百十二 蚊帳の外
二人はこちらまでずかずかとやってくると、その場でどっかりと腰を下ろした。
「困るねえ、ご隠居。嬢ちゃんに依頼する前に、俺らを通してもらわねえと」
「ほう。そんな約束事があるとは知らなかった」
「少なくとも、メンバー一人だけで依頼を受ける事はしちゃあいねえんですよ」
「ふむ。だが君ら二人にラトジーグまで行く余裕、今はないだろう?」
ネーダロス卿の言葉に、ヤード達の空気が変わる。何故か、一気に臨戦態勢だ。
――何? どういう事? それに、おじさん達はネーダロス卿と知り合い?
少なくとも、昨日今日知り合ったという感じではない。冒険者と依頼主として関わった、としても、依頼主に直接会うのは護衛の仕事くらいだ。余程の事がない限り、依頼主と冒険者が直接顔を合わせる事はない。その為のギルドなのだから。
ハラハラしつつ、レモとネーダロス卿とのやり取りを見る。
「それに、私からの報酬を彼女はきっと気に入ると思うよ」
「……どんだけ大金積む気だ、あんた」
「ふふふ、それはどうだろうねえ」
何だか、狐と狸の化かし合いに見える。気のせいか、レモのネーダロス卿への態度が随分と気安いものになっていた。本当に、どういう関わり合いなのか。
「まあ、その前に、君達は彼女に伝えなくてはならない事があるんじゃないのかい?」
「指図される言われはねえぞ」
「随分寂しい事を言うものだ。君らをこの国に匿ったのが誰か、もう忘れたのかな?」
「借りは返したはずだ」
「君の方ではそうでも、私の方はそうじゃないと言ったら?」
言い合いの軍配は、ネーダロス卿に上がりそうだ。それにしても、何だか聞いてはいけない内容がいくつも混ざっていた気がするのだが。
同じパーティーのメンバーとはいえ、過去は詮索するものではない。もちろん、自分から話す分には問題はないが、これはいささか違うのではないだろうか。
そんな事を考えていると、脇からセロアにつつかれる。
「これ、このまま聞いていていいの?」
「そうは言っても、出て行く訳にもいかないし」
「そうなんだけどさあ……」
小声でやり取りをしていたのが聞こえたのか、ネーダロス卿がこちらを見た。
「すまないね、お嬢さん方。こちらで勝手に話し込んでしまって」
「い、いえ」
「お気になさらず……」
セロアと一緒に引きつりそうになる愛想笑いを貼り付けるのが精一杯だ。こっそり見ると、レモはもちろんヤードも大分苦い表情をしている。
野郎二人に構わず、ネーダロス卿は朗らかな顔で爆弾を落としてきた。
「全く、この二人ときたら自分達の事もろくに話していないそうだね? それではこの先が不安にならないかい?」
当の本人達を前にして、聞いてくるネーダロス卿が怖い。また彼の表情がいい笑顔なのも、恐怖に拍車をかけている。
それでも、聞かれたのなら答えるのが礼儀だろう。ティザーベルは、腹に力を入れた。
「問題ありません。そもそも、冒険者という職は過去を詮索されないものですから」
「そうかい? でも、一緒にいるのならやはり気になるだろう?」
「全く気にならないかと聞かれれば、否と答えますけど、話したくない相手から無理に聞き出す気もありません」
ティザーベルの返答に、ネーダロス卿は面白くなさそうな顔をしている。一体どんな答えを期待していたのか。
そこに、意外なところから助け船が出された。
「ご隠居、いい加減に彼等をからかうのはやめていただきたい」
「おや、君も彼等の味方かね? ゼノ」
「私の立場をお忘れか?」
「ああ……そうだった。年を取ると、忘れっぽくて嫌になる」
笑うネーダロス卿に、インテリヤクザ様は「仕方のない」と言いつつ溜息を吐いている。
本当に、これは一体何なのだろう。今日ここに来たのは、魔力結晶の技術を知る条件の一つではなかったのか。
その条件を知る事は出来たけれど、果たしてあれは達成可能と言えるのかどうか。何せ、ティザーベルも入った事がない大森林の奥地だ。
でも、まだその奥地で何をすればいいのかを聞いていない。ただ行けばいいという話でもないだろう。
それを聞いてからでも、断るのは遅くないと思うのだが。
――おじさんの様子だと、これは無理かなあ……
さすがにあの場所に一人で入る度胸は、ティザーベルにはない。かといって、二人がいれば確実に安全とも言えないのが、大森林奥地の怖さだ。
ネーダロス卿は、やれやれと言いつつ軽く首を横に振った。
「とにかく、君達には現状を彼女に伝える義務があると思うよ」
「指図されるいわれはねえよ」
「既に、影響が出ているのにかい?」
ネーダロス卿の言葉に、レモの表情が一瞬で険しいものに変わる。相変わらず、ティザーベルには彼等の会話が理解出来ない。影響とは、一体何に対してのものなのか。それがどうして、彼等の事情を知る理由になるのか。
その答えは、ネーダロス卿からもたらされた。
「お嬢さん、君はクイトに魔法薬及び魔法道具の作り方を習っている最中、命の危険にさらされ続けたのだよ」
「え?」
「何だと!?」
ティザーベルよりも、レモの驚きの方が大きい。ヤードも、彼の背後で目を見開いている。
「無論、危険はこちらで排除した。レモディフット、君、少し勘が鈍ってやしないかい?」
レモは答えない。その代わり、表情が彼の内心を物語っている。帝都内なら、そこまでの危険はないと思っていたのだろう。
それに、彼はティザーベルの実力もよく知っている。物理攻撃なら完全に封じる事が出来るし、魔法攻撃に関しても問題はない。
それでも、仲間を危険にさらした事がショックなのだろうか。先程までの鋭さが消えている。
そこを見逃すネーダロス卿ではなかった。
「たとえ彼女の腕が良かろうと、危険が迫っている以上教えておくべきではなかったのかな? しかも、原因は君達の過去にある。そろそろ、けりをつけておくべきはないかな?」
「けりはつけたはずだったんだがな……」
「向こうはそうは思っていなかった。だからこその、今回の襲撃だよ」
「面目ねえ」
二人の会話から察するに、レモ、もしくはヤードも含んだ二人が、過去に何かに巻き込まれたかして、逆恨みでも買ったのだろう。その相手から、執拗に狙われているようだ。
そして、ティザーベルはそのとばっちりを受けたらしい。実害がないのでなんとも言いようがないけれど。
しばらく考え込んでいたネーダロス卿は、レモにとんでもない提案をしてきた。
「ここいらで、仲間には全て話しておくべきではないかね? 彼女の方も、言うべき事があるようだし」
さすがにこれにはぎょっとする。ネーダロス卿が口にした「言うべき事」とは、ラザトークスでの過去ではない。前世の記憶の事だ。
その証拠に、彼はこちらを見てにやりと笑う。
「もちろん、我々の関係も含めて、だよ?」
返事が出来ない。それはレモも同じようで、何やら考え込んでしまっている。
それもそうだ。どうやら、彼、もしくは彼等の過去には何やら問題がありそうなのだから。それも、人に打ち明けるには憚られるようなものらしい。
正直、そんな重い話をされても困るので、引き換えにこちらの事情を話さなくていいと言うのなら大歓迎なのだが。
世の中、そううまくはいかないようだ。
「ご隠居、ちょいと別室を貸しちゃあくれねえか?」
「いいとも。すぐに用意させよう」
二人の間では、すっかりカミングアウトし合う事が決定しているらしい。
「勘弁してくれ……」
小さくぼやいたティザーベルの肩を、セロアが軽く叩いた。
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