百五 試運転

 目の前では、手のひらサイズのミニカーが作業台の上からほんのわずか浮いている。


 ティザーベルの手には、木の板で作った簡易のコントローラーがあった。スティックレバーに赤と青のボタンが二個の、実にシンプルな代物である。


 スティックレバーを上方向に倒すと、ミニカーがゆっくりと前進した。


「出来た!!」

「よ、よし! じゃあ、次は右旋回」

「了解」


 作業台からミニカーが落ちる前に、スティックレバーを右に倒す。するとミニカーも作業台の縁ギリギリで右折した。そのままレバーを戻さずにいたので、その場でぐるぐると回っている。


「よし!」

「次は左だね」

「了解であります!」


 ティザーベルは勢いよく答えて、スティックレバーを左に倒す。すると、それまで右回りに回っていたミニカーが、左に回り始めた。試運転の最後は、ブレーキ機能の確認だ。


「今度はこっちの端で停止!」

「合点だ!」


 作業台の端から反対の端までまっすぐに移動させると、その際で停止ボタンの赤を押す。ミニカーは予定位置でしっかりと止まった。


 停止位置を確認したティザーベルは、クイトと顔を見合わせる。それから一緒に万歳三唱を唱えた。


「バンザーイ!! バンザーイ!! バンザーイ!!!」

「これで動きに関しては問題ないわー」

「よくここまで作り上げたね! おめでとう!」

「ありがとう!!」


 ミニカーを浮遊の術式で浮かせてから早七ヶ月。試行錯誤を繰り返し、実に三十台以上の試作機を作った結果、本日ようやく望む動きをさせられるミニカーを作り上げた。


 七ヶ月の間には、色々な事があった。まずギルドに委託していた素材が競売にかけられ、総額二億メロー以上の売り上げになっている。


 さすがに驚いたが、帝都本部の魔物取引所責任者ギメントによると、これより高額で落札された素材もあったそうだ。世の中、上には上がいるものである。


 次いで長期の依頼に出ていた知り合いのパーティーモファレナが無事帰還した。同じ場所に下宿しているザミも元気いっぱいで、彼女の幼なじみのシャキトゼリナと共に遊びに来る事もあった。


 ヤードとレモとは、ここ二ヶ月程顔を合わせていない。特にレモの方は何をやっているのかわからないが、ヤード以上に姿を見ていなかった。


 以前ヤードに言われた「おかしな事は起こっていないか」というものに関しても、何もなかった。もっとも、襲撃されたところで返り討ちにするだけだけれど。


 そんなこんながあったこの七ヶ月だが、無事ミニカーでの試運転が終了した事に、ティザーベルは内心胸をなで下ろした。


 卓上サイズで自在に動かせる術式を組み上げる事に成功したので、次はいよいよ実際の大きさで試作機を作る予定だ。


「それもこれも、クイトがあれこれ貴重な魔導書を提供してくれたおかげよねー」

「いやあ、それほどでも」

「本当、あの本達がなければ、この成功はなかったわー」

「ははは、僕も嬉しいよ」

「だから魔力結晶の本も、お願い」

「えーと……そっちはもうちょっと待って……」

「ちっ」


 さすがは秘匿技術、クイトの口も重くなるというものだ。とはいえ、条件付きでなら閲覧が可能とは言われている。


 その条件とはなんぞや。それを聞いても、今のところはぐらかされてばかりだ。何でも、条件そのものをティザーベルに伝えるにも、時間が必要らしい。


 その根回しとやらを、クイトの方でやっているので、待っていてくれと言われて、こちらも既に七ヶ月経っている。


 はやいところ、その条件というのを聞いてクリアし、資料を閲覧したいのだけれど。


 ――こればっかりはなあ……


 鍵を握っているのはクイトの方なので、ティザーベルとしては為す術がない。


 その代わり、浮遊の術式と空間拡張に関しては技術力が上がっていると自負している。これで材料さえ揃えば、セロアやヤード達に拡張鞄を作る事も可能だ。


 素材の方も、手持ちでなんとかなるものも多く、ほんの少し買い足すか狩りにいけばいい。


 問題は、いつ作るかだ。


 現状、水陸両用車にかかりきりな為他に割ける時間的魔力的余裕はほぼない。セロアからも「いつでもいい」と言われているので、ここは車が出来上がるまでお預けにさせてもらおう。


 ヤード達に関しては、「作って渡す」とは言っていないので、出来上がってから渡せばいい。


 水陸両用車の、一番の要はやはり魔力結晶だ。市場に出回っている汎用タイプでは使い勝手が悪い。やはり香辛料都市メドーで見たような、搭載する魔法道具に特化した結晶が作りたいのだ。


 それに合わせて、結晶への魔力の充填も考えなくてはならない。その為には、魔力そのものに関しても調べなくては。


 そもそも、魔力とはなんぞや。パズパシャ帝国で魔法が多用されるようになって、そろそろ二百年近くになる。その間、政府主導で魔力や術式に関する研究が進められているのは知っていた。


 一般的に、魔力とは世界にあふれる力だとされている。魔法士はそれを体に取り込み、術式として発動しているのだ。


 だが、それだと少しおかしい。本当に外から取り込むだけなら、何故個々人で魔力量に差が出るのか。


 クイトも言っていたように、現在帝国には大型の魔力炉を作れる程の魔力を持った人間は片手の指程の人数だ。世界にあふれる魔力を取り込んで使うのなら、魔法士なら誰でも大型魔力炉を作れなくてはならない。


 では、個人の魔力量の差とは、どこから来るのか。


 これについては、ティザーベルには一つの仮説がある。彼女の経験からのものだから、裏付ける証拠などは何もない。


 考えにふけるティザーベルに、クイトが声をかけてきた。


「どうかした? いきなり黙り込んで」

「何でもない。それより、結晶に関する資料が閲覧出来ないなら、先に本体を作った方がいいかなーって」

「ああ……まさか、自分で作るって言わないよね?」

「さすがに、そこまでの技術はないかな」


 作れるものなら自分で作りたいが、車、それも大型となれば大工の技術が必要だ。


 ちなみに、素材は木材を考えている。どうせ浮かせるのだから、見た目は船のような流線型を考えているので、注文先は船大工になりそうだ。


 そう説明すると、クイトが驚いた顔をしていた。


「え? 木で作るの? 衝撃とかに耐えられる?」

「ぶつかる危険はないでしょ。使うのは基本的に街の外だし」

「いやいやいや、盗賊に襲われたり、魔物に襲われたりしたら――」

「私の仕事、何だと思ってるの? 人外専門の冒険者なんだけど」


 最近では、対人も請け負わされる事が多いけれど、あくまで自分は人外専門の狩りを行う冒険者なのだ。


 そう言って胸を張るティザーベルに、クイトがとても心配そうにしている。


 ティザーベルは、補足説明をした。


「大体、全体に対物対魔完全遮断の結界を張るんだから、問題ないわよ。形を作るだけなら、紙でもいいくらい」

「いや、さすがに紙はダメでしょ」

「だから木材を使うって言ってるじゃない」

「あ、そっか……」


 一瞬納得したように見えたクイトだが、すぐに何か引っかかるらしく首をひねっている。


 ここから先の作業は、まず車体を用意する事と、その車体に見合った術式回路を作れるよう計算その他を済ませる事。


 そしてやはり、魔力結晶の製造方法を知る事だ。他にも知りたい事はあるけれど、まずはここを押さえたい。


 ――条件とやらがどんなものか。クリア出来るものだといいんだけど。


 まだ首を傾げているクイトを横目で見つつ、新しい術式回路の構築に取りかかるティザーベルだった。

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