百七 不穏な依頼

 メルキドンが――というより、リーダーのエルードがティザーベルにまとわりついたのは、彼等の傲慢さから来るものだ。


 ――そのせいでザミが泣かされたしね。


 彼女が直接泣かされたのはお仲間の一人の男子だが、彼ももう一人もエルードに心酔していて大分影響を受けていたのだからエルードが傷つけたと言ってもいいではないか。


「あの件はあなたは関係ないよ。気にしないで。強引な勧誘も、冒険者にとってはよくある事だもの」


 さすがに今一緒にパーティーを組んでいる相手達が遠因ではないか、とは言えない。


 曖昧に笑うティザーベルに、シギルは胸をなで下ろしている。


「そう言ってもらえると、気が軽くなるよ。そういや、その後あの連中がどうしたか、聞いたか?」


 メルキドンは、その後行方不明になっていると聞いた。冒険者パーティーが行方不明になるのなぞ、それこそ日常茶飯事だから誰も気にしない。


 ああ、最近姿を見ていないな、程度だ。現に、ティザーベルもセロアに言われなければ彼等が行方不明だとは思わなかった。


 それを口にすると、シギルは眉根を寄せた。


「それが、遺体が見つかったらしい」

「本当に? 珍しい……」


 冒険者の死に様など、平野で野垂れ死にというのもよくある。遺体が見つかったという事は、どこかの盗賊団にでも殺されていたのだろうか。


 だが、実情はティザーベルの予想の斜め上のものだった。


「あの連中、少し前にあった依頼で魔の森の奥へ行ったらしい」

「はい?」


 魔の森といえば、ラザトークスの大森林だ。帝都から依頼で行く冒険者も多いとは聞いているけれど、あの連中が受けられるような内容だろうか。


 ティザーベルの考えは当たっていたようで、シギルが苦い顔をしている。


「実力に見合わないって周囲からは言われたらしいんだが、依頼が連中もパーティー階級ギリギリだったらしくてな……他にも行った連中はいるんだが、殆どの連中が逃げ帰ったってよ」


 それはそうだろう。あの森の奥など、ティザーベルでさえ行きたいとは思えない。


 魔の森と呼ばれるラザトークスの東に広がる広大な森は、大まかに三つの区域に分けられている。手前、中間、奥地だ。


 ティザーベルが入れるのは、ぎりぎり中間まで。あのシンリンオオウシも狩ったのも、中間のやや奥地側だった。


 魔の森はあまり知られていないが、奥へ行けば行く程魔法が効きづらくなる。中間でも、奥地に近い場所に入ると途端に効きが悪くなる程だ。


 一度、奥地側に入り込み過ぎて、死を覚悟した事もある程である。あの時は、相手の魔物が他に意識を移したので、全力でその場から逃げ帰った。


 そんな場所に、物理攻撃のみのパーティーで突っ込むなど、自殺行為としか言えない。


 シギルもあの場所は知っているのか、ティザーベルと似たような事を言う。


「あの森は『魔の森』なんて呼ばれるだけあって、他の場所の常識が通用しねえ。それの奥に行くなんぞ、いくら依頼料がよくても行くもんじゃねえよ」

「そうだね……」


 あそこに行くなら、強力な魔法士と、同等かそれ以上の腕を持つ剣士と斥候が必要だ。しかも、森での行動に長けていなくてはならない。


 それよりも、あの森の奥まで行かせる依頼など、一体どこの誰が何の目的で出したのやら。


「その依頼って、まだ出てる?」

「おい! まさか――」

「違う。誰が出した依頼で、何が狙いなのかが知りたいだけ」


 慌てるシギルに、ティザーベルは冷静に返した。腰を浮かし駆けた彼も、その返答に椅子に戻る。


「もう依頼は出てねえんじゃねえかな。それと、依頼は匿名だそうだ。依頼内容も、依頼を受けてから伝えるものだったらしい」

「なんだそりゃ。そんなんで、よく行ったね」

「本当だよな」


 冒険者は誰でも出来る職ではあるが、生き残る人間はそれなり目端の利く者ばかりだ。そうした連中は、依頼を受ける前にその内容をきちんと読み込む。


 誰が出したものか、何の目的なのか、そしてどこでどうやればその依頼が達成出来るのか。


 中には無茶な依頼を出す者もいるのだから、自分の実力と見合ったもの中でなるべく高額なものを探す。そうした能力も、生き残る為には必要だった。


 なのに、依頼主は匿名、依頼を受けてから内容を話す、行き先は危険極まりないラザトークスの魔の森の奥だなんて。いくら依頼料が高額でも、全力でお断りする内容だ。


 呆れるティザーベルの前で、シギルが呟いた。


「まあ、例の依頼を受けた連中、どいつもこいつも金に苦労していたそうだから、依頼料に釣られたんだろうよ」

「地道に生きないからそういう事になるのよ」

「手厳しいなあ」


 笑うシギルを前に、ティザーベルはつい先程届いた飲み物を一口飲む。相変わらずここのネーシルのジュースはおいしい。


 冒険者は底辺の受け皿であるからこそ、安い依頼を数こなしていれば最低限の生活が出来るようになっている。街中の清掃や下水関連のあれこれなどは、依頼主が中央政府なのだ。


 人手が足りないというよりは、雇用創設の一種なのだという。それを教えてくれたのはセロアだ。


『だから、どうしてもお金に困ったら、そういう中央の仕事を受けるのが一番安全で確実よ。金の取りっぱぐれはないし、短いサイクルで仕事を出してくれるから。でも、きっつい仕事ばっかりだから人気ないけどねー』


 そう言ってカラカラと笑っていた。きつい仕事でも必要だからこそ、依頼として出るのだし、そうした部分を冒険者が担う事によって、街に必要な存在なのだとアピールも出来るのだとか。


 そういえば、帝都に出てきたばかりの頃のティザーベルは、安い依頼を狙って受けていた。


 ――あの連中も、底辺仕事からやり直せば良かったのよ。そうすりゃ、命だけは助かっただろうに。


 なまじザミ達がいる頃が忘れられず、また彼女達が抜けた事で依頼達成出来なくなった事が受け入れられなかったのだろう。だからといって、あの森に行くとは。


 強制連行辺境ツアーでは、うっかり中間の奥地よりまで入り込んだけれど、これまでの経験上、あのラインまでは大丈夫という自信があるからだ。少なくとも、中間の手前側までなら彼女にとっていい狩り場なのだ。


 それはともかく、その怪しい依頼が気になる。


 ――なんだか不穏。でも、ギルドもよくそんな依頼通したなー。


 ギルドの仕事の中に、受ける依頼の細かい確認がある。要は、冒険者が引き受けるべき内容か、どの等級の冒険者なら達成可能かなどを、多方面から調べるのだ。


 そうした作業が入るからこそ、冒険者は安心してギルドの出す依頼を受けられる。そうでなければ、個人で高額の依頼を受けた方が実入りがいい。


 けれど、うまい話には裏があるものだ。考え込むティザーベルに、シギルは釘を刺してくる。


「受けるなよ? 絶対受けるなよ?」

「受けないよ、そんな怪しい依頼。おかげさまで、そこまで慌てなくても大丈夫な程度にはやっていけてるから」


 そう笑う彼女に、シギルはほっとした顔をした。そんなに今すぐ依頼を受けに行きそうに見えたのだろうか。


「大体、私一人で受ける訳にいかないって。仲間の意見も聞かないと」

「いやだから! 興味も持つなって!!」


 それは無理だ。とはいえ、そんな事を馬鹿正直に言うつもりもない。曖昧な笑みで誤魔化しておくと、シギルは大きな溜息を吐いた。


「まったく……あれだけ怪しい依頼だってのに、数組釣り上げられたのは依頼料が半端なくいいからなんだよなあ」

「そんなに?」

「何でも、前払いだけで百万メローだって話だ。しかも、依頼達成時には六千万メローだぜ?」


 依頼金額もそうだが、何より前金を払うという辺りが驚きだ。冒険者という商売は社会的信用度が低いので、どれだけ危険な依頼でも後払いが基本である。


 それを一部とはいえ前払い、しかもその額が百万ときた。金に困っている冒険者が釣れたのは、当然だろう。ますます怪しい。




 シギルとあれこれ話している間に、カウンターの方が空いたらしい。セロアから声がかかった。


「久しぶりね、ベル」

「お疲れさん、セロア。今日、行ける?」

「OK」

「じゃあ、いつもの場所で待ってる」


 そんな短いやり取りを終えると、シギルが妙な顔でこちらを見ている。


「何?」

「いや、端から見ていたら、あれで話が通じるってのが不思議でな」

「セロア相手だからだよ。他の人だと無理じゃないかな」


 ギルドが閉まるまでセロアの仕事が一段落するのを待っていたのは、今夜の夕食を一緒にどうかと誘いに来たからだ。


 まだ首を傾げているシギルを置いて、ティザーベルは一足先にギルドを後にした。

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