百十 出揃う
目の前にあるのは、見事な日本庭園だ。扉から奥へと続く飛び石、苔むした大岩、築山や池まであり、太鼓橋がかかっている。
植物の種類や配置も、見事なまでの回遊式庭園だ。しかも、木々の隙間から奥に見えるのは、これまた立派な武家屋敷である。
「……寝殿作りじゃないんだ」
「そこ!? 突っ込むとこそこ!?」
思わず漏れた呟きに、クイトがしっかりとツッコミを入れてくる。背後から残念そうな溜息が聞こえたのは、気のせいではあるまい。
「もう、とにかく行くよ! あの人待たせると、後がうるさいんだから……」
何やらふてくされた様子のクイトは、さっさと飛び石の上を歩いて奥へと向かう。ティザーベルは背後のセロアを振り返った。
「これ……どういう事だろうね?」
「そういう事なんじゃない?」
どうやら、ネーダロス卿本人か、または親族に転生者がいるらしい。
武家屋敷は、外観だけでなく、内観もしっかり作り込まれていた。土間で靴を脱ぎ、履き替えたのはスリッパだったけれど。
「スリッパ……」
「材質はこっちで手に入るものっぽいけど」
革製なので、多分何かの魔物素材が使われているのではなかろうか。そこから長い廊下を進み、渡り廊下を渡ってさらに奥へ通される。
ちなみに、案内してくれているのは女官風の女性だ。これで腰元風の格好をしていたら、噴き出したかもしれない。
だが、彼女達の所作は、この屋敷に合わせてどこか日本風だ。その女性に連れられるままに、とうとう目的地に到着したらしい。大きめの襖の前で廊下に膝をついた女性が、室内に声をかける。
「お客様をお連れしました」
『通せ』
ややくぐもった声に従い、女性が美しい所作で襖を開ける。その向こうには、畳敷きの大広間が広がっていた。
「すご……」
「圧巻……」
ティザーベル達は思わずといった様子で声を漏らす。一体何畳敷きなのかわからない程広い部屋は、どうやら三間ぶち抜きにしてあるらしい。透かし彫りの欄間も美しく、奥には床の間に生け花まである。
その床の間の手前に、脇息を抱えるようにして座る老人がいた。そして彼の隣には、なるべくならみたくない顔までいる。
ギルド統括長官、インテリヤクザことメラック子爵だ。しかも、老人も子爵も何故か着流しを着ていた。
「マジかー……」
「何が?」
セロアが不思議そうに聞いてくるが、今は答えるだけの気力がない。よもや、彼もそうだったとは。
入り口で突っ立っている二人を余所に、クイトはずかずかと広間を奥へと進んでいる。
ティザーベル達がついてきていないのに気づくと、不思議そうな顔で振り返った。
「どうしたの? そんなところに立ったままで。早くこっちに来なよ」
あっけらかんとした様子に、ティザーベルの口からは深い溜息が漏れる。今だけは、あの面構えが憎たらしい。
ティザーベルは隣のセロアと一瞬視線を交わすと、スリッパを脱いで広間に足を踏み入れた。
久しぶりの畳の感触だ。とうに忘れたと思っていたけれど、以外と記憶に残っているらしい。
奥の老人――おそらく、彼が前ペジトアン侯爵ネーダロス卿なのだろう。彼の前まで進んだ。既に座布団が二人分用意されている。
クイトはといえば、とっととメラック子爵の隣に自分で座布団を敷いて座っていた。気安いものだ。彼はここに来慣れているらしい。
――そりゃそうか。だからこそ、卿からの誘いを持ってきたのだし。
以前の口調から、メラック子爵とも親しいのが窺える。さて、ではクイトとギルド統括長官と「仲がいいらしい」前侯爵様は、一体自分達をここに呼んで、どうしようというのか。
まさか、同じ前世日本人同士で語り合おう、という訳ではあるまい。そんな思いで目の前のネーダロス卿を見ていると、卿がくすりと笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。ここは無礼講といこうじゃないか。まずは、座って」
柔らかい口調で言われ、セロアと顔を見合わせる。軽く頷いて、二人一緒に用意された座布団に正座した。
「足は崩してくれてかまわないよ」
「いえ、……あの、はい」
話は長くなるという事か。こんな屋敷や部屋、それにネーダロス卿やインテリヤクザ様の格好を見せられて、今更誤魔化しは効くまい。
第一、パーティー名に「オダイカンサマ」とつけたのは、ティザーベルなのだ。
さて、ネーダロス卿の口からはどんな言葉が飛び出してくるのか。身構えていると、意外な一言を言った。
「実は、もう一人呼んでいるんだよ。その人が来るまで、少し待ってくれないかな」
笑顔で言われては、嫌だとも言えない。それに、この場に呼ぶもう一人の人物というのにも、正直興味がある。
果たして、もう一人前世日本人がいるのか。それとも……
「ご隠居様。お客様がいらっしゃいました」
「通せ」
どうやら、最後の一人が来たらしい。後ろを振り返ると、遠くの襖の向こうに、見知った顔がある。
「菜々美ちゃん!?」
そこに立っていたのは、転移者である藤沢菜々美と、実質彼女の保護者である、帝国一の大店デロル商会会頭のザハーだった。
すぐにネーダロス卿を見る。彼の狙いは、どこにあるんだろう。自分たちは、簡単に彼の招きに応じて、良かったのだろうか。
悩むティザーベルの耳に、ネーダロス卿の声が響く。
「君まで呼んだ覚えはないよ、ザハー」
「……私は彼女の身元保証人です」
「だから? だから、成人している被保証人が招かれた先ならどこへでもついていくと?」
ネーダロス卿の皮肉に、ザハーは答えない。遠目でも、彼の苦い表情がわかる。
「ともかく、これからの話に君はいてはいけない。おとなしく帰らないのなら、別室で待ちなさい」
「ご隠居様!」
「二度も言わせるな」
静かな声なのに、抗いがたい何かを感じるのは、さすがは元侯爵と言うべきか。
「緊張しすぎて吐きそう……」
「セロア、我慢」
そんな事を小声で言いつつ、悪いけれど今日この場に彼女がいてくれて助かったと思わずにはいられない。一人だったら、早々に白旗を揚げていただろう。
では、菜々美の方はどうか。
「ザハーさん、私は大丈夫です。別の部屋で、ゴーゼさんと一緒に待っていてもらえませんか?」
「ナナミ……だが――」
渋るザハーに、菜々美が何か耳打ちしていたが、さすがにこれだけ離れていると聞き取る事は出来ない。最初から魔力の糸を張り巡らせておけば良かった。
――いや、そんな事したら、多分目の前の人に気づかれていたなあ……
ネーダロス卿も、魔力を持っている。しかも、クイトよりも強い。当然ながら、魔力の糸を出した時点で見破られただろう。
とんでもない場所に来てしまったのではないか。今更そんな事を思うが、全ては遅い。ティザーベルは、こっそりと重い溜息を吐いた。
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