけれど。続く言葉は口には出さずにおいた。レモも本心で言ったのではなく、からかいの一種だったようだ。


「確かにな。それにしても、帝国だけでそんなにてんせいしゃ……だったか? がいるってのも、不思議っちゃあ不思議な話じゃねえか」

「まあね。私もセロアも、首傾げてるよ。それに加えて更に三人も転生者がいたし、転移者までいるし。本当、どうなってるんだろう……」


 それに、どうも人によって前世の記憶の幅があるらしい。セロアは割と鮮明に覚えているのに対し、ティザーベルは虫食い状態の記憶なのだ。


 聞いてはいないが、ネーダロス卿やインテリヤクザ様、クイトも記憶のあり方に差があるかもしれない。


 ――興味はあるけど、今はそれを調べている場合じゃないか。


 目の前に迫っている危機は、ユラクットからの襲撃者と大森林の奥地行きだ。どちらかと言えば、後者の方が危険度は高い。


「さて、話は終わったし、一旦戻ろうか」

「だな」


 お互いの事情を聞いても、前と変わらず接してくれるのはありがたい。転生者である事を信じてくれなくても、「頭のおかしな奴」扱いしないでくれるだけでいい。




 大広間に戻ると、何やら盛り上がっている。


「本当ですって」

「マ、マジか……」

「当時のラザトークス支部のロビー内、みんな同じような反応でした」


 主にセロアが何かを話しているらしい。笑いながら話すセロアに対し、クイトが怯えた様子で引いている。嫌な予感しかしない。


「何話してるの?」

「ああ、あんたの昔話」

「はあ?」


 本人がいない場所で、一体何を話しているのやら。聞けば、ラザトークス時代のあれこれだという。


「ほら、余所から来た冒険者に、出会い頭で一発かました事があったでしょ?」

「……どれ?」

「見かけ倒しのやつよ。でかい声であんたに怒鳴り散らして、その場でリサント支部長の許可をもらって、お灸据えたのがあったじゃない」

「ああ、あれか。……そんなので盛り上がってたの?」

「うん」


 辺境のギルド支部にありがちな、余所から来た冒険者に難癖つけて強請る連中がいる。ところが、セロアの話に出ていた奴らは、余所からラザトークスに来たくせに、地元出身のティザーベルに難癖をつけてきたのだ。


 もちろん、周囲はやんわりと止めたけれど、そこはどこまでも自己責任がつきまとう冒険者、半分以上は煽る意味で止めていた。


 それにすっかり乗せられた余所者達は、結局ティザーベルにきついお灸を据えられたのだ。支部長からの許可があった辺りに、余所者の程度が知れる。


「そういや、結局あの連中あの後どうしたんだっけ?」

「痛そうに股間を押さえてよろよろ出て行ったのは覚えてるわ」

「……嬢ちゃん、何やったんだよ?」


 股間というワードから何かを悟ったらしいレモが、青い顔で聞いてくる。返される答えは予想済みだろうに。


「何って、魔力の糸で股間をきゅっとね。男性相手なら、これが一番効くから。人数多いと別の手を使うけど、十人以下ならこっちかな?」


 あっけらかんと答えると、既に顔色を悪くしているクイトだけでなく、ヤードやレモ、インテリヤクザ様まで顔色を悪くしている。どうやら、想像だけでどこぞが痛んだらしい。


 平静でいるのは、ネーダロス卿くらいか。


「まあ、その話はそれくらいで。さて、三人とも、話は終わったようだから、こちらの方を進めようか」


 一瞬、卿の目が光った気がするが、気のせいだろうか。




 改めて席を設ける、というので、部屋を移る事になった。あの大広間に比べると、普通に広い部屋だ。室内も純和風というよりは、和洋折衷といった様子だ。


 部屋の中央に設えられた大きな円卓、椅子は全部で十四脚。そこに好き勝手に座った。女子は三人なので、固まって座っている。


 目の前には、ソーサーの上にお茶を入れたカップ、茶菓子に用意されたのは、街中ではあまり見ない焼き菓子だ。フィナンシェに似ているから、もしかしたらネーダロス卿が特別に作らせたものかもしれない。


 そうすると、カップのお茶も紅茶を再現したものだろうか。庶民も茶は飲むが、色味が大分違う。これは薄い紅色だが、普段飲むものは黄色みが強い黄緑だ。


「部屋の大きさという点では、これくらいの方が落ち着くねえ」


 ネーダロス卿の言葉には同意だが、ならばどうしてあの大広間に通されたのか。


 聞くに聞けないでいると、クイトがあっさりと口にした。


「だったらどうしてあの大広間に通したのさ?」

「そりゃあもちろん、自慢したいからだよ」


 どうやら、持ち主の満足の為だけに通されたらしい。ネーダロス卿の返答には、クイトもがっかりしている。


「なーんだ。ただの自己満足か」

「せっかくこれだけの屋敷を建てたのに、誰も『凄い』の一言を言ってくれたんだからな。少しくらいは自慢してもいいだろう?」

「あー、はいはい。凄い凄い」

「またそんな……お前は本当に子供の頃から可愛げというものが――」

「いや、そんな覚えていない頃の事を言われても」


 どうやら、二人はクイトが幼い頃からの仲らしい。年齢的には、祖父と孫といったところだが、関係性は一体どういったものなのか。


 ――やめた。


 詮索するのはティザーベルの性分ではない。冒険者になってまだ三年経たない身だが、すっかり「やり方」が身についている。


 それに、ここで変に首を突っ込むと、後悔しそうだ。既に魔力結晶の件とレモ達の件で借りを作りそうなのだ。これ以上余計な借りも貸しも作りたくない。


「お二人は、どんな関係なんですか?」


 ある意味場の空気を読まない発言をしたのは、菜々美だ。いや、むしろ読んだからこそかもしれない。内心でグッジョブと称えながら、クイト達からの返答を待つ。


 彼等は一瞬お互いに見合い、すぐに胡散臭い笑顔を浮かべた。


「えーと、僕の後見人って間柄なんだ」

「これの母は少し身分が低かったのでね。あのままでは生き残る事も難しかった。だから、これの父親に頼まれたのだよ」


 母親の身分が低いと命が危ないとか、どれだけいい家に生まれたのか。貴族だとは思っていたけれど、もしかしてかなりの高位貴族だったのだろうか。


「え……あの、クイトさんって、一体どんな家の人なんですか?」


 本当に、菜々美はこちらにメリットのある質問をしてくれる子だ。本人にそんな意図はないのだろうけど、結果として大変助かっている。


 既にクイトとは魔法関連で縁が出来てしまっているし、ネーダロス卿とも同様に縁が出来ている。ならば二人の関係を知っておいた方が、後々の為だ。貴族相手では、発言一つ間違っただけでも首が飛びかねない。


 もっとも、本当にそうなったらどんな手を使ってでも逃げるけれど。そして、かなり今更なのも痛い。あの工房では、かなり気安く接していたのだから。


 菜々美の質問を受けたネーダロス卿は、不思議そうな顔をしている。


「おや、聞いていないのかい? 君も?」

「え? ええ……あの、菜々美ちゃんはクイトと今日が初対面です」

「そうだったのか……君達とは仲がいいようだから、てっきり……いや、失礼した。彼はクイトシュデン。今上陛下の十六番目の皇子だよ」

「はあ!?」


 本日、最大の爆弾発言だった。

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