百十四 襲撃者の正体

 話を聞き終わった途端、詰めていた息を吐いた。思っていた以上の重さだ。だというのに、話した本人がけろっとしているのは、何だかしゃくに障る。


「えーと、とりあえず……」


 何を言うべきか。あんな話を聞いた後では、何を言ったところで上滑りしそうだ。

 だからか、明後日な事を口にする。


「叔父と甥って、本当に?」

「そうだって言っただろうがよ。てか、言う事はそれか?」

「うーん」


 信じられないというのとも少し違う。確かにこの二人を見ていると、親類だと言われれば納得するような、外見を見ていると血の繋がりを否定したくなるような。


「あれだ、要は似ていないねって事で」

「それに関しちゃ、言ったように姉と俺は腹違いなんだよ。で、ヤードは母親似だ」

「ああ、なるほど」

「それで納得すんのかよ……」


 何だかレモが肩を落としているが、気にしない。ふとヤードの姿が目に入る。


 先程の話が本当なら、ヤードは亡国の王子だ。


「……見えない」

「何がだ?」


 ティザーベルの呟きに、怪訝な顔で返す彼。見た目はどこからどう見ても冒険者だ。装備がそうなのだが当然なのだが。


 でも、考えてみれば彼の所作はどこか品がある。レモの説明では国を出たのは幼い頃のようだし、王子としての教育は受けていないはずなのに。


 ――そういえば、ネーダロス卿を頼ったって言っていたっけ。


 さすがに手練れのレモとしても、幼子を連れて逃亡生活を続けるのはきつかったのではないか。ユラクットという国から帝国に来るだけでも、船で大陸を回らなくてはならない。その距離を考えれば、どれだけ大変だったかは想像出来る。


 ネーダロス卿にどれだけの期間世話になっていたかは知らないが、そこで教育を受けたのなら、所作に関しては納得だ。ユラクット風ではなく、帝国風の作法を身につけたのではないか。それも、上流階級の。


 思わず彼の怪訝な顔を見つめてしまったが、話を元に戻さなければ。


「えーと、って事は、襲撃してきているのって、そのユラクット王国の人達って事でいいの?」

「だな。ただ、とっくに滅んでる国から、こうも次から次へと刺客を送ってくるってのが妙なんだよ」

「ああ、なるほど」


 レモの言葉も納得だ。ただの恨み辛みにしろ、王位継承問題にしろ、これだけ離れた場所まで金と時間と手間をかけてまで人を送り込むメリットはあるのか、というところだ。


 しかも、継承問題に関しては事実上ないと見ていい。滅んだ国の王位など、主張したところで意味がない。


 レモの話では、捕まえた一人を尋問したそうだが、顔立ちや言葉からもユラクットの人間で間違いないそうだ。


「現在のユラクットの情報って、手に入るの?」


 ティザーベルの質問に、レモは重い溜息を吐いた。


「ご隠居の筋からと、俺自身の伝手で何とかな。あの人は、国内の魔法関連だけでなく、東側の国との交渉事を一手に引き受けているんだ」

「へえ……」


 意外な情報だ。魔法結晶関連から、そちら方面に強い人なのではと予想はしていたけれど、外交的な仕事ま引き受けているとは。


 といっても、東側とまともな外交などあるとも思えない。何せこの帝国は、大陸の半分以上を占めるのだから。東側の国全てが連合を組んだとしても、帝国に武力、財力で敵うとは思えない。


 レモは軽い溜息を吐く。


「そのご隠居の話によれば、どうもユラクット方面でおかしな動きがあるらしい。こっちに刺客が送られてるのは、その余波だな」

「余波……おかしな動きって、具体的には?」

「王国再建だとよ」

「ああ」


 亡国を再建するから、後々の禍根を断つ為に王位継承権を持つヤードを始末しておこうという事か。何というか、やる事が雑過ぎる。


「じゃあ、襲撃者は国絡みって事?」

「というより、元国の上層部にいた連中絡みってところだな。まだ再建はなっちゃねえようだし、そもそも再建自体が夢物語に近い」


 そんな状態で、よくこっちにちょっかいをかけようと思うものだ。刺客一人送るだけでも、結構な手間と金額がかかるだろうに。


 東側との行き来は海路のみとなる。陸路はマナハッド山脈に阻まれているのに加え、その山脈の裾野に広がる大森林のせいで通行は不可能だ。


 以前、無謀にも陸路を開拓しようと挑んだ者達もいたようだが、全員消息不明となっている。それも、一番最近のもので数十年は前だそうだ。


 海を使って海岸線をぐるっと回らなければならない為、東側から帝国へ来るのにかかる金額は相当なものらしい。しかも、客船などは就航していない為、交易船の端に乗せてもらう程度になるという。


 そこまでして、帝国に逃れた二人を襲撃しようとするのは、本当に王国再建の邪魔になると考えての事だろうか。どちらかと言えば、その執念深さには怨恨が絡んでいるように思える。


「あのさ、襲撃って、怨恨が絡んでない?」

「……可能性は、ある」


 レモもそちらの方が強いのでは、と考えていたらしい。それなら、彼等二人を狙うのに金も手間暇もかけるのが理解出来る。


 だが、そうなるとこの襲撃を止めさせるのは至難の業ではなかろうか。理性で動いているのなら交渉の余地もあるけれど、感情で動いているのではそれも出来ない。


 襲撃を止める交換条件にヤードとレモの命を要求してくる可能性だってあるのだ。

 その辺りを考えて、ティザーベルはレモに確認してみた。


「襲撃を止めさせる交渉って、やっぱりネーダロス卿にお願いするのかな?」

「交渉で片がつけばいいが……まあ、そうなるな。こればっかりは、俺らが出張る訳にもいかねえ」


 そりゃ、恨んでる相手が交渉の席に着くなんて、決裂まったなしなのは彼女にもわかる。


 そして、この交渉をネーダロス卿に頼む事で、レモ達はまた彼に借りを作る訳だ。


「高い借りになりそうだね」

「言うな」


 借りはレモ達だけではない。ティザーベル本人も、魔力結晶の作成方法を知るのに、ネーダロス卿に借りを作るだろう。


 これは、大森林の奥地へ行かざるを得ないというフラグか。だとしても、今は考えたくない。


「誰が王国再建なんて考えてるんだか」

「さあな。ただ、俺らが国を出る時には、国王の子はヤード以外全滅させたが、弟や従兄弟なんかは放っておいたからなあ。そいつらが下手打ったせいで、周辺諸国から攻め入られて滅んだって部分もある」


 今、さらっと怖い事を言わなかっただろうか。確か、王妃にも他の側室にも男児がいると言っていた。それが全滅って事は……


 ――考えないでおこうっと。


 出身が暗殺者だろうと亡国の王子だろうと、今は同じ冒険者でパーティーを組んでいる仲間だ。こういう時、冒険者の「過去は詮索しない」という不文律は助かる。


 そう思っていたのに、レモから問いただされた。


「それで? 嬢ちゃんの方の事情ってのは、一体何なんだ? 大体、なんでご隠居の屋敷にいるんだよ」


 ティザーベルは、思わず天を仰ぎ見る。あのまま忘れてくれていれば良かったのに。


 正直、彼等の過去話より自分の転生事情の方が胡散臭い。大体、帝国の宗教上、転生という考え方はないのだ。死んだら神の御許に行き、そこで良い行いをしていた者は神の国へ、悪い行いをしたものは地下牢獄へと送られるとされている。


 どこから説明するべきか。悩んだ末、最初から正直に言ってしまえという結論に至った。


「……二人は、前世ってものを信じる?」

「はあ?」


 二人そろって怪訝な顔だ。それもそうだろう。ティザーベルだって、いきなり「あなたは前世がある事を信じますか?」なんて聞かれたら、同じような反応をする自信がある。


 もっとも、今ではその自信も揺らぎつつあるけれど。

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