百八 いい傾向

 いつものウィカーの店に入ると、店主に無言のうちに二階を指し示されてしまった。相手も慣れたものだ。


「ありがと」


 軽く礼を言ってから、細い階段を上る。隠し扉のような扉を開けると、すっかり馴染みとなった部屋に入った。


 いつもの席に座って、ついでだからと水陸両用車の術式回路の計算をしていると、セロアが到着する。


「お待たせー……って、何その紙の山」

「今度作る魔法道具の術式回路の為の計算」

「へー……あ、移動倉庫、作れそう?」

「えーっと……そっちはもうちょっと待って欲しいかなー?」

「お願いね!」

「善処します」


 正直、車作成で頭がいっぱいで、移動倉庫の事はしばらく頭から消えていた。それを正直に言う訳にもいかないので、曖昧な言葉で濁しておく。


 それよりも、今日食事に誘ったのは別の理由からだ。最初の飲み物と料理が届いて乾杯してすぐ、ティザーベルは切り出した。


「実は、ちょっと厄介な事になってる」

「何? 例の転生者かもしれない人の事?」

「それ絡み……かな」


 ティザーベルは、包み隠さずクイトから言われた内容をセロアに話した。彼女は驚いたは驚いたけれど、ティザーベルとは違う見方をしているらしい。


「ネーダロス卿か……確かに、あの人なら魔力結晶の技術を開示させるだけの力はあるかも」

「知ってるの?」

「私が提出した情報共有システム、あれの中央政府側の責任者よ。爵位こそ長男に譲ったけど、まだまだ魔法関連では実権握ってる重鎮」

「うへえ……」


 だが、これでネーダロス卿という人物が、セロアを知っている理由がわかった。システムに関する事でも訊ねるつもりか。


 その割には、ティザーベルと一緒に呼ぶというのが今ひとつわからないのだけれど。


「で、一緒に来てくれる?」

「もちろん。こっちの都合考えてくれるんでしょ? 次の休みでいいかな?」

「ありがとう! 友よ!」

「だから移動倉庫早くね、よろしく」

「あ、はい」


 セロアからの注文の品を作る為にも、クイトには空間拡張の突っ込んだ部分に関する文献を頼んでおかなくては。


 一度自分用を作ったとはいえ、正直これはまぐれで出来たようなものだから、レシピが存在しない。同じものをもう一度作る為には、一から計算して術式回路を組み上げる必要がある。


 ――本当、よく出来たよな、これ。


 自分の移動倉庫を作った頃は、色々と煮詰まっていてかなり自棄を起こしてたのだ。だからか、大森林で採れる素材を惜しげもなく突っ込んで拡張鞄を作ったらどうなるか、という、普段だったら絶対にやらない事をやったのだ。


 その結果、出来たのがこの移動倉庫なのだから、同じ事は二度とは出来ないし、したくない。費用対効果が悪すぎる。


 ティザーベルは自分で素材を採りに行けるからこそ初期費用を抑える事が出来ているが、それもあの街に住んでいたからだ。帝都からラザトークスまでは、各停の船を使っても片道十万はくだらない。


 とりあえずそれは置いておいて、まずは目の前の条件クリアを考えよう。


「それにしても、どうしてそのネー……なんとか卿は、あんたと私を揃えて呼ぶんだろうね?」

「ネーダロス卿よ。頼むから、ご本人の前でその失礼な態度は取らないでよね。本当、人の名前覚えるの苦手なんだから」


 返す言葉もない。確かに昔から苦手だった。今日も、シギルの名前を忘れていたし、少しは訓練した方がいいのだろうか。


「でも、どうやって訓練すればいいのやら」

「名前を覚えるの? あんた、記憶力は悪くないんだから、要は興味を持つか持たないかじゃない?」

「あー、なるほどー」


 興味を持った相手は覚えるけど、興味のない相手の名前は覚えないという訳だ。それだと、親切にしてくれた相手に興味のかけらも持っていない事になる。それではあまりにも恩知らずではないか。


「よし。人の名前を覚えられるように、努力する」

「結果に期待。じゃあ、ネーダロス卿のところに行くのは四日後でいいのね?」

「うん」

「そういえば、お仲間とは連絡取ってる?」

「……前に顔を合わせたのが三ヶ月くらい前だったかなー」

「もうちょっと密に連絡取り合いなさいよ。まあ、それでパーティー解散になっても、ソロでやっていけるから問題ないのかもしれないけど」


 確かに問題はないが、あの二人と組んで仕事出来ないとなると、それはそれで寂しい。ユッヒの時はそんな風に感じた事はなかったけれど。


 ――すっかり一緒にいる事に慣れちゃったからなあ。


 ここしばらくは、魔法薬やら魔法道具やらを作るのに夢中になっていたから、寂しさなど感じる暇もなかったけれど、これが終わってソロに戻る事になったら。そう考えただけで、胸の奥がなんだか痛む。


 この世界に生まれて、あれだけ濃い関係性を築いたのは、実はセロアに続いて二回目だ。一時は結婚まで考えたユッヒ相手でさえ、幼い頃からの延長線上のような感じだったから、濃い繋がりは感じなかった。


 それが、よもやパーティーを組んだだけの他人に感じるとは。


「どうしたの? 眉間にしわを寄せて」


 料理を頬張りつつ、セロアが訊ねてくる。さて、これは正直に口にしていいものなのかどうか。


 悩んでいると、またもやセロアからの容赦のない一言が飛んできた。


「悩むだけ無駄だから、話してみなって。あんたはその辺りの判断が下手だから」


 これまたぐうの音も出ない。諦めて、ティザーベルは先程頭に浮かんだあれこれを正直に口にした。


 かなり話があちこちに飛んだけれど、セロアは文句一つ言わず聞いている。

 なんとか話し終わった後に、彼女は一言呟いた。


「いい傾向だね」

「そう……なのかな?」

「いくら前世の記憶があるから大丈夫って言ったって、やっぱりこの世界に生まれて人生やり直ししてるんだからさ、幼少期の愛情不足って問題だと思うのよ。前からそうなのかは知らないけど、あんた人に執着しないから」


 少し寂しそうに言うセロアに、ティザーベルはそうなのだろうかと自問する。


 確かに他人に執着する事はなかったが、環境の問題の方が大きかったのではなかろうか。何せ孤児で前世の記憶持ち、気味悪がられて結局引き取り手がいないまま成人してしまった。


 あの辺境の街では、それだけで蔑みの対象だ。見下げてくる人間相手に、執着も何もあったものではない。


「環境の問題だと思うんだけど」

「それはあるとは思うけど、ユッヒはそうでもないじゃない? 悪い仲間だけど、人に執着してるでしょ?」


 大盤振る舞いをしたり、簡単に金を貸したりして人を回りに置こうとするのも、執着だとセロアは言う。ユッヒの場合は悪い仲間に目をつけられた結果ああなったけど。


「何も彼の事を全面的に肯定する気はないよ? 何せ馬鹿だし。でも、他人との関係を築こうとした行動だけは認めるな、私は」


 セロアの言葉に、確かに相手に拒絶される前に、こちらから拒絶するのがティザーベルの行動だと自覚する。執着どころではない。


「別に他人はいらないって言うのなら、それもありかと思うけど、基本的に人間って一人じゃ生きていけないでしょ。嫌でも関わり合いにならないといけない面もあるからね」

「そうだね」

「パーティーのメンバーに執着を覚えたっていうのなら、いい傾向だって思うのよ」

「そっか……」


 これは、いい事なのか。まだ少し納得いかないところがあるけれど、こういった事は彼女に従っておいた方がいいのは経験則で知っている。


 それにしても、魔力結晶絡みの条件についてお願いするはずが、大分話が逸れてしまった。それもいつもの事だけれど。


 その後は心ゆくまで飲んで食べて愚痴を言い合って、ほどよい時間にお開きとなった。ティザーベルはまだしも、セロアは明日も仕事だから深酒する訳にもいかない。


 まだ明るい時間帯ではあったけれど、歩きたかったのでセロアの寮まで送っていく。ギルドから近いので、結果ティザーベルの下宿からも遠くはないのだ。


「じゃあね」

「うん。多分予定変更はないと思うけど、もしあったら早めに知らせる」

「よろしく」


 寮に入っていく彼女の後ろ姿を見送ってから、踵を返した。明日にでも、クイトにセロアの了承を得たと言わなくては。


 見上げた空は、少しだけ日が落ちかけているけれど、まだまだ明るい。これから少しずつ昼が短くなり夜が長くなっていく。


 帝都は南に位置している為、冬でも雪が降らず肌寒い程度で終わる。そんなところも、故郷とは全く違う。


 細かな違いに、そろそろ体が慣れてきた頃だ。もっとも、強制連行された辺境ツアーのおかげで、合計しても一年住んでいないのだけれど。


「ま、いっか」


 これからいくらでも帝都の四季を見る事が出来る。とりあえず、これから来る秋に向けて、少しは楽しめる何かを見つけようではないか。


 その前に、魔力結晶の秘密を知るのが先だが。

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